60.新人教育
チェスはいつものように薬草採取の仕事を受けにギルドに向かい、受付のロイズに呼び止められた。
「チェスさん、お話があります」
「そうか」
特に警戒することなく「薬草採取の値段の交渉」ぐらいに考えていた。
だが、部屋に通されるとそこにはギルド長もいた。
「物々しいな。なんだよ」
「まぁ、座り給えチェス」
促され座る。
「それでなんだ?」
「そう警戒するな。悪い話ではない」
「ん?」
「チェス、単刀直入に言う。ギルド職員にならないか?」
チェスは意味が分からないという顔をした。
「もちろんお前に受付業をやってもらおうだなんて思ってないよ」
「チェスさん愛想無いですから無理ですもんね」
「話は終わりか?」
「お前には指導員を任せたい」
「指導員? なんだそれ」
大きい冒険者ギルドには指導員がいる。
チェスが知らないのも無理はない。ここには無い制度だ。
「要するにお前のノウハウを他の冒険者に教える仕事だ。特に薬草採取に関する指導をお願いしたい」
これはギルド側がチェスの働きぶりを評価してのことだ。
以前はチェスが欠かさず受けていたから問題は無かったが、度々チェスがいなくなり薬草採取が滞ると、薬草インフレが発生する。
おまけに最近のチェスは鍛冶仕事で冒険者から徐々にフェードアウトしていっている。ギルドはそれをかなり危惧していた。
「定期収入が入るし、保障も充実!!」
「空いた時間に冒険者業もできます!!」
「結果次第で昇級も検討するぞ! 夜は飯と酒を奢りだ!!
「今なら美人の受付嬢が付いてきます!!」
必死さにチェスは引いたが、悪い話ではない。
常々チェスは自分の知識を新人に教えるべきだと考えていた。
それはこれまでも何度かやってきたが、優秀な新人たちはすぐに昇級して街を去っていくので結局自分がやるはめになっていた。
それが今の自分の首を絞めている悪循環にもつながっている。薬草採取をどれだけ続けても昇級はしない。
だがギルドへの多大な貢献は昇級試験の推薦理由になる。
「わかった。願っても無い話だ。受けさせてもらう」
「そうですよね、チェスさんはまだ現役だし、指導なんて……え?」
「受けてくれるか!? そうか!!」
◇
冒険者ギルドはある思い切った制度を導入した。
「え? 薬草採取受けられないんですか?」
新人冒険者が薬草採取の依頼を受付に持っていき困惑している。
「いえ、買取は可能ですが、この状態ではほぼ買い取り先がありません。この街での薬草採取は他所より査定が厳しいので、認定資格をお勧めいたします。資格を取得のレクチャーがありますが受けますか?」
「えぇ……薬草採取でですか?」
「はい。資格を取得すると買取金額が割り増しになります。それと資格取得の過程で群生地の情報や、高額買取のコツなんかも伝授されるのでこの街でクエストを受けるならお勧めですよ。今なら無料です」
「受けます!!」
冒険者になりたてとしては大きなメリットだ。
新人冒険者は独学で慣れていくのが普通だ。この独学が新人冒険者の死因の大半を占めると言ってもいい。
その新人は他の街で冒険者となったものの、思うように任務をこなせず、ネズミ退治や畑の見回りなど低収入の仕事しかしていなかった。
ここらで冒険者らしい仕事をして、流れを切り替えたいという想いからこのフテナの街にやってきた。
しかし、彼女に必要なのは確かな知識と経験。それらを教えてくれる指導者だ。
受付に案内され部屋で待っていると、冒険者がやってきた。
「こちらが指導員をして下さるチェスさんです」
「あ、マイカです。Fランクです……」
「ああ、座っていいぞ」
チェスを見てマイカは一気に緊張した。
「じゃあ、チェスさん、よろしくお願いします。あ、かわいい子だからって手出ししちゃだめですよ~!?」
マイカの顔が曇る。
「待て、ロイズ、お前も座れ」
「へ?」
チェスはロイズを座らせる。
「まず、こいつの今言ったことは冗談だ。緊張しているお前にはそうは聞こえなかっただろうがな」
「あ、ああ!! ごめんなさい!!」
「は、はい」
ロイズは座らされた意味を理解して平謝りした。
「あ、あの」
「チェスさんはその辺大丈夫な方なので!! なんせ私がお酒に誘っても断るぐらい堅物なんで」
「お前は一々一言多いんだ」
「め、面目ない……」
二人の歯に衣着せぬやり取りを聞いて安堵するマイカ。
(怖そうな人だけど、私が緊張してたの気にしてくれた。いい人そう?)
