40.燃ゆる
チェスは重い腰を上げてその扉を開けた。
その先には一匹の魔物。
魔石を持つ、人間とは似て非なる生物がいた。
乱れた紅い髪に、血の様な禍々しい瞳。口元から覗く牙。首も腕も脚も指も異様に長い。肌は異様に白く、爪は鋼鉄のごとき鈍色に怪しく光る。
人のフリをやめたその姿は、人に根源的な畏怖を抱かせるものだった。
空気は重く、周囲から色彩を奪う。
静けさが耳に痛いほどだ。
「待たせたな」
「本当だよ。でも今日、やっと待ち続けた日々が報われる」
チェスのことではない。
終わることの無い永遠という地獄。
彼女はそれをチェスに終わらせてもらうことにした。
化け物は独特の笑みを浮かべた。
捕食者特有の威嚇にも見える。
「せめて、君の糧となって消える。思う存分やってくれ。たぶんそうしないと君を殺してしまいかねないからね」
視線が刺さるだけで命の危険を感じさせる。
言葉の重みで胃液が逆流しそうになる。
そんなプレッシャーの中チェスは刀を抜いた。
「『解析鑑定』」
個体名 カーミラ・アル=ハノーヴァ
種族 吸血鬼(真祖)
脅威度 厄災級
権能『超速再生』『吸血』『飛行』『全能武装・深紅』『森羅転成・白光』『万物補食・純黒』『魔唱』『変化』『魔眼』『影移動』『擬態』
獲得術式 『魔操術・極』『闇魔術・極』『錬成術・極』『創薬術・極』『火魔術・天』『水魔術・天』『土魔術・天』『雷魔術・天』『治癒術・天』『結界術・天』
(化け物め)
チェスの天授技能は魔力の制御で各段に上達している。
権能 全能武装・深紅
効果 生命力を消費して魔力に実体を持たせ、あらゆる形に変形する。発動者の生命力に応じて強度、密度、質量、破壊力が増す。ダメージを与えた者の生命力を奪う。
魔力費 絶大
希少度 特異
12の前世が知り得ないほどの権能だらけ。
カーミラの周囲の草が枯れていく。命を吸い取っているように。
「『全能武装・深紅』」
自らが持つ権能を発現させる。
吸い取った魔力や生命力がどす黒い血のような液状へと変わり、無数の刃となってチェスへと襲い掛かる。
『超反応』『身体強化』で回避するチェス。
刃は地面を大きく抉り、衝撃波でチェスの身体が吹き飛んだ。
(ただの魔力じゃねぇ! 高密度の質量体を自在に操る魔法か……!)
質量体の物理的強度、重さに加え、魔力の自在性。
チェスが習得した『魔操術』とは比較にならない。
当たっていたら即死だった。
チェスの中で緩い覚悟が引き締められる。
カーミラの顔を見る。
その眼に自分への情は一切感じない。
「くそ!!」
窮地に際し、チェスは身体に意識を集中する。
理想的な身体の動きへと徐々に近づく。
『身体強化』を使いこなすことで、常人には不可能な速度で地面を蹴り、駆ける。
『全能武装・深紅』が元居た場所を突き抜ける。
カーミラの懐へ入る。
それを見てとっさに捕まえるようと手を伸ばすカーミラ。
生物としての純粋な反応速度。
しかし、彼女の手は空を斬る。
(これは幻惑の魔法?)
