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37.冒険者

魔法都市より南下する街道を乗合馬車で進む一行。

耕作地を抜け、都市を離れると半日もせずに景色から人の気配が消え失せた。

街道と言っても馬車が通れる道幅をただ踏み固めた野原で、周囲には鬱蒼(うっそう)とした森が広がる。



幸い、馬車にはチェスたちだけしか乗っておらず、軽快に進む。



「チェス様はてっきり東の王都へ向かわれるのかと思っておりました」



シルヴィが質問を投げかけた。



「なぜ?」

「魔力を蓄える魔道具さえあれば、大成できることでしょう。わざわざ辺境のさらに奥地に戻る必要がありますか?」

「あるんですよ。おれは、頼みを聞かなけらばならない相手がいるんで」

「頼み……その魔道具の製作者ですか」



シルヴィの眼には、チェスが深刻な問題を抱えているように見えた。

エルルクにも、それは警告されていた。自分の役割はその先、その後。

チェスはこれから重大な責務を果たさなければならない。その後、チェスを支えるために彼女は付いてきた。


しかし、それが何かは告げられていなかった。



「う~チェス君。酔ったです~」

「吐くなら外にしろ」

「ひどいです~」

「ワチ様、大丈夫ですか?」



シルヴィがワチを介抱する。

その様子を見てチェスの脳裏に、カーミラの姿が浮かんだ。

その声を聴いただけで、傍にいるだけで、その手が額に触れるだけで不安や恐怖が無くなる。


チェスにとって母親同然の存在。

そんな彼女を、これから殺しに行かなければならない。



チェスは吐き気を催した。





途中唯一ある小さな村に宿泊することにした。

こんなところに来るのは冒険者ぐらいなので、村というよりギルドの拠点だ。



門に見立てた二本の丸太を通過すると、周囲の視線を集めた。

獣人の少女に、美しい女性。


だが、不用意に話しかける者はいない。



先頭をあるくシルヴィに付き従うようにチェスとワチが帯同する。ワチは荷物を背負い、さも荷物持ちであるようにふるまう。

チェスは護衛役。少なくとも自然だ。


三人は冒険者ギルドに入った。

依頼を受ける以外にも冒険者ギルドは情報収集の場として役に立つ。

依頼のボードを見るだけで、今、周囲にあるリスクをある程度把握できる。


(……失踪事件が多いな。山賊か?)


チェスは悩む。

シルヴィとワチを連れて襲われたら一人では対処できる保証がない。


もう少し情報を収集しようと適当な席に着いた。

休憩がてら食事にする。

冒険者ギルドの食事はそこらの安い食堂より衛生的だ。


食事をしながら周囲の会話に聞き耳を立てる。



「山賊退治に出たD級パーティが戻ってこないらしい」

「おかしいだろ。本当に山賊なのか?」

「街道の道に罠が仕掛けてあったって聞いたぞ」

「森に魔物がいるって噂だ」



どうやら敵の正体は分かっていないようだ。



「あれぇ? チェスじゃねぇか!!」



三人の卓に冒険者たちが近づいてきた。

薄ら笑いを浮かべている。



「よぉ、草取り名人。最近フテナで見ないから死んだのかと思ってたぜ」


一人が大声で騒ぐとわらわらと寄ってくる冒険者たち。


「おいおいまさか、草取り名人様が護衛任務か?」

「お姉さん、こんな奴に任せない方いいよ。こいつはフテナじゃ有名な草取り専門業者なんだぜ」



口々にチェスを馬鹿にする冒険者たち。


その様子にシルヴィは困惑する。



(チェス様が侮られている? これほどの方が一体なぜ?)



「むぅ~!! チェス君は強いんですよ~!!」

「うわっ、いくらつるむ奴がいないからって獣人のガキをこき使うとは、悪い奴だな」

「てめぇには人の心がねぇのか!?」



彼らにとっては憂さ晴らし。

格下の相手を馬鹿にして笑いものにする遊び。

しかし、これは相手がムキになってこないとつまらない。


チェスはだんまりを決め込んでいた。



「チェス様は、『剣姫』フィオナの師にあたる方です」


言い返したのはシルヴィだった。



「そのような方を罵る資格が貴方方にあるのですか?」



冒険者たちは顔を見合わせた。



「あーははは! そりゃ、おねぇさん騙されてるよ!!」

「え?」

「誰のことかと思えば! あのS級冒険者がこんな草取り野郎の弟子なわけねぇだろ!?」

「嘘を付くにしてももう少しましな嘘にしろよ!!」



チェスを馬鹿にしていた冒険者だけでなく、周囲にいた者たちからも笑いが溢れた。


シルヴィはますます困惑した。



彼女の中でチェスに対する不信感が芽生え始めた。

チェスが依頼ボードの前に行くだけで周囲から笑いが漏れた。


「あの野郎、依頼受ける気かよ」

「ムキになってやがる」

「女の前でいい恰好したいって丸わかりだな」



チェスが依頼書をもぎ取る。


すると、男がそれを横取りした。



「おっと、悪い。それはおれが狙ってたんだよ」



明らかな嫌がらせだ。

冒険者たちが一丸となり、チェスを哀れな道化扱いする中、シルヴィはいたたまれない気持ちでいた。



(確かに、学院に来た当初は魔術の基礎も知らなかった。それに私は彼が武器を使っているところを見たことがない……本当に草取りだけしかしてこなかったの……?)



思えば、フィオナの話はチェスから直接聞いたわけではない。

ワチが言っていただけだ。



依頼を横取りされて言い返すことも無く、チェスはすごすごと戻ってきた。



シルヴィはチェスの顔を見てギョッとした。


邪悪な笑みを浮かべている。



「わぁ~チェス君が悪い顔してます~」

「気にすんな。ただの憂さ晴らしだ」



結局、チェスはただ馬鹿にされただけでギルドを後にして、馬車に乗り込んだ。



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