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幕間 シルヴィア


エルルク様にチェス様に同行するよう言われました。

私はそれを受け入れました。

自分でも意外でした。私がエルルク様以外の人をここまで信用するとは。


もし、他の男性の下に仕えるとなれば断っていたでしょう。



チェス様は他の男性とは違います。

私の眼を見て話をして下さいます。


私と話す大抵の男性は私と眼を合わせません。半数は気後れして目を逸らし、半分は視線を下に落とし話し続けます。

他人は嫌悪の対象でしかなかったのです。


ですので、チェス様と話すときは新鮮な気持ちでした。



それにワチ様のことも。



なぜ獣人の少女を連れ歩いているのか。私はそれとなく聞いたことがあります。

チェス様はしばらく悩まれていました。



なぜ自分がワチ様と共にいるのか。

ご自分でも分からなかったのです。


「最初は『お節介』。今は『負い目と責任』です」

「『お節介』?」

「おれには剣の師匠がいました。才能の無い、縁も所縁もないおれに、その人は剣術を仕込んでくれました。この剣はその師匠がくれたものです」



まったく自らの自慢話をしないチェス様が唯一自慢気でした。



「師匠が何でおれに剣術を教え、この剣をくれたのか。知りたくなったんです」

「それは素敵です」



チェス様のことをかっこいいと方だと思いました。

やさしさの理由を知るために人にやさしくなれる。

純粋で強い。

私はチェス様のことをもっと知りたいと思いました。ですが、ご本人はあまり自分のことを語りたがりません。

その代わりワチ様とは気の置けない話をできました。


ワチ様はチェス様が語学を学ぶ傍ら、簡単な文字を学び、それ以外にも本邸の料理人に料理を教わっていました。


獣人であっても、あの愛嬌には誰も抗えません。それにとても真剣で飲み込みも早く、使用人の間でとても人気者でした。


「チェス君はワチ以外にもたくさん面倒を見てたのです~」

「え? そんなに?」

「はいな! ええっと、ワチが知ってるのは三人です~。スロウス君と、ルツ君とフィオナちゃん。スロウス君とルツ君は二年前、フィオナちゃんは一年前に自立していきましたですよ~」


どうやらワチ様以外にもこれまで多くの孤児を助け、独り立ちさせてきたようです。

あの若さで。



「ワチも前はもっと役立たずで、何にもできなかったですよ……でも、チェス君はワチを追い出さないでくれました」

「好きなんのですね、チェス様のこと」

「はいな!」



ワチ様はみるみる料理の腕を上げ、いつしか昼食のお弁当を本邸の料理人の代わりに作っていました。

チェス様は気が付いていませんでした。私も区別がつかない位でした。



「ここの料理人の料理を食べていたら、もう普通の食事には満足できないかもな」

「大丈夫です~」

「ほんとか? 帰っても文句言うなよ?」

「はいな~!」



ワチ様はなぜかチェス様の前では少し幼くなるようで。しかし、チェス様もワチ様を幼く扱いすぎのように思います。同年代と比べてもワチ様は賢いです。



なので、私はチェス様に同行することをまずワチ様に了解していただこうとしました。



「ふえ? チェス君……どうだろう……?」

「ダメでしょうか?」

「ううん!? ダメじゃないですよ! でも、チェス君ワチのこと大好きだからな~」

「いえ、あくまで使用人として……」

「冗談です~」

「でも、チェス君は最近控えめなのですよ」

「控えめ?」

「はいな……なんだか目立つのを嫌ってるみたいなのですよ……たぶん、ワチが襲われたからだと思うのです」

「え?」



ワチ様は家に強盗が現れ、二人共瀕死の重傷を負ったことを話されました。

驚愕でした。


(あのチェス様が強盗ごときに遅れを? 謎の治癒師が治療……それが『負い目と責任』のことね)


ワチ様の説明を聞いて私の中で点と点がつながりました。



(大やけどの跡なんてワチ様には見られない。後遺症レベルを完治させる魔法……まさか治癒魔法をチェス様が?)



それなら合点がいきます。

エルルク様がチェス様を認めている真の理由はその力にあるのではないかと。

チェス様が実力の割に名声を得ていないこと、エルルク様が私をチェス様の下に送る理由。

チェス様が目立ちたくない理由。


「治癒師は見つかったのですか?」

「はい~? いいえ~?」

「そうですか」



一介の冒険者の振りをしているチェス様に使用人がいては不自然で目立ってしまう。

私は半ばあきらめ気味でチェス様に話を打ち明けることにしました。

無理強いはできません。それにチェス様も永遠に辺境へ引きこもるわけではないでしょうから、またお会いできるはず。


「いいですよ」

「え?」

「あなたには文字を教わった。魔術を教わった。大きな借りがありますから」


事情も聴かず、チェス様は快諾してくださいました。

エルルク様以外は知りないこと。自分の恥をさらすことは避けてきました。ですが、この方になら話せるとふと思ったのです。


「チェス様、私、実は魔力が無いんです」


少し驚いていましたがそれだけです。

きっと勘付いていたのでしょう。


「ある日突然、私は魔力を失いました。エルルク様の下に身を寄せていたのもそれが理由なのです。ですが、回復の見込みはありません。私はチェス様に甘えてしまうかもしれません……いえ、あなた様のお力を充てにしようとしておりました。騙すような真似をして申し訳ございません」

「謝ることはありません。おれで役に立てることなら喜んでやらせてもらう」



事情を打ち明けた私の想いを、チェス様は受け止めて下さいました。

その迷いの無さに、私は胸が高鳴り、目頭が熱くなりました。


「ありがとうございます」

「ただの『お節介』ですよ」





屋敷の使用人の方々が送別会を開いて下さいました。



「シルヴィさん、チェスさんとお幸せに」

「仲良くね」

「式には呼んでください」


皆さん、勘違いしているようです。

私はエルルク様の命令で勤めを……と、これは言い訳ですね。



「チェス様、目立たず暮らすには使用人よりも、いっそ夫婦の方が合理的ではないでしょうか?」

「わ~!! チェス君の奥さんになるならワチを通してください~!!」

「本気にするな、恥ずかしい。シルヴィさんもそんな冗談を言うんだな」

「冗談ではないのですが」


お二人共目を丸くして、おかわいいです。

私はただ本心を述べただけですのに。



「シルヴィさんが笑ったぞ!?」

「初めてみた……」

「よかったですね、シルヴィ。いい人が見つかって……」

「くそう、シルヴィさんを娶るとは幸せな奴め!!」

「彼女を不幸にしたら承知せんぞ!」


一部の方々にチェス様が引きずられていきました。ワチ様もそれを追って。



「あら、そういう関係なの、あなたたち」

「エルルク様……いえ、まだ」

「うふふ、『まだ』ね……」



エルルク様は全てお見通しのようです。



「シルヴィ、何だかあなたが傍にいないなんて、変な気分ですね」

「お世話に、なりました。エルルク様」



私が頭を下げると、エルルク様がやさしく抱きしめて下さいました。



「行ってらっしゃい」

「はい、行ってきます」









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