チェスは付与魔法で『幻惑』の効果をカーミラに与えた。
ショウジョウの『酩酊』と異なり、感覚にダイレクトに影響を及ぼす。
(前世は付与魔法師か。懐かしいね)
チェスは『隠形』でカーミラの背後へ。
刀を振りかぶる。
『一撃』の構え。
一瞬、ためらう。
渾身の一撃。
「うっ!?」
『月光鳳蝶』の刃が『全能武装・深紅』に受け止められた。激しい火花と共にチェスの身体が吹き飛んだ。
地面を転がり、すぐに起き上がる。
(全力で斬り込んでこれか……)
刀を持つ腕が震える。
残りの魔力はすでに半分。
チェスは自分を奮い立たせ、歯を食いしばり重い脚で前に進む。
その姿にカーミラの眼が一瞬変わる。
彼女は戦いの最中、思い出していた。
チェスが家に転がり込んできたときのことを。
彼女にとってはつい先日のこと。
たかが二十数年。
その取るに足らない時間の一幕一場面が、現実の今より鮮やかに色濃く脳裏に浮かぶ。
チェスは再び『幻覚』を付与する。
その隙に『隠形』で背後に回る。
繰り出される必殺の一撃は深紅の刃の迎撃に遭い、チェスの身体ごと跳ね飛ばした。
(不意打ちは無理か)
カーミラの持つ『魔眼』
これは魔法的視覚であらゆる魔力の流れを観測する権能。
天授技能や獲得術式を駆使しようとも、それらが魔法に由来する限り彼女の認識を偽ることはできない。
チェスは自分の信条に従う。
冒険者は冒険しない。
がむしゃらに向かっていても勝機は無い。
『思考すること。それが人間の類まれなる武器だ』
幼いころに教えられた。
教養のないチェスが、事前の準備を怠らずに必ず勝算を見積もるようになった。それは自然に、ではなく、教えられて学んだ生きるための知恵。
(おれの技は、通用しねぇ……なら、おれに残された勝機は……)
「次で決めさせてもらおう」
「期待しているよ」
チェスは刀を構えた。
再びの『一撃』
カーミラの『全能武装・深紅』が縦横無尽、変幻自在の紅い刃となり無数に迫る。
チェスはそれを『異空間収納』で収納して消した。
「え? 『異空間収納』にそんな使い方が!?」
まさかの天授技能の使用方法にカーミラは素直に驚いた。
「もらった!!」
チェスが無防備のカーミラに迫る。
「『暗黒球』」
詠唱による魔法。
独特の詠唱で、一から組み上げた真なる言葉を用いた闇魔術。
闇属性の魔力の塊がチェスの『一撃』の軌道に割り込んだ。
『月光鳳蝶』が火花を上げ、受け止められた。
「いい技だけど、それは斬れないよ」
「『雷撃刃』!!」
まるで止められることを読んでいたように、チェスは『月光鳳蝶』を付与魔法で強化した。
天授技能は稀に覚醒し、新たな天授技能へと昇華する。
彼が付与魔法師だったとき、唯一獲得できた覚醒天授技能の魔法式―――『雷撃刃』
強力な雷の刃が、闇の魔力を両断した。
魔法の力は互角だった。属性の優劣はない。最後はチェスの技量と名刀『月光鳳蝶』の切れ味が勝った。
だが、斬った『暗黒球』の背後にカーミラはいなかった。
『影移動』
影から影へと移動する闇魔法系の権能。
自分の影からチェスの影へと移動。
結果、チェスの背後に回り込んだ。隙だらけだ。
手を伸ばせば勝利できる。しかしそんなことは望んでいない。
それは本能的な回避。
彼女はこの期に及んで本能的に生き永らえようとする自分に落胆した。
しかし、それもつかの間、彼女の『魔眼』は異常を検知していた。
(空気が無い。窒息を狙って? いえ、違う……!!)
チェスが狙った勝機。
それをカーミラは一瞬で読み取った。
チェスの背後で大爆発が起きた。
(やっぱり。君だったんだね……私を殺せるのは)
最大の攻撃『雷撃刃』を付与した一撃さえも囮。
チェスの背後に回ったカーミラを襲うのは不意の大爆発。
チェスは空気を『錬金加工・分解』することで、可燃性のガスを生成した。
それを自分の影の上に風魔術で集め続けていた。
それを『発火』で起爆。
相手を巻き込んで自爆した。元々【火神の加護】で火には耐性がある上にチェスには『回復』がある。
十分理に適った戦法だ。
爆発によって仕留めようなどと考えていない。
狙いは不意の爆発によるダメージではなく、足止め。
意識を飛ばし、動きを止めること。
真の狙いは『異空間収納』で取り込んだ、カーミラの『全能武装・深紅』
チェスは自分の力では倒せないと悟り、彼女自身の権能で倒すことにした。
爆発の寸前、カーミラはそれを悟っていながら爆炎をその身に受けた。
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