33.火竜
魔力を貯める魔石が完成しても、まだ終わりではない。
道具として加工し、魔道具にする。
以前造った魔力回復リングに組み込む。
それにより魔石に貯めた魔力を今度は引き出すことが可能となる。
これはチェスとカーミラの共同作業となった。
二人は様々な設計を考案し、最適な形を模索した。
食卓の上で顔を突き合わせて巨大な紙に設計図を書き、大量のメモ、魔法式のアイデアで埋めていく。
「魔石へのチャージの効率より、魔力を引き出すラグを無くしたい」
「それだとこの魔法式ではロスが大きいね」
「……魔法式を真言に変換してみるか」
「ならリングの造形を書きやすいように加工しようか」
「そうだな」
一日中、その作業に没頭した。
工具をカーミラが机の上に並べる。チェスは分厚い手袋をして木を削り小さな型をいくつもつくる。
カーミラが自分のはめていた指輪をチェスに手渡す。年代物だ。売ったらいくらの儲けになるのか、商人の思考がよぎるが構わず鋳溶かして型に注ぐ。パーツを丁寧に磨き、重ねる。
リングにダイヤルが付いた。その上に紅い魔力結晶を組み込む。
鍛冶師だった時の記憶が蘇る。
老いたしわしわの指で金槌を振るっている。
楽しい。だが、不満がある。老いた分細かい作業ができない。
目の前の指は震えないし、眼もかすまない。順調だ。
「いいね。記憶が導くようだ」
「ああ、楽勝だ」
カーミラが算出した魔法式を書いた紙を手渡す。
チェスが真なる言葉へと変換する。
再び作業。
食べることや寝ることは後回し。
それでもチェスは人間だ。
ふと意識を失う。机に突っ伏す。
気が付くと、目の前に食事が用意されていた。
チェスは子供のときのことを思い出す。
「へっ、懐かしいな」
きつい仕事、動かない体、極度の空腹。そんな時はいつもここに来てカーミラが出す得体のしれない料理をとにかく腹に入れた。
小さな土鍋の蓋を取ると、薬草のにおいにむせ返る。
「ガキに喰わせるもんじゃねぇだろ」
口に含むと、青臭さと薬臭さに甘ったるい味が加わり、吐き気を催す。
だが、不思議と食べるごとに力がみなぎる。
自分の思い出に浸ることは久しぶりだった。
自分が自分であることを自覚することは、チェスにとって安定剤のように働きかける。
「マズいな……」
そう言いながら完食した。
◇
完成したリングを手に、実証実験をすることにした。
チェスは適当な依頼を受けて森に行くことに。
「私も同行するよ」
「え?」
「観察する役がいるだろう」
「それもそうか」
二人は森に入った。
カーミラと共に森に入るのは初めてだった。
朝もやで視界の悪い獣道をカーミラは難なく付いてきた。
「何も出て来ねぇな」
「私と一緒だからね」
「……離れろ」
「逆に私と居ても襲ってくるようなタイプじゃないと、実験にならないんじゃない?」
カーミラはカラカラとわざとらしく笑う。
チェスは苛立ちで眉間にしわを寄せながらも心当たりに思い至り、歩を進めた。
木々や下草のあらゆるところに、シグナルが隠されている。
地面の足跡、樹に刻まれた爪痕が報せる。
ここから先は危険だ。
引き返せ。
あえてそれを無視して先に進む。
「この森の主だ」
においが変わった。強烈な獣臭。
遭遇したのはオウルベア。
梟の頭部にクマの身体を持つ魔獣。
知能が高く、夜行性。
しかし、気配に勘付いたらしく、その大きく丸い眼でチェスたちを見据えている。
「えい」
「おい」
チェスからカーミラが刀を奪った。
慌てて振り返るとはるか後方にいた。
「魔力を使わないと意味ないだろ?」
「ちっ」
オウルベアがくるりと顔を回転させる。
