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27.学内派閥

チェスは学院内の研究棟に招かれていた。

魔導師にとって研究とは全てが秘術・秘法だ。研究棟に足を踏み入れられるのは、同じ学閥のごく限られた者のみ。


そこに招かれたのには訳があった。



「呼び出してすまないね。まぁ、掛けて」



新設された真新しい建物。

高い天井、学長室よりもずっと広い居室。

その部屋の奥に、鎮座する深いしわを顔に刻む老人。

エルルク魔法学院の研究第一主任。


クノンティス・バルバラ。


学院内のナンバー2だ。


「君が単純攻撃魔法の効率化で書いた魔法陣。まぁ担当教諭はただの間違いと思ったらしいが、高度な魔法陣だ。これは機能する」



クノンティスはより一層しわを深めて笑った。



「なぜ学院長の間者のような真似をしている?」

「間者?」

「素人からいきなり『魔操術・達』まで習得……あり得んよ。まぁ、あの女の手足というところだろう。違うかね?」

「いいのか?」



チェスは視線を上に向けた。



「筒抜けだぞ?」

「ここは聖域だ。あの女のことは恐れなくとも良い」

「コソコソと……恐れてるのはてめぇだろ」



クノンティスは一瞬怪訝そうな顔をした。だがすぐに人を食ったような笑みを浮かべた。



「それぐらい肝が据わっている方が有望だ」

「……」

「いくらだね?」

「あぁ?」

「いくらで私の側に就く?」



学院内は様々な勢力に分かれている。大きく二つの派閥に分かれている。


1つは言うまでも無く、学院長エルルクの実戦的魔術派閥。

もう一つはクノンティスが率いる学術研究派閥。



両派閥は基本的信条が異なる。



「今時、戦闘単位としての魔術師など大した価値は無い。魔道具研究は進み、魔導師は杖さえ持っていれば軍として機能するようになった。生まれ持った才能だけで、エリートを選出するエルルクのやり方はもはや時代遅れなのだ」

「ふーん」

「そもそも、魔法とは現象だ。戦いの手段に限ったものではない。だが、この学院で優遇されるのは魔術師だ。予算も地位も世間的評価も不公平だ。全てはエルルクがこの学院を私物化しているからだ」



クノンティスは怒りを滲ませた。



「私物化ねぇ……」



チェスは豪奢な部屋を見渡した。



「君も無関係ではないよ。試験無しに部外者だった君を仮入学にし、資料庫を開け放っている。一部の学生を特別扱いすることは越権行為に他ならないだろう。違うかね?」

「そうだな」

「意味、わかっているかね」

「ああ。よくわかる」



二人の笑い声は居室で大きく響いた。





エルルクは屋敷で笑みを浮かべてチェスが食事を口に運ぶ様子を眺めていた。その様子にシルヴィは黙って後ろに控え、ワチは首を傾げていた。



「視線がうるせぇ」

「ウフフ、ごめんなさい。それで? 何と答えたのですか、ワタクシの間者様?」



エルルクはチェスとクノンティスの密会を知っていた。




「……考えておく。そう言っておいた」

「え?」



後ろで控えていたシルヴィはいつものすまし顔が崩れていた。



「悪い方ですね。手厚い待遇をしているつもりですが」

「研究棟の設備は魅力的だ。それに、あんたは意外に人望無いな~」

「チェス様!」

「ああ、すいません」



二人のやり取りを見てエルルクは眉をひそめた。



「前から気になっておりましたが、チェス様はなぜ私には砕けた口調ですのに、シルヴィには丁寧な口調なのでしょう?」

「シルヴィさんはおれの師匠みたいな方だ」

「ワタクシも魔操術を教えましたよ」

「だから、あっちの申し出は受けなかっただろ。義理は通す。義理はな」

「ここから先は条件次第ですか。いいでしょう。費用はワタクシが持ちます。魔力備蓄の手段があるのならば、全面的に協力します」



チェスは満足そうに笑みを浮かべて食堂を出て行った。



「よろしいのですか?」

「へそを曲げられてあちら側に付かれては困りますもの」

「ですが……」

「魔力備蓄はそう簡単にできませんよ。研究棟で着手すれば、それなりの額が飛びます。ワタクシがお金を出しても良いのですが、彼らはワタクシを関わらせまいと別のパトロンを頼るでしょう」

「王国ですね」



両陣営は王国を巡っても相反している。

交流という名の干渉を積極的に受け入れ、資金を確保しようとしている研究棟と、内政干渉を極力排除し独立した自由都市としての運営を維持しようとするエルルク側。




「ここは自由都市です。他国の干渉は受けませんし受けてはいけません。制御できない軍としての魔導師よりも、絶対的個を育成する。それがこの学院の基本理念」

「はい」



事実、学院の卒業生たちのほとんどが一般兵とは比べ物にならない待遇と地位に就いている。


しかし、魔導師の人口は便利で使い勝手の良い魔道具の開発で爆発的に増えており、魔導師の概念すら揺らぎ始めている。

その一端を担っているのは確実にこの学院の研究棟だ。

魔力を込めれば魔法が発動する杖の生産が、非魔導師たちにも魔法をもたらし、王国貴族たちは軍備増強とこの魔法都市への依存を解消する目的でクノンティスらを資金援助している。



「杖が量産されれば、さらに魔導の価値は薄れるでしょう」

「エルルク様はなぜ研究棟を残しているのですか?」

「ワタクシは鬼ではなくてよ? 彼らの研究全てを否定する気はありませんの。それに、ワタクシの考えを超える者が現れる可能性もある」

「それはチェス様のことですか」



エルルクはカップに口をつけて喉を潤した。

その視線の先には、エルルクにしか見えない何かがあった。



「ワタクシはあの方をずっと待っていたのかもしれませんね」



母親を殺せる者を育てる。

エルルクの目的はそこだ。


カーミラを現世の呪縛から解き放つ。

その可能性をチェスに見出した。





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