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41.黒煙

黒煙に包まれた辺り一帯。

酸素が消え、耳鳴りがする。しかし、身体は動く。

カーミラは爆心地にいながら、一切ダメージが無かった。


眼を閉じてただその時が来るのを待っていた。



カーミラは何をしても死なない。

神が選んだ勇者の神聖術や聖剣も通用しない。

しかし、誰も試したことがない攻撃がある。

彼女が持つ権能『全能武装・深紅』そのもの。


『異空間収納』に収納した無数の紅い刃は、運動エネルギーもろとも異空間に保管される。この空間では時が止まることは前世の遺物がそのままだったことで確認済み。

そして、『全能武装・深紅』について、チェスの『解析鑑定』は済んでいた。


権能 『全能武装・深紅』

効果 生命力を消費して魔力に実体を持たせ、あらゆる形に変形する。発動者の生命力に応じて強度、密度、質量、破壊力が増す。ダメージを与えた者の生命力を奪う。

魔力費 絶大

希少度 特異



チェスは動きが止まったカーミラにこの『全能武装・深紅』を解放しさえすればいい。


カーミラは目を開けた。

黒煙の中、佇むチェス。


身体にダメージは無い。

【火神の加護】に加えて魔力の盾で爆風を防いだ。

カーミラは『魔眼』でチェスの残存魔力を確認する。

問題はない。計算して残している。



「どうした? さぁ、もう十分。終わらせてくれ」



カーミラの発した言葉に、チェスはびくりと身体を震わせる。

その反応でカーミラはチェスがためらっていることを理解した。



カーミラは幽霊のように足音をさせずに近寄り、魔力の盾ごと平手打ちした。魔力で固められた盾はあっさり砕け、チェスの顔が大きく弾けた。


よろけてそのまま地面に倒れ込んだ。



「私を怒らせない方がいい。期待を裏切られると攻撃的になる」



チェスはフラフラと立ち上がった。

唇を切って出血している。


手にした刀を鞘に納め、反抗的な眼でカーミラをにらんだ。敵意ではなく、親に反抗する子供のような不貞腐れた顔だ。


「おれにお前の死に方をとやかく言う資格はない。だが、殺す気もない」



カーミラは再び平手打ちする。

今度は身体ごと数メートル飛んだ。



倒れ込んだチェスを覗き込むカーミラ。

指先で胸倉をつかみ、無理やり立たせる。



「これは君にとっていいことだ。得た力で大きな功績を上げられる。名誉が手に入る。私の魔石を使えば君は英雄にも王にもなれる」



チェスは沈黙する。



「逆に私を生かして置いたら君は全てを失うことになるだろう。私を怒らせたからね」



その怒りは大気を震わせる。

常人ならい竦められ口を開くこともできない。


「おれは力を得たんじゃねぇ……」


チェスは口を開いた。

まっすぐカーミラの眼を見ながら。


「前世の記憶が蘇っておれは甘くなっちまった。前ならできた。迷わず」

「今やるんだ」

「できねぇ……」

「……なぜ!!?」


カーミラは絶叫した。



「放置したら君の大切な人を襲うぞ!!」

「嘘をつくな。おれは神官だったから嘘は見破れる」




それこそ嘘だった。

チェスはただ、カーミラがそんなことをしないと信じているだけだ。

眼に力がある。この目をしている時チェスは絶対自分を曲げない。

それをカーミラは知っている。


「頼むよ。もう終わらせてくれ。もう疲れたよ。もう」



チェスに伸ばした手を放し、力なく地面にうずくまった。

紅い髪を振り乱し小さくなるカーミラ。



「手加減しやがって。それでおれの役に立ったつもりか? それでおれが感謝するとでも思ったのか?」

「せめて意味のある死が欲しいんだ。わかってくれよ」

「なんでだよ……」


チェスの心が揺れ動いていた。

殺すか否かで迷っているからではない。


カーミラがチェスを頼る目的、それが納得いかない。



「なんで、死ぬためにおれを頼って、生きるためにおれを頼らねぇ!?」

「私は生きていない。ただ死なないことは生きるってことにはならないんだよ」

「ならおれに生かされろ」



チェスにとって、生きるとは生かされること。そしてそのためには誰かを生かす。

何かに、誰かに生かされている。

その循環の中にカーミラはいない。

いや、チェスを生かしてきた。半分は交わっている。しかし、誰も彼女を生かそうとしてこなかった。彼女もそれを求めなかった。

ただ一人、チェスを除いて。


チェスは強引にでも彼女をこの命の輪に引き込もうと決意した。


生命の循環から外れた不死の魔物に、限りある命をもたらす。



「意味のある死が欲しいなら人間として生きる道を探せ!」



カーミラはそんな方法がないという現実を知っている。

まやかしの希望にすらならない。



「そんな方法はないよ」

「あぁ? お前、神に祈ったのか?」

「……え?」



カーミラは神を信じたことはない。

無論、祈ったことはない。

人類の敵に神の恩恵があるわけがない。だれでもそう思う。


「ふざけんな! てめぇ、そんな一番可能性のある方法を試しもしねぇであきらめてんじゃねぇ!!」

「一番? あるかな?」



カーミラにとって、神に祈ることなど考えもしない手段だ。

可能性はゼロだ。

カーミラには現実主義であるチェスがなぜ神をあてにするのか理解できなかった。



「祈るってのは人の弱さの表れだ。弱さをさらけ出せ。それが人間になるってことだ。おれに死を願うより、その方がよっぽど意味のある死につながるだろうよ」



神。

カーミラは信じない。

一度として見たことが無い。

彼女にしてみれば人間特有の天授技能(スキル)など、何らかの魔法的な現象に過ぎない。

加護は霊魂や精霊の仕業だ。

神とは人が想像したもの。

奇跡は信じる者が祈りという変性意識が引き起こす特異な現象。


神を信じない魔物の祈りはどこに向かうのだろうか。



「これだから人間の心は厄介だ」


チェスは膝を着いて祈る。



「チェス君」



魔物であるカーミラに、チェスの心は通じなかった。



「ごめんよ、チェス君」



漂う爆煙の中カーミラはチェスを置いて歩き始めた。



「ごほっ、ごほっ!!」



煙を吸い込み、せき込んだ。



「……なにこれ。ごほっ、うえぇ!」


すぐに咳は治まった。だが、カーミラは脚を止めた。



(なんだ今のは)



呼吸が苦しくなり、鼓動が早まった。目からは涙。

まるで人間の生理的反応。


思わず天を仰ぎ見た。

空が広がる。あらゆる観測方法でも、何も見当たらない。

後ろを振り返る。


チェスを見て、涙が止まらない。


「君はひどい子だな。生き方を教えてあげたのに、私にこんな苦しい思いをさせるとは」

「あぁ?」

「でも、悪くない」


カーミラはチェスの横に並んで何かに祈った。

咳き込んだチェスは顔を赤くして涙を流した。煙はすでに晴れていた。





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