32.魔力結晶
カーミラは一日中魔石を加工していた。
黄金の杯の上で紅い魔石が鮮やかに発光しほろほろと崩れていく。
魔石は魔獣や魔物の体内で血肉や骨を触媒に物質ではない魔力が結晶化しているもの。
それを分解し、魔力に戻すには組織の一つ一つを順番に分解していく根気がいる途方もない作業だ。
チェスはカーミラが行う錬成術のレベルの高さに驚いた。
(魔石を渡しただけで何のどの物質が魔石を形成しているのかわかっているのか……これが眼の力か……)
物質から魔力の塊になった二つの魔石だったもの。
この二つの魔力の塊から要らない魔法式だけ取り除く。チェスが考えた大胆な方法。
「それにしても魔法式同士をきれいに打ち消して、魔石を魔力の器として残すなんて、良く思いついたね」
「基礎を学んだおかげだ。魔力同士は反発し合う。なんで誰も思いつかなかったのか不思議だな」
「それはねぇ……」
魔力の衝突が起きる。
「うぉ!」
ぶつかり合った魔力は反発力を生み、大きな衝撃となった。
紅い魔力の爆発は透明な壁に阻まれた。家が振動し埃が舞った。
「こうなるからだと思うよ」
カーミラの『魔力盾』は12角格子。
「魔法式は単純な魔力とは違って力を持った魔法の核だからね。対消滅の衝撃は相当危険だ」
その衝撃を防ぎ切った。
今だからわかる。カーミラの魔力操作はチェスの比ではない。
それも、高度な錬成術を行使している最中の不動制御。
(魔法の規模と精密さが人間のそれじゃない……)
「ここで良かった。研究棟で試したら吹っ飛んでたな」
「良くないよ! まぁ、そもそも人間にこの精度の錬成術は無理だね」
分解し、物質と魔法式に分離して、要らない魔法式同士を対消滅させた。その後再び、物質を基に魔石に戻す。
魔法式を持たない魔石は単純に魔力を宿す空の器となっているはずだ。
ひも解いた際出た組織を触媒として今度は錬成を試みる。
塵芥が紅い魔力を核として紅い魔石へと変わっていく。
ここまでの作業が終わった時、すでに一週間が経過していた。
「ふーどれどれ」
手に取った瞬間ボロボロと崩れ落ちた。
「なんでだ!!?」
「……まぁ、一回目だからね」
そこからが苦難の連続だった。
何度試しても再結晶化で失敗する。
「魔法式と魔法式の間に魔力を物質とする式が隠されているのかも。自然の神秘だね」
魔法式の中に結晶を維持するなんらかの要因があった。
そこからひも解くことになった。
カーミラはその眼で見た魔法式を大きな模型にする。
チェスは付与魔法師の記憶を頼りに、それらを解析する。
それはなぜ魔石ができるのか、を問う根源的な問題だった。
これに画期的な対応策は無い。
1つ1つの魔法式が何かを、どういう効果かを類推し、実証し、検証していく。
片付いていた部屋はすぐにメモで覆われ模型で埋め尽くされた。
別種の魔獣ではまた魔法式が異なるため、最初に検証を始めたグレイウルフの魔石を何度も集めるはめになった。フテナ近隣からグレイウルフが消えた。
「わかった。この魔法式の組み合わせだね」
「ああ」
数か月の時間を掛けて、ようやく判明した。
結晶化を維持する魔法式は魔法式との間に隠された複合的情報の組み合わせによって機能していた。
これだけでも、歴史的発見だ。
「私が分解して魔法式を抜く。チェス君は結晶化の魔法式を組み込むんだ」
「わかった」
カーミラが錬成を試みる。
紅い閃光に部屋が包まれ、衝撃が大気を震わせた。
抑え込まれた爆発。杯に残った組織片。それらを紡ぐ精密な錬成術。カーミラの両手の指先が揺れる。
それまでとは違い、触媒にグレイウルフの組織だけではなく、自分の血液を混ぜた。
チェスがカーミラに眼で問う。
「一度分解した組織を再結合するには劣化は否めない。私の血を媒介に組織のつなぎにして活性化を図る」
形ができた。
チェスはそこに、結晶化を維持する魔法式を付与した。
黄金の杯の上でころりと指先大の紅い魔石が転がった。
「……どうだ」
「持ってみなよ」
手に取ってみる。
結晶は形を保ったままだった。
「試すぞ」
カーミラが頷く。
チェスが結晶を握り、魔力を込めた。
「……どう?」
「これは……」
魔力結晶
効果 魔力を保存できる
価値 聖遺物級
製造経過 0年
『解析鑑定』の結果、それは明らかだった。
歴史的大発明の瞬間だった。