「ロイズ、それからおれについての紹介が不十分だ。人柄うんぬん以外に、ギルドとしておれが指導員である理由を説明したのか?」
「はい、今からします! えっと、この街はね……」
マイカは薬草採取のハードルが高い理由、チェスが二十年以上薬草採取を続け、方法を知り尽くしていること、この制度の目的が質のいい薬草を採取できる冒険者を育成することであることを説明された。
「それから、チェスさんはこれまでもたくさんの冒険者を世に送り出してます」
「そうなんですか?」
「有名なひとで言うと―――」
「もういいぞ、ロイズ。時間が惜しい」
ロイズの長話をチェスが遮る。
「はいはい。では今度こそよろしくでーす」
二人きりになるとマイカはやはり緊張した。
「仮にだ」
「はい?」
「これから、薬草採取を受けて山に向かう。マイカはどんな準備をしていく?」
(ロイズさんと話す時より優しい……それに名前で呼んでくれた)
「えっと……水と食料を携帯して……あとはロープやナイフはあるので……あ、地図とかあった方がいいですか?」
「その場合、間違いなく任務は失敗だ」
「……どうしてですか?」
「まず、お前は重戦士だろう?」
マイカは盾と剣、それに鎧を装備している。
「はい」
「その恰好で森に入るのは、新人がやる初歩のミスだ」
「え?」
「冒険者は装備を一式そろえて終わりと思われがちだが、任務の傾向や環境に応じて装備を替えるのが常識だ」
これは冒険者の常識というより、チェスの考えだ。
「そ、そうなんですか?」
「ああ、森でそんなガチャガチャと音を立てれば獣に位置を報せるし、獣道で脚を取られる。そもそも森の魔獣は素早いタイプが多い。見通しの悪い森でその装備でソロは自殺行為だぞ」
マイカは唖然とした。
当たり前のことのように言われるが、初めて知ることばかり。
「では重戦士は森に入れないのでは……?」
「お前が重戦士の装備を選んだのは天授技能の影響だろう? 『頑強』か『硬化』辺りか?」
(すごい、この人。私のランクと装備だけでそこまで推察するなんて)
「あ、はい! 『頑強』とあと一応『鉄壁』も使えます」
「ほう、天授技能二つ。有望だな……」
「えへへ」
「だが天授技能について他人に明かさない方がいいぞ」
「う、はい……」
(聞いたのはそっちなのに。意地悪だ)
それはマイカも知っていたが、つい褒められて口が滑った。
「その天授技能から重戦士を選んだのは悪くない。だが、必ずしも重戦士だけに絞る必要はない」
「どういうことですか?」
「ソロをやっていく間は一人でいろいろできなければならない。剣ではなく短刀とその天授技能の組み合わせは試したか? 無手の格闘ではどうだ?」
「いえ……」
「何が自分に合うのか試してみた方がいい。特に森での薬草採取にその鎧は必要ないし、理想を言えば戦闘せずに薬草採取だけするから斥候職ぐらいの気持ちで準備するべきだ」
「な、なるほど!」
(この人、思ってたより親身になってくれてる……!)
それからもチェスは事前の注意点を事細かくレクチャーしていった。




