46.衣
チェスは前日に長居していた服屋にシルヴィ・ワチと共に来ていた。
店員の眼は殺伐として責めているように見えるが気にしない。
「あの、本当によろしいのですか? 私まで」
「もちろんです。シルヴィさんに不自由をさせてはいけませんから」
「不自由だなんて! そんな……」
実際、彼女はカーミラに貸すほどの衣類を持参してきていた。不自由という言い方をしたが、本当は彼女にただ服を贈りたいという気持ちがあったからだ。
いや、花でもアクセサリーでもうまい料理でも何でもよかった。
シルヴィに魔力回復リングの効果が無かった。
(あれは『魔素吸引』を起動するのにそれなりに魔力がいる……だが、彼女はその最初の起動に必要な魔力が無い……)
シルヴィの魔力を封じている呪いを解く手段はないが、魔力そのものを日ごろから貯めておけば良いと考えた。しかし、その計画は早くも破綻した。
「チェス様、どうか思いつめないで下さい。あのような魔道具を試せただけで大変貴重な経験となりましたから」
「いや、期待させておいて申し訳ない」
シルヴィには思った以上に長居させてしまうかもしれない。
ならばせめて、出来るだけ快適に過ごして欲しい。
それがチェスの偽らざる気持ちだった。
(全く、この方は……)
シルヴィは本当に不自由とは思っていなかった。
むしろ、まさかいきなり魔力回復リングなどという国宝級の魔道具を試すことになるとは思ってもいなかった。
それだけではない。
カーミラから助言も得た。
「希望はございます。だからどうか、そう落ち込まないで下さい」
「いや、すまない。ありがとう」
ぎこちない二人の会話を店員たちがため息を吐きながら見守る。
「チェス君~!! 似合いますか~!!」
二人の空気を切り裂くようにワチがカーテンを開けて試着室から出てきた。
よくいる村娘の格好だ。白いアンダードレスにコルセットスカート。もちろん子供用だ。
「だめだな」
「ふへ! な、なぜ!!」
「すぐ成長して合わなくなるんだ。大きめのにしとけ」
「むぅ……いいでしょう。ワチはすぐシルヴィちゃん並みのスタイルに変貌するのですよ」
「それは無理だろ」
「ふへ~!! 無理じゃないです!!」
そう言いつつ、チェスは髪を束ねるリボンや寝間着、靴などを一緒に選んだ。
今後働き先を見つけた時、日ごろから身なりは大事だろうと考えてのことだ。
「どうですか、チェス君~! ワチの大変貌ぶりにドキドキします?」
愛くるしい少女に店員たちが思わず笑顔になる。
「いいんじゃねぇの」
「えぇ!! チェス君が素直に褒めてくれました~!! 明日は雪です!」
「うるせ」
嬉しそうにしっぽを振るワチ。
「あの、チェス様……」
服を選び終わったシルヴィが試着を終えて出てきた。
「あ……」
「うわぁ!!」
思わず二人は言葉を失った。
着ているのは商人の娘などが着るやや上等な平服だ。淡い青色で、品のいいワンピースドレス。
「店主の方にお勧めされたものを試着してみたのですが」
「買いましょう」
「え……」
「チェス君、ワチのときと反応違い過ぎます!」
チェスの中で、その服はシルヴィが着なければならないような気がした。
店主が大きくうなずき、チェスは頷き返した。
シルヴィはチェスの感想を待っている。
「シルヴィさんは白が似合いますが、その色も爽やかで落ち着きがあって、シルヴィさんの金色の髪とも良く似合ってます。理知的なシルヴィさんにぴったりですね」
「あ、ありがとうございます」
「えぇ~!! チェス君が、あのチェス君が……」
謎の的確な誉め言葉にワチが目を丸くする。
「でも、確かにとっても似合ってます~。お姫様みたいです~!!」
シルヴィは紅くした顔をハッとさせた。
「あ、その、こちらはおいくらで―――」
「ではそれをもらおう」
金額について失念していた。
その服は古着としては高かったものの、チェスは迷わず支払った。




