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26.雑草魂

アルフレイドはすぐに目覚め、事態を受け入れられずにいた。


(嘘だ、こんなの現実じゃない)


チェスを探し、不正を糾弾するしかなかった。

自分を騙し陥れたことを何としても認めさせなければならなかった。


(あんな奴に敗けたなんて、父上に知られたら……)


もちろんそんなことは不可能だったが、合理的な思考など機能する状態じゃなかった。

一刻も早くチェスを見つけて話さなければならない。

それしか頭に無かった。


走り回り、ようやく見つけたチェスは相変わらずシルヴィと一緒に歩いていた。

感情が爆発した。




「勝ち誇って、いい気分だろうな!!」



チェスたちに詰め寄り、喚き散らすアルフレイド。



「お前が来るまでは上手くいってたのにぃぃ!!」



天才は初めての敗北で子供の様に癇癪を起こし泣き叫んだ。



「たったの一度の敗北で狼狽えるとは情けないですね」


シルヴィの言葉。

聞こえたような気がした。

憧れの女性から完全に呆れられた。

そう思い込んだ。


実際、シルヴィは何も言っていなかった。

突然のことに困惑していただけだ。むしろ焚きつけてしまったことに罪悪感を覚えた彼女は、アルフレイドに慰めの言葉を掛けようと言葉を選んでいた。

しかし、混乱していたアルフレイドにはその困惑した顔が自分への軽蔑に見えた。聞こえたのは幻聴だ。


「ああ……うわぁぁぁ!!」


全身の力が抜けて、膝から崩れ落ちた。


「……おい。おい、聞こえてるか? おい、立てガキ」


アルフレイドは無理やり胸倉をつかまれ引き起こされた。



「往来の邪魔だ。負け犬はとっとの立ち去れ」

「―――え? チェス様。言い過ぎです!!」



とっさにシルヴィが止めに入る。しかし、チェスの腕はアルフレイドの胸倉をつかんで離さない。


「シルヴィさん、師であるあなたに逆らう気はない。だが、おれはこれでも多くの冒険者を見てみた。こういう奴が真っ先に死ぬんですよ」


チェスに一切の迷いはない。

同情も無い。


「貴族なら別に魔導師になる必要なんてねぇだろ? どうせ前線で戦うこともなく、自分に箔を付けたいだけだろ?」



図星だった。

魔法を習い、いつかは戦う時が来るかもしれない。

だが、欲しいのは魔法職としての地位だった。


「……ち、違う!! ぼくは、魔導師になって、父にぼくのことを認めさせたいんだ」

「はぁ、父親? お前の父親は大魔導師か何かなのか?」

「……いや」


心底意味が分からないという顔をするチェス。

父親が立派な魔導師で、それを超えることに苦しむというのなら分かる。


「じゃあ、なんで父親が出てくる? ああ、お前父親嫌いなのか。見返してぇのか」



嫌いな父親を見返すために力が欲しい。

それなら分かる。

しかし、それでも腑に落ちないチェス。



「あ? それとお前がおれに敗けたことに何か関係あるか?」

「……父上は大成できないなら魔導師になる意味がないと。敗けてしまったら、学院には通えない……」


事情を話したアルフレイド。


「それとおれは関係ねぇだろうが!! 因縁つけて絡んでんじゃねぇぞ、おらぁ!!!」

「ひぃ!!」


純然たる荒くれ者だった。

怒り心頭でアルフレイドを放り投げた。


「他人にからんねぇで、てめぇの親父に文句言え!! 『素人は黙ってろ』ってな!! その程度の根性もねぇなら辞めろ!!」


いうだけ言ってとっとと行ってしまった。

放心状態でその後姿を見送るしかできなかった。



「父上に……? 根性って……?」




アルフレイドが敗北したと聞きつけたグスターがすぐさま、学院にやってきた。

グスターの目的は自分がアルフレイドに置き換わりエルルクの弱みを握り、この街の実権を手に入れること。

オーディン家の家督を継ぐ長男マティスの指示だ。



アルフレイドは魔法の才能があった。

あり過ぎたのだ。

マティスは四男が自分を脅かすと警戒していた。

そこに来て、魔導学院への入学。

マティスはグスターに、アルフレイドを挫折するように指示した。


グスターはこの時を待ちわびていた。

嬉々としてアルフレイドのもとにやってきた。


アルフレイドは一人、建物裏のベンチに腰かけていた。それはグスターとマティスが望む、敗北者としての姿だった。


「何たる、何たる、何たる不始末ですか!! オーディン家の家紋に泥を塗りましたねぇぇ!!! お父上の指示を無視し、自分の立場! お役目!! 唯一の存在意義!! それらすべてをどぶに捨てたのですよあなたはァァッ!!」


小太りのネズミ顔がちょろちょろと俯くアルフレイドの周りをうろつき、顔を覗き込む。


「父上に帰って伝えろ。ぼくは」

「ぼくぅ? いえね? 私は言いましたよねぇぇ? ねぇぇ! 実技はするなとのお達しがお父上からあったと!! 全く、エルルクの弱みの一つも探れないばかりかオーディン家の名声に泥を塗るような真似をして……即刻、ご実家に御帰省してもらいますよ!?」

「ぼくはぼくだ」

「はぁ、坊ちゃま」

「黙れグスター!!」



突然の剣幕に気圧されて後ろに下がるグスター。



「ほ? な、なにを……」

「ぼくは魔導師になる。ぼくは魔導師となり、尊敬しているエルルク様のお役に立ち、実戦で活躍する魔導師を目指すと決めたんだ!!」

「な、なにを勝手な……」

「勝手じゃない。これはぼくの生き方だ。ぼくにとって価値ある生き方だ」

「いいんですか? お父上に報告しますよぉぉ!!?」



アルフレイドは立ち上がり、勝ち誇るグスターをにらみつけた。


「勝手にしろ。だがその時は覚悟しろ。ぼくはぼくの夢を邪魔する者は許さない。まずはお前だからなグスター。その次は兄上だ」

「そ、それは反逆ですぞぉぉ!!」

「どうかな。この学院に手を出そうとしてオーディン家を危険にさらしているのはお前たちだ!! これは王国とこの魔法都市との長きに渡る盟約に背く犯罪であり、国家に対する反逆行為!!」


グスターは国家反逆という言葉にたじろいだ。


「で、ですが私は何も……そうだ、まだ何もしてない!!」

「エルルク様はこの街で起こる全てを知っている。全て見ておられるのだ。お前がぼくを脅していたことも知っておられた」

「ま、まさか……エルルク・ミントに話したのかぁ!! ば、ばかぁぁ!!」

「魔法のことなど何も知らない素人は、黙っていろ。そう父上に伝えておけ!!」



グスターはあちこちに眼を泳がせチョロチョロと小走りに逃げていった。


「……ふぅ」


アルフレイドは憑き物が落ちたような清々しい顔をしていた。



「親父に逆らって、通えるのか?」



振り向くとそこにチェスが立っていた。



「ぼくを連れ戻せば後ろめたいことがあったと認めたことになる。何も知らなかったフリをして、ぼくを通わせるでしょう。その方が得だから」

「そうか」

「盗み聞きは良くないですよ」

「実技の相手がいねぇんだよ」


そういうとチェスは歩みを進めた。

その背中が付いて来いと言っていた。


「……ぼくで良ければ」


アルフレイドはその背について行った。




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