チェスがこれまで戦ってきた中型魔獣とは異なる。
「うぉ!!」
一瞬で距離を詰めてきた。木々がメキメキと粉砕される。
木々をなぎ倒して一直線。
思わず後退りする。
「防御!!」
「ぐっ」
カーミラの声に反応し、とっさに『魔力盾』で身体を覆った。
五角格子の透明な盾がボール状に展開される。
すさまじい衝撃と共に盾ごと吹っ飛ばされた。
「さすがに……すさまじいな」
だがダメージは無い。
「うん、『魔操術』は大したものだね。でもそれだけじゃそれは倒せないよ」
オウルベアは膨大な魔力で全身を覆う。いわば粗削りな『魔操術』を本能で体得している。
チェスは魔力を攻撃に切り替えた。
『放撃』を16連射。オウルベアを起点に四方八方から魔力の塊が斉射された。
しかし、オウルベアの脚をわずかに止めただけで一切ダメージは無い。
チェスの魔力がオウルベアの放出する魔力に阻まれ、触れた瞬間に弾けていた。
「ちっ!!」
『放撃』を突き抜け、突進してくる。距離が縮まる。
チェスは風魔法を使う。
天授技能『風圧』を魔力のコントロールで魔術へと昇華させる。
『放撃』の弾を加速させる。
正面から魔力の弾を弾くオウルベア。
オウルベアの纏う魔力の壁を突破する。
そのために、風の出力を上げる。
学んだ基礎的な魔力制御を風魔術に応用する。
魔力の籠った風を激突させる。
風は衝撃力を伴い、鋭い刃となった。
風魔術『風切』
オウルベアの魔力を突き抜けた。出血。
だが止めるには至らず。
「脚を止めない!!」
チェスはハッとして飛びのいた。
(違う。これじゃない……!!)
硬い体毛に覆われた魔獣には小さな魔法はいくら放っても効果は無い。
(おれにできる最大の魔法は……!)
切り返し、迫るオウルベア。走り回るチェス。
確実に距離は縮まっている。
追い詰められて想起されるのは前世の記憶。
魔術師としては大きい魔術は使ったことが無い。
だが闇魔導師時代。研究で訪れた魔法機関で見たことがあった。あんな魔法が使えたらと憧れた。
それは、当時のとある王国で筆頭魔術師だった魔塔『十傑』の一人が使っていた魔法。
天授技能『発火』
大量の魔力を用いた『火球』を見舞う。
火に怯むオウルベア。
とりあえず脚を止めることに成功。
「よし!!」
チェスはリングのダイヤルを回した。
魔力の備蓄から魔力の回復へ切り替える。
大気から吸収した魔素が魔力回復リングを介し、魔力結晶に蓄えられる。
それを供給源として魔力を使用する。
『火魔術』の威力に『風魔術』を応用し、一気に火力を上げた。
慣れない魔術。チェスは両手を掲げ、手元で魔法を起こす。
巨大な火の玉は風の渦で火力を増し、渦巻いて黄色い閃光を放ちながら大気を焦がす。
『炎嵐』
二属性の複合魔術による渦巻く炎の嵐がオウルベアに直撃した。
燃え盛る竜に絡み取られ、肉は一瞬で灰と化し、巻き上がり、黒い骨と魔石だけが燃えカスとして残った。
ダイヤルを戻す。
目の前の消失した木々を眺める。
以前のチェスでは考えられないほどの魔力消費。
魔術師として不足無しの大魔術。
魔力回復リングは正常に機能した。
討伐に成功した。
ついでに火魔術と風魔術を獲得した。
「やったね」
カーミラが笑みを浮かべている。
「何とかな。……そういえば、ミラ婆のお願いは何だ?」
「それは次に帰ってきたときに言うよ」
「勿体付けるなよ」
二人は、目標を達成した割に喜び合うわけでもなく、名残惜しそうにゆっくりと街へと戻った。
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