56.領主
数日後、届けられた刀が直っていることに満足したブロンは父親には黙って宝物庫に戻した。
父親で辺境伯であるルシルバッハ・ホーゲン=ボルドは王への謁見のため、家宝の刀を帯刀することにした。
腰に佩刀し、何の気なしに抜いて言葉を失った。
息を飲む。
「……はぁ、はぁ……なんということだ」
見ていた家令も目を見開く。
2、3度見ただけのブロンは気が付かなかったが、数十年に渡り何度も見ているこの二人にはすぐわかった。
これが家宝のミスリル刀ではないと。
それ以上の業物に挿げ代わっていることを。
「……ご当主様」
「誰の仕業か調べよ」
「はは!」
優秀な家令はすぐにブロンが宝物庫に入ったことと、辺境の奥地にある街まで出かけた事実、そして何より、最近話題の鍛冶屋のことまで突き止めた。
当主ルシルバッハはブロンを呼び出した。
「要件はわかっているな?」
「父上、何のことでしょう」
12歳のブロンは首を傾げる。
「これのことだ」
ルシルバッハがミスリル刀を見せる。
「え?」
ブロンはすでに終わったことと思っていたミスリル刀についてだとわかり、動揺した。
「中身が入れ替わっているな。お前だということは調べがついている」
「え?」
動揺を抑えきれない。ごまかしようがない。
(くそ、あいつ上手くやったんじゃねぇのかよ……ふざけやがって)
ブロンは嘘をつくことにした。
「ち、ちがうのです父上! 実は宝物庫でミスリル刀を見た時刃こぼれがあったのです」
無論、そんなものは無い。
なぜなら、もともと刃など無かったのだから。
「ほう?」
「小さな刃こぼれでしたが、王への謁見の前にそのような刀を佩刀しては父上の名誉が傷つくと考え、私はすぐに行動したわけです」
「私に黙ってか?」
「このような些事、報告することもないかと」
「ではなぜ御用鍛冶職人には頼まなかった?」
「それはですね……そうだ! 兵士たちが噂していたのを聞いたのです!! 修理が得意な鍛冶師がいると」
「……噂だと?」
もしもの時のために初めから言い訳は用意していたが、よく聞けば不審な点ばかり。自分の息子ながら滑稽だと思えてきて情けなかった。ルシルバッハが話題を変えた。
「この刀、刃こぼれどころかまるっきり別物に挿げ代わっている」
「それは……私はフテナの街を治めるエド卿に鍛冶屋との仲介を確かに頼んだのですが……よもや、ミスリルに眼がくらんで私を騙すなんて!!」
「はぁ……そうではない」
「え?」
ルシルバッハは刀を抜いてみせた。
「この刀は我がボルドー家に伝わる家宝。だが、ただの模造刀に過ぎなかった。いわば宝飾品の類よ。たが、見よ。これは紛れもない業物だ。これを鍛えられるのは一流の刀鍛冶。それにミスリル加工に精通した一流の錬金術師が必要だ」
ブロンは自分が褒められるのではないかとそわそわし始めた。
「ブロン、貴様、どんな無茶な要求をした?」
「いや、大したことでは―――え?」
愚かな期待はあっさり否定された。
褒められるはずなどない。
「まさかエド卿に無理難題を押し付けたのではあるまいな?」
「い、いえ……その……」
「ではこの刀の対価に、いくら支払った!?」
鬼の形相となったルシルバッハにブロンは思わず悲鳴を上げた。
「ひぃ!! は、払ってません!!!」
「おのれ、この愚か者が!! ボルドー家の名に泥を塗るつもりか!!!」
「ひひぇ!!」
それからブロンはルシルバッハに恐れをなして洗いざらい吐いた。
天授技能『魔力変形』でミスリルの一部を削って金にしようとした。
普段からそうやって装飾品から貴金属を剥ぎとっていたようだ。
だが、ミスリルの場合はいくらやっても変形されないので連日天授技能を使い続けた結果、ポッキリと折れてしまった。原因は魔力を込めすぎたことによる硬化。一部だけ魔力が溜まり硬化したことで強度にムラが生まれ、亀裂が入りそこから裂けたのだった。
王への謁見があると知っていたブロンはその後慌ててフテナ近くの都市までポータルで飛び、フテナまで馬車を飛ばし、エドに押し付けて戻ってきた。
「ブロン、お前には失望したぞ。自らの失態を他人に押し付けるとは……」
「父上、違うのです」
「お前がやったことは盗みだ。神々から授かった力をそのようなことに使うなど何たる愚かしさだ。お前には知識と教養を身に付けられるだけの環境を用意し、貴族が何たるか言って聞かせてきたつもりだ。だが、私は甘かったようだ。沙汰あるまで部屋から一歩も出るな」
「そんな父上!!」
ルシルバッハは一先ず、大きな問題を片付けることにした。それに比べれば息子のことは後回しで構わない。
ブロンを部屋から追い出した後、家令と相談する。
「フテナか……あそこは厄介だな」
「はい……あの街には過干渉しないというのが当家の古くからの家訓です」
「確か、ドワーフのガガロンが長く鍛冶師をしていたな。まだ小さいころ、一度だけ会ったことがある。話題の鍛冶師はあの者であろう」
「では……」
いずれ会わなければならない。
これほどの名刀を生み出せる職人を遊ばせておくのは貴族としてはあり得ない。他所の領地や国外に行かれたら大損失だからだ。
「まず、王への謁見に向かう。何か別の刀は無いか?」
「ベイル様のお持物でしたら謁見に適うかと……」
「息子に剣を借りることになるとはな。わかった、私から話す」
ルシルバッハは刀を厳重に仕舞い、王の下へと馳せ参じた。
辺境の報告にはもちろん、鍛冶師も刀の話も無かった。




