38.冒険しない冒険者
シルヴィはますます不安になっていた。
チェスの冒険者としての腕前は未知数。
その刀を抜いたところも見たことが無い。
S級冒険者を弟子にしていたという話で勝手に達人並みだと想像していた。しかし、その根拠がどこにもないことに気が付いた。
チェスには『魔操術』を教えたが、基礎的な魔力コントロール程度では、魔獣は倒せない。
今、魔法が使えない自分は戦力外だ。
もしも襲われたら。
そう思うと不安が込み上げて来て仕方なかった。
「心配しないで下さいシルヴィさん」
「え?」
「おれのモットーは『冒険者は冒険しない』ですから」
「はぁ……?」
その言葉の意味を知ったのはそのすぐ後のことだった。
日暮れ間近。
「停めろ」
チェスの一言で御者が馬車を停める。
馬車の上にのぼる。
「どうしたのですか?」
「あ、この先で誰か戦ってるです」
耳のいいワチが街道の先で戦闘が起きていることを報せる。
「なるほど」
チェスは降りて来て事情を説明した。
「この先に、魔獣がいます。迂回しましょう」
「……まさか」
シルヴィはようやく察した。
この先にいるのはチェスから依頼を横取りした冒険者たちだ。
チェスはあえて囮として冒険者たちを先行させ、安全を確保していた。
「全て計算ずくですか」
「依頼を横取りしたのは奴らです」
「あの方々は大丈夫なのですか?」
「だめでしょうね」
チェスはあっさり言ってのけた。
状況は『鷹の目』で確認し、何が起きているのか把握していた。
「でしたら、救援に」
「……なぜ?」
心底理解できないという顔をするチェス。
自分と関わり合いのない人間に対する、興味の無さ。
「人の命が懸かっています」
「冒険者は自分の命を自分で賭けています。それは他人が負うような責任ではないですよ」
「……わかりました」
チェスの判断は正しい。
冷静だ。少なくとも囮として冒険者たちが戦っている間チェスたちは安全に道を迂回できる。
「チェス君」
「あぁ? なんだ?」
「シルヴィちゃんはですね、チェス君が立派な冒険者だって思ってたからショックなんですよ」
「えぇ?」
ワチから飛び出したことが図星で彼女は思わずチェスから目を逸らした。
「そうですか……」
「いえ、その……『剣姫』を育てたと聞いていたものですから」
「あぁ……別に育ててませんよ」
シルヴィはズシリと心が落ち込んだ。
今、自分の一生を預けている男は、ただの卑怯な冒険者だった。そう思った。
「あいつは素行が悪くて、孤児院を追い出されてのをおれが一時的に預かってただけです。何も教えてません。せいぜい薬草採取に連れて行った程度で」
「え? では……」
嘘を付いているわけではない。
むしろ、そう言った接点を自慢しない精神性に感心した。
チェスからすれば、そんなことはどうでもよかった。
他人の自慢話など、父親の悪習そのものだからだ。
それに、フィオナには本当に何も教えていない。
ただ、『お節介』で受け入れてみただけだ。
フィオナ自身、チェスのことを毛嫌いしていた。
年頃の娘であったこともあるが、何より、チェスにこき使われていたことが納得いかなかった。
◇
「あ~!! 今思い出してもむかつく!!!」
彼女は酔うといつもチェスの話をする。
「またですか副団長」
現在は王都で騎士団の副団長を任されている。
行きつけの酒場で若い女騎士が飲んだくれる。
「この私が、あんな冴えないおっさんに……」
孤児院から追い出されてチェスの家に住むことになってすぐのこと。
一度だけ本気で喧嘩になったことがあった。
まだ12歳だったがステータスで圧倒的に勝るフィオナはチェスの動きを見切っていた。一方的にボコボコにした後だった。
彼女はチェスが放った一刀で死を覚悟した。
その一撃がその後の彼女の剣に大きな影響を与えたことを彼女自身まだ自覚していない。
しかし、本当の恐怖はその後だった。
彼女がフテナに帰らない理由。
「今やっても……まだだめよね」
手も足も出ない。
そんな経験をした。
フテナの外れにひっそりと住む、薬師を相手に。
「あの女……いつか化けの皮剥いでやるわ……」
ボロボロになったチェスをさすがにまずいと思って薬師の家に運んだときだ。
フィオナはカーミラを前にして失禁した。
カーミラと目を合わせただけだ。
それだけで自分が死ぬと直感した。
以来、チェスにも逆らえなくなった。
しかし悔しいことに、その後の三年間が彼女の下地になった。
恐怖と忍耐と、美しい一閃。
それに気品。
「副団長って、酔っていても食べ方綺麗ですよね」
「そう? ありがと」
彼女のその気品は荒くれ者の冒険者の教育によるものだとは誰も思いもしなかった。
それほど自分に影響を与えた人物が、辺境でずっと中堅冒険者をしているなど、誰にも誇れない。
そのことがずっとコンプレックスだ。
そんなこととは知らず、チェスは『冒険者は冒険しない』を信条に生きてきた。
それは前世の記憶を得ても変わらない。
◇
「チェス様、差し出がましいですがよろしいですか?」
シルヴィはようやく自分の中のもやもやとした感情を表現する言葉を見つけた。
「どうぞ。あなたはおれの師同然ですから」
「では遠慮なく言わせていただきます。貴方様の行動は関わった者の威信に関係します」
「威信?」
「貴方様は多くの方と関わっています。ワチ様、エルルク様、フィオナ様とも……その分だけ、貴方様を評価し、信用した者がいるということです」
チェスはこれが本気の説教だと理解して、身を正した。
「貴方様の行動いかんによっては、その評価も信用も間違っていると、世間からはレッテルを張られます」
「世間などどうでも……」
「貴方様がよろしくても、皆立場というものがございます! ご自覚ください。あのような笑い者にされたあなた様を見る、私共の気持ちを!」
チェスは理解した。
よく考えた。
もしも、自分の剣の師が馬鹿にされたら、それは自分のことのように腹が立つ。師匠が馬鹿にされて言い返さなかったり、見返したりしなければ、もどかしいことだろう。
「つまり、おれはシルヴィさんの気持ちが晴れるような行動をした方がいいわけですね」
「あの……」
(違う……)
シルヴィもチェスの扱いは弁えている。
「そうですね。上手く立ち回るより、ここは誰にでも胸を張れる、誇りある行動を求めます」
「わかりました」
「わぁ、チェス君が素直~」
チェスは素直にうなずき、馬車を降りた。
(おれに感情移入してくれる人が、いたなんてな……)
チェスはシンプルにそれを応援と捉えて、あえてリスクに飛び込んだ。
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