54.代理執政長官
チェスとガガロンは街にある兵舎に来ていた。
この街を治める騎士、エド・ムーアが客間で二人を迎えた。
白い髭を蓄えた老人だが、眼はギラリとして精悍な顔つきだ。長年住んでいるチェスも初めて目にする。身分が違う。
「固くなる必要は……と、全く緊張して居らんな」
「ふん、こ奴はこういうガキじゃ。だが、腕は保証する」
二人の老骨が呆れるほどチェスは「なんだ?」という顔をしてさっさとソファに深く腰掛けていた。
以前なら圧倒されていたかもしれないが、エルルクやカーミラという二大化け物と対峙し、勇者ゴーレムと渡り合ってきた今ではエドはただの人間に見える。
「まぁいい。まずは見て欲しい」
使用人が持ってきた折れたミスリルの刀、だったもの。
チェスは机に広げられた残骸を観察した。
すぐに違和感を抱く。
「……これ、どうやって折ったんだ?」
「何かまずいのか?」
エド・ムーアが不安な声を上げる。
「いや、模造刀にしては出来がいい。作り直すのは問題ない。だが、これが折れたとすればあえて折った奴がいるんじゃないかと思ってな」
刃こぼれ一つない。それで折れているのは不自然だ。
そもそもミスリスの刀がこうも見事に折れているのが不思議でならない。
「おそらく何らかの天授技能だな」
「なぜそう思う?」
「仮に刃が欠けることがあったとしても一緒に反りの部分まで巻き込んで折れるのは相当な衝撃だ。なのに……」
折れたパーツを組み合わせ机に並べると、ゆがみが無い。
チェスの脳裏に浮かぶのは二つ。
すさまじいキレ味の刃で両断。または魔法的干渉による負荷。
ミスリルを両断できるほどの金属は限られる。天授技能の方がありふれているだろう。
「よう気が付いたのう。まずワシが良く見ておくべきじゃった。すまんな」
「あんたでも気が付いただろう。こんな依頼じゃなければな」
「ふむ。腕は確かなようだな。いや、目利きか、この場合」
エドはこの若い職人に感心した。
(ガガロンは街唯一にして一番の職人。王都でもちょっと見ないぐらい腕が良い。そのガガロンでも一度見て気が付かないことをこの若造は即座に見抜いた……信用できそうだ)
「ミスリルの刀をへし折る天授技能とはのう……領主は魔王とでも戦ったんか?」
「……天授技能か……。チェス、お主、その天授技能をどう見る?」
エドはこの時すでに該当する天授技能に心当たりがあった。
聞いたのはチェスがどう答えるのか興味があったからだ。
まさか、そこまでは分かるまいと。少し意地悪をした。
「……戦闘で起きたなら悪夢だろうが、ミスリルは魔力を貯め込みやすく他人が干渉するには一度内包した魔力を弾きだす過程がいる。とすれば、これは戦闘中ではなく、時間と手間をかけて起きたことと考えた方が自然だ。魔法での加工を目的とした職人系の天授技能だな」
エドは驚き、期待以上のチェスの観察力と洞察を内心恐ろしく思った。
だがそれより今は予想が確信へと変わり、それが怒りを引き起こしている。
「チェス、お主の洞察は正しい、とおれも思う」
端的に言えば、チェスの見解がエドの推測を確信に変えたのだ。
使用人が身体をびくつかせる。
騎士であるエドの怒気はそれほどに一般人には恐ろしいものだ。
そのまま礼儀も何もないまま荒々しくソファに座った。
エドは大きくため息をつき、頬杖をついて額に青筋を立てる。
チェスとガガロンは互いに顔を見合わせ首を傾げる。
「領主様の四男にな、12歳のブロンというクソガキがおってな」
「あ、ああ……」
仮にも寄り親の息子に対してその物言いはいいのかと思ったが、エドの怒りに口は挟まなかった。
「詳しくは知らんが、鍛冶に関する天授技能を持っていると聞いたことがある」
「う、うん?」
「その刀を持ってきたのはそのブロンだ」
チェスとガガロンは察した。
「おかしいと思ったのだ!!! わざわざこの辺境の奥地までミスリルの刀の修理に12歳の子供が名代!!!? あるわけねぇだろ!! そんで刀置いてとっとと帰るしよぉ!!」
「……お気の毒に……」
「言うなぁ!! 12歳のガキにはめられたなんて言うんじゃねぇ!!!」
状況からして、ブロンは何らかの理由で刀を壊してしまい、それを父親に知られないようにわざわざ修理の依頼に来た。仮に修理ができなかったとしても、ブロンは修理を依頼しただけ。依頼したときは折れてなかった、とその責任をエドに押し付けることができる。
「強引に修理で通したことから言っても、確信犯だな」
「くそぉぉ!!」
エドは机を蹴っ飛ばし、荒れ狂う。
ミスリルの残骸が飛び散るがお構いなしだ。
「確かに腹は立つ。おれたちはいいように使われて、刀を修理して納めなければならない」
「そうじゃな。そんなひねくれ者に抗っても、面倒ごとが増えるだけ。ここは運がわるかったと直すしかなかろう」
「ふぅ、ふぅ……ああ、そうだな。頼む。相応の報酬は払う」
チェスは飛び散ったミスリルを拾い、刃を見つめた。模造刀なので刃は無い。
「執政長官、一つ確認する」
「……なんだ?」
「おれたちは直せばいいんだよな?」
「……当たり前だ。できたら完璧に元通りにしてもらいたいが」
「あいにく模造刀のような鑑賞目的の刀は造り方を知らないんだが」
「な、なに!! 何をいまさら!!」
「ぬ? うむ……そうじゃのう。ムーア卿、儂らは最高の仕事をするが、『ミスリルの刀』を打つで良いのじゃろう?」
「何を言って……」
エドは二人の職人の言わんとすることを察した。
「おれは直せとしか言われておらんなぁ……」
「元通りにしろ、とは?」
「言われていない。ただ修理しろとだけ。これが何かも詳しくは聞いておらん。おれは何も知らんなぁ。ククク……」
エドは悪だくみに思わず笑みを浮かべる。
「修理した結果、壊れる前よりいいものになろうとも、依頼者に文句を言われる筋合いはないよな?」
「ほほ、文句なぞ言わせるか。最高の業物を収めてやるわい」
チェスたちは作業に取り掛かるため工房に戻った。




