48.月下の幽鬼
グレイは夜中、一人でフテナ郊外の廃屋に向かった。
今夜は満月。
月光の下、噂の幽霊との逢瀬を期待する。
無論依頼などではなく、好奇心だ。
軽装で槍だけを携える。
細身の優男の前に頭一半分大きい女が立ちふさがる。
「お盛んだね、グレイ」
「なんだよゼータ。魔物かと思ったぜぇ」
「相変わらず女が絡むと考えなしだね。ゴーストに遭遇したらどうすんだい? その槍で突くのかい?」
「おいおい、慎めよ『大女』」
「真面目な話だよ『優男』。ゴーストの最初の犠牲者になる気かい?」
グレイは首を傾げて笑い、そのまま進んだ。その後ろをゼータがついて行った。
二人はB級冒険者。高位冒険者として有名だ。
基本的にソロだが、コンビを組んだ時の方が強い。
12歳の時、街にいたならず者同然の冒険者たちを二人で壊滅させた。
15歳でC級冒険者となり、18歳の時、大型魔獣討伐で功績を上げた。
辺境のそのまたさらに辺鄙なところになるフテナではB級は最高位。
卓越した槍の才能と上限60レベルの才覚を持つグレイ。
恵まれた身体能力と魔力、天授技能を使いこなすゼータ。
グレイは器用で要領がいいが女がらみになると容赦がない。
冒険者、商人、貴族、相手がだれであっても女を泣かせるものには容赦がない。
ゼータは呆れながらも毎回見捨てるわけにはいかず手助けする。
そういうゼータはおおらかで面倒見が良い。それゆえ困っている者の問題を背負ってしまうことが多々ある。
どちらかが問題に首を突っ込み、片方がフォローする。
今回もまたいつもの流れだった。
二人は霊廟を目指して地下迷宮に入った。
◇
昔から水路の中を探検していた二人にとって、地下迷宮は慣れ親しんだ秘密基地の延長のようなもの。
霊廟にはたどり着いた。
「ここかぁ」
「綺麗だね」
石で覆われた巨大な空間には緑と光が満ちている。透き通った水のせせらぎが心地よい。
中央には石を積んでできた建造物がある。
「お墓かねぇ?」
グレイが触って確かめる。
「あまり触るんじゃないよ。罰が当たるよ」
ゼータは注意深くぐるりとその建造物を探る。
彼女は石工の家の娘だ。石の構造物には詳しい。
「大昔の墓地かもね」
「なんでそう思う?」
「見な。緑に紛れて石像の類が至る所にある。あれは霊魂を鎮める精霊を模したものだね」
「そんなことどうでもいいんだよ。おれは美女の幽霊に会いに来たんだぜ」
「そんなこと言ってると本当に出るよ」
『こっち』
二人は声を聴いてすぐに臨戦態勢を取った。
「来たぞ」
「いいねぇ、どんな姿か拝ませてもらうよぉ~」
『こっちにおいで。こっち』
出口の先にかすかに動くものが見える。
「お姉さんがこっちに来なよ」
『そっちはだめだよ。こっちにおいで』
二人は目で合図し、距離を近づけていく。
入口に潜む強大な気配。
かすかに暗闇の中を白い腕が手招きしているのが見えた。
これは本気で掛からねばヤバい。二人の緊張感が一気に増す。
不意に、背後から影が伸びる。
二人が横に飛んだ。
降りかかった大岩が地面を揺らした。
墓だと思っていた石の建造物は手足を持って動いていた。
「なんじゃこれー!!」
「ゴーレムだよ!!」
ゼータが天授技能『魔力糸』指先から放つ。魔力で構成された無数の糸がゴーレムの魔法防御を貫通する。
グレイが槍を繰り出す。
ゴーレムの固い石の胴体に風穴が空く。
「はっ!!」
ゼータがその穴を起点に『魔力糸』を束ねた覚醒天授技能『魔力鋼線』で胴体を横一文字に切裂いた。
二人の見事な連携技で、即座にゴーレムは倒されたかに見えた。
ゴーレムは再生した。地面の土や石を吸収して二体に分裂した。
「こりゃマズいぜ」
「逃げるよ!」
「いや逃げるったって……」
入ってきた水路に続く道にはゴーレムが立ちふさがる。出口には今なお道を塞ぐ怪異。二人は体力と魔力がある内に意を決して突破する道を選んだ。
「お姉さん、悪いけどどいてもらうよ」
グレイとゼータは全身に魔力を漲らせる。
魔法防御力を上げると同時に身体能力を上げる獲得術式『魔装武闘』
二人は一斉に駆け出した。
幽霊は闇に紛れた。
『こっち』
声だけ聞こえる。
警戒は怠らない。
道が開き、先に進む。
一気に地上へと駆け上がる。
「いない?」
「いや待て……」
グレイが独特の直感で女の位置を探る。
廃屋の屋根の上に踊るように揺らぐ人影。
「なぁ、本気で幽霊退治する?」
「あれが何者か、調査する必要があるね。やるよ」
「了!」
全身に帯びた魔力が光を放つ。
大気中の魔力を弾き、全身にパチパチと閃光が走る。
二つの光源が夜空に向かって放たれる。
月下の霊に迫る。
「私を殺してくれるのかい?」
二人は背筋に嫌なものを感じた。
彼女の、その歯をむき出しにした無邪気な笑みに、死を意識させられた。
そこに横から影が割り込んだ。
「なっ!」
「お前!!」
ゼータの『魔力糸』を『魔力盾』で弾き、グレイの槍を切り落としたのはチェスだった。
廃屋の屋根に着地した三人。
「どういうことだい、チェス……アンタ今のは『魔操術』かい?」
「いや、それよりおれの槍!!」
「ちっ、黙ってろ」
チェスは振り返り、佇む女へにらみを利かせた。
「夜の徘徊は終わりだ、ミラ婆」
「しゅーん」
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