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35.圧倒的現実

チェスは異分子だった。

誰も歓迎していない。

登壇するだけでも疎ましい。


しかしクノンティスが止めないので、誰もその道を塞がなかった。



エルルクは沸き立つ感情を必死に押えた。

立ち上がり、黒いドレスの裾をはためかせてさっそうと壇上へと向かった。


「ウフフフフ……ウフフフ」



チェスの歩みが壇上の下へと到達した。



「チェスく~ん!!」

「ん? 誰だお前!!」

「ひ、ひどいです~!!」


ワチはエルルクの後ろからチェスの下へと飛びついた。


「ワチですよ!!」


半年ぶりに再開したワチは急激に背が伸びていた。

いや、年相応になった。


(そういえばこいつ獣人だったな)


チェスが腰にしがみつくワチを鬱陶しそうにしながら壇上に登った。


「それで? 首尾はいかがですか?」

「ほらよ」



チェスは無造作にそれをエルルクに投げた。

エルルクはそれを魔力で止めて受け取り、眼を見開いた。



「まさか、理論の証明ではなく、現物を完成させるとは」

「おれじゃねぇがな」


エルルクは立ち去ろうとするチェスの肩を掴みとめる。


「これがどういうものか皆さんにご説明してください」

「なんで、おれが?」

「ワタクシは説明できませんもの」


困った女学生の顔をするエルルク。


「チェス様、お願いします」


シルヴィが頭を下げた。


「チッ」


エルルクをにらみながら壇上の中央へ。


「ああ~これは魔力を保存できる魔道具だ」



チェスの発表に会場はざわめいた。



「これは多くの魔道具に転用可能だ。現に魔力回復リングと組み合わせることで魔力の少ない者でも大魔導師並みの魔法使用が可能だ」




クノンティス陣営はすぐさま、反論した。



「そんな物が作れるわけがない!!」

「迷宮の遺物か。いずれにせよ、作製したという証拠がどこにある!!!」

「そうだ、証拠を出せ!!」



チェスは作り方をタダで明かすほど馬鹿ではない。


「魔石には魔力や魔法式を結晶内に保存する魔法式が存在した。それを発見した。こんな感じで隠された魔法式は三次元的に構成され―――」


魔石の加工の過程で発見した、魔法式とその効果、魔石を分解して生まれる組織に対する考察など、魔石の利用からさらに突っ込んだ検証結果を存分に発表した。


いつの間にか反感を抱いていた学生や教師たち総会参加者たちはその核心的なアプローチと、実証された理論に聞き入っていた。



「でたらめだ!! そんなことあり得ない。もしそんな研究が本当だったら歴史が変わる偉業だ。しかし、貴様はただの冒険者であろうが!!」


クノンティスが杖を指し、額に青筋を浮かべて、唾をまき散らしながら反論する。


「ここに同じものがある」



ダメ押し。

チェスは魔力回復リングを二つ持っていた。


「な、なんだと……?」


どう論破するかを考えていたクノンティスは、考えが吹き飛んだ。


誰も知り得ない魔道具。

それが二つある。

それは偶然の産物、過去の遺物ではあり得ない。



「だ、誰か鑑定しろ!!」



すぐに研究派閥が鑑定を始めた。



「馬鹿な。そんなことが!」

「本物だ……クノンティス様、あの魔道具!!!」


魔力回復リング

効果 魔力を蓄え、使用者に供給できる

価値 聖遺物(アーク)

