43.新たな生活
本日の投稿は42話から!
チェスは朝起きてすぐに鍛錬を始める。
頭の中で描く理想的な動きを、一つ一つ丁寧に再現していく。主に格闘士だった前世の記憶に習う。
レベルが20でカンストしているチェスにとって、戦力を上げるには肉体の基礎的な運動力と技能を上げるしかない。
鍛錬をしている間にワチとシルヴィが朝食を用意する。
家にいるとき二人はいつも一緒で仲睦まじい。
主に調理はワチが担当する。料理に目覚めたワチは料理の基礎を学び、学院の厨房でちょっと素人にはできない応用まで習得している。持ち前の五感で味の核心へと迫る。
そんなワチにシルヴィは弟子入り中だ。
学院ではお茶や茶菓子を出すぐらいで元王女の彼女は料理未経験だ。彼女は家事全般で役に立ちたいと意気込む。
「ワチ様、パンが焼けました」
「いいよ~。上手だよ~!!」
自分より年上のお姉さんに何かを教えることが楽しいらしい。ワチはシルヴィの頭を背伸びしてなでる。
「いい匂いだね」
「おはようございます、カーミラ様」
「おはようミラちゃん」
食事の準備ができるとカーミラが起きてくる。
以前のようなボサボサ髪によれよれの服ではない。
ちなみに服はシルヴィのものを借りている。
最初はひどく抵抗していた。
『あちこち変わってしまったら私だとわからなくなるよぉ……』
『別に服と髪形で判断してねぇし』
彼女にとって姿が変わることは抵抗があることらしい。
実際服と髪形が変わるとカーミラは別人のようだった。
シルヴィの美的センスに任せてセットされ、整えられた容姿は辺境の片田舎で見かけるものではない。
元々耐性のあるシルヴィは今も起きてきたカーミラの髪を手早く整える。
最初は抵抗していたが気持ちがいいのか、なされるがまま大人しいものだ。
その様子を見てワチの中でカーミラは恐ろしい存在ではなく、群れの中で一番下になっていた。
彼女にとってカーミラは特に「何もできない居候」である。無論、魔物であることは知らない。
「ミラちゃん、チェス君呼んできてネ」
「うんわかった」
「お願いします」
言われるがまま外に出るカーミラ。
チェスは汗だくになりながら一つの動きを繰り返していた。
集中していて見られていることに気が付いていない。
ガウンを羽織ったカーミラはふわりと音も無くチェスの背後へと飛んだ。
チェスの拳がカーミラへと放たれる。
指一本で受けられ、押し飛ばされるが倒れ込む流れで蹴り上げた。
かすりもしていない。
「ちっ。ダメか」
「上出来だよ。今のは珍しい蹴り技だね。目の前で消えたように見えるよ。普通ならね」
「実感ねぇな」
「チェス君、汗を流して。朝食だよ」
「おう」
カーミラが水魔術でチェスに放水を浴びせかける。
「あばば!!」
庭に虹ができた。
「おい!」
「アハハ、この方が早いと思って」
カーミラが差し出したタオルをチェスは受け取った。
◇
ワチの料理の腕が日に日に増している。
食事がチェスの密かな楽しみだ。
学院にいたころの食事と遜色がない。
食卓に並ぶのはパンにスープと一般的な朝食だが味わい深い。
ワチは褒められるのを待ってしっぽを揺らしていた。
「この腕なら街の食堂で雇ってもらえそうだ」
チェスの感想はワチの求めるものとは違った。
「え~!! ワチを売るんですか~!!」
「確かに、チェス様の収入だけで四人分は」
シルヴィが現実的な話を始める。
「ひどい、シルヴィちゃん!!」
「いえ、働きに出るのは良いことかと。私も家のこと以外にできることがありましたら」
慌てて弁解するシルヴィにワチは頬を膨らませる。
チェスが嫌な顔をする。
ワチとカーミラは居候だが、シルヴィは客分だ。
いや、そもそも彼女はチェスにとって魔術と文字、二つの師。
掃除や洗濯、買い出しなどをさせているのも忍びない。加えて外で稼がせるなどあってはならない。
「私がギルドと神殿と正教会に薬を卸すから大丈夫だよ」
「いや、薬をつくる機材はどうする?」
「……ああ……」
薬を作るには薬草を潰したり煮たりと加工する道具や様々な溶液とそれを入れる容器がいる。
「チェス君、ワチ、服が欲しいです~」
贅沢を言うなとは言えない。獣人のワチはそろそろ急激に成長してしまうので今の服はすぐにサイズが合わなくなってしまう。
「そうですね。日用品も買え揃えませんと。やはりここは私が調達を」
「いや、ここはおれが何とかする!」
ワチの服を用意するのは自分の責任だ。カーミラの実験機材を吹き飛ばしたのも自分だから弁償するべき。
ただ鍛錬に明け暮れているわけにはいかない。
「それで、収入の充てはあるのかい?」
「C級に昇格する」
冒険者ギルドにおいてC級は熟練者を指す。
任務はハイリスク・ハイリターンとなる分依頼内容によっては即金になる。前金をもらえる場合があるのだ。
「でもさ? なると言ってすぐなれるものではないだろう?」
「ああ、だが、推薦者がいれば試験はすぐ受けられる」
「推薦者いるのかい? ああ私がすればいいか」
「いや、慣例的には冒険者からの推薦が必要だ。充てはある」
チェスは自慢あり気に冒険者ギルトへ向かった。
ブックマーク、評価を励みにして連載しております。ぜひよろしくお願いします。