制作経過 0年


「……つくられてから、一年経ってません」



がくりと椅子から崩れ落ちるクノンティス。



「クノンティス殿、どういうことだ。聞いていないぞ!!」


王国の有力者たちは風向きが変わったこと。

何より、魔力を回復できる魔道具が敵陣営から生まれていることに狼狽えた。



「ああ、彼は学院の隠し玉でして。学術研究の成果は主任の私のものだ……それは我々から盗んだ研究だ!!」



苦し紛れにチェスを盗人呼ばわりするクノンティス。



「馬鹿かてめぇは? なら現物が何でおれの手元にあるんだ? おれは研究棟には入れねぇんだけどな?」


言葉に詰まるクノンティス。


総会に参加する者たちは教養人ばかりだ。

さすがに、流れが大きく変わったことを理解した。

そして、それが決定的であることも。



「よくやってくれた。すばらしいじゃないか!! 君のその技術は王国の軍事を飛躍させるだろう!」



王国の関係者はクノンティスを見限り、チェスにすり寄る。

拍手してその功績を称えた。



「あぁ? 渡すわけねぇだろ、バーカ」

「な、なんだと!?」


拍手が鳴りやむ。


「これは自分のために作ったもんだ。それに、これはそこらの馬鹿どもには模造できねぇさ。おれがこれを供給するのはせいぜい神殿だけだな」

「貴様! 王国に歯向かうというのか」



貴族たちの護衛と思しき男たちが剣を抜いた。


「アララ」


エルルクが口を開いた。



「王国はワタクシと戦争しますか?」

「一都市がここまでの力を独占することは容認できない。いや、看過できん!」

「そうですか、なら」


エルルクがパンパンと手を叩いた。

総会に参加していた魔導師の一部がローブを脱ぎ、その姿をさらした。OBの席で一斉に立ち上がった者たちにクノンティス陣営と王国の有力者たちが悲鳴を押し殺したような声を漏らした。



一目でその出自がわかる。

彼らは一様に肩からたすき掛けのように飾り紐でできた徽章を着けている。


大魔導師。

名魔術師。

偉人・賢人ばかり。



「魔塔の魔導師か!」



性別、種族、年齢はバラバラだが彼らは全員、『魔塔』に所属する魔導師。



クノンティスは知らなかった。

エルルクが魔塔と未だにつながりがあったことを。

辺境に暮らす彼女は魔塔から追放されたのだと勘違いしていた。


王国もそれは同じだった。



「ここは自由都市。勘違いしていませんか? あなた方の態度次第で、こちらは一切の関係を断っても構いませんのよ? 無論、そちらに供給している魔導兵は帰還させます」



王国の軍事や行政の中枢にも知恵と力をもたらす魔塔の魔導兵がいた。

それらが抜けることは王国そのものに致命傷を与えかねない。



「ちょ、ちょっと待ってくれ……そんなことをしたら王国の兵力が……」

「魔法は現象。それを扱う人間次第で武器にもなれば、金儲けの道具にもなり下がります。貴方方は信用できません」

「そ、そんな冒険者を信じて、盟約を交わしている我々を疑うというのか!?」

「オホホ、盟約を覚えているんですか? この都市への過干渉はしないという約束のはず。それを今、まさに破っておきながら盟約も何もないでしょう?」



彼らはようやく理解した。

なぜ長年、この一都市が王国からの干渉をはねのけられてきたのかを。



王国と魔法都市は対等な関係。

それも、エルルクの寛大な温情があってのこと。

その気になれば、魔法都市は王国を支配できる。

いつでも。



「そ、そんな……待ってください!! おい、クノンティス!! どうにかしろ!!!」



エルルクは満を持して演説を始めた。



「ワタクシは才能ある者を優遇します。彼らはその結果です」



数百年に渡るエルルクの教育がどれだけの才能を開花させたのか。


一目瞭然だった。

クノンティスはもはや茫然自失となり、その場にへたり込むしかなかった。



「そして、クノンティス。貴方もですよ」

「……え?」


地面に伏して絶望していた老人は、自分の名が呼ばれて驚き壇上のエルルクを見上げた。



「ワタクシは貴方の才能に期待していました。だからここまで放任していました。ですが、貴方は金と地位に眼がくらみ、自らの研究を疎かにした。とても残念です」


クノンティスの目からとめどなく涙が流れた。

圧倒的存在だったエルルクは、彼にとってもあこがれの存在だった。しかしこの数十年で直接話したことは数えるほど。あこがれはいつしか歪んでいた。自分が認められていないと思い込んでいたからだ。


「わ、わしは……ただ……貴方に」

「魔法を単純化し、簡易的な発動形態を生み出したことは画期的です。ですが、その先を考えるべきでしたね」



エルルクは研究陣営の杖に視線を移した。

彼らの手にした杖が一人でに宙に舞う。


『魔操術』における高等技術。

物理的干渉力と、魔力特性としての自在性を駆使した物体の操作。


『念動』


彼女は発表に使われた十本から成る様々な杖を魔力でからめとり一度に操った。

十種の魔法が同時に放たれた。


「これは魔術師の装備として使いなさい。これぐらいしないと。ねぇ、クノンティス」

「へ?」



魔法とは現象。そしてそれを扱う者次第で有用にも無用にもなる。

クノンティスはその使い手の想定を間違えた。

そのことをエルルクは優しく諭すように教えた。

まるで教師と学生だった。


「……こんなわしを、まだ見限らないで下さるのですか……エルルク様」

「それから、威力がおもちゃです。魔力消費を一般人想定にするのはお止めなさい」

「はい!!」



もはやクーデターは教師と生徒の公開授業となっていた。


だがこれがきっかけで、クノンティスは半世紀以上前、学生だったときのひたむきさを取り戻した。



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