24.不動制御
審判役を担う二人の憲兵。
言うまでも無くこの魔導学院の卒業生。
実はこの学院は入学するより卒業する方がはるかに難しい。その卒業生の中でも一部の優秀な者のみが、この街で魔法職に就くことができる。
要するにエリートだ。
そのプライドが、一冒険者によって傷つけられた。
その意趣返しを果たすことは必定。
二人の審判は事前に念入りな情報共有をアルフレイドとしていた。
「冒険者だ。かなりタフなはずだ。『空気砲』の礫を食らって反撃してきた」
「それに私の『魔力糸』から抜け出したことから考えて、器用さもある」
「心配には及びません。魔法実技ではサークル内から出られない。それに先輩方から逃げ果せたのは何か天授技能を使ったのでしょう。その天授技能も使用できないんだ。単純な魔力操作の練度なら、絶対に敗けませんよ」
警戒するべきは何らかの天授技能のみ。
審判役を担う二人は、チェスの天授技能発動の兆候に注意する。
ここにはアルフレイドの味方しかいない。取り巻きも学生や研究者たちも、見物人は皆アルフレイドの勝利を望みその勝利を疑わない。
しかし、魔導師が楽観的な憶測で結論を出すことは許されない。
(奴は魔操術にまだ慣れていない。天授技能を使わない以上ぼくの『魔力盾』を越えられない。ぼくの攻撃にどれだけ耐えられるかは未知数……だが、生身で防げるほどぼくの『放撃』は甘くない)
アルフレイドは実戦経験は無いが相当な訓練とシミュレーションを繰り返してきた。
準備はできていた。
「では両者の魔法技能をぶつけてくれたまえ。初め!」
審判の掛け声と同時に、アルフレイドは『放撃』でチェスの脚を狙った。
(まずは逃げる手段を奪う!)
単純攻撃魔法の『放撃』系統の内の一つ、『三弾』
一度の発動で三つの魔力でできた塊をぶつける魔法。
魔力を重ねることで硬度を生み、それを操りぶつける。問題はその硬度と速度、そして数だ。
魔力同士は重ねることで対消滅する。その際ある種の反発力が生まれ、物理的な硬度が生まれる。
その硬度の高さは対消滅させる魔力の量が均等であればあるほど高くなる。これには精度が求められる。
速度はそのまま魔力を操作する技術。
硬度を生むことに気を取られれば失速し、威力は生まれない。
この時点で同時に二つのことをしなければならない。
理屈は単純だが簡単ではない。
アルフレイドはそれを同時に三つ発動させた。
16歳という年齢を考えれば驚異的才覚だ。
三つの魔力の塊がチェスの脚へと直進する。
アルフレイドは当たったことを確信した。チェスは避けなかった。
だが、魔力の塊は衝撃と共に在らぬ方向へと逸れていった。
チェスの『魔力盾』によって。
「ば、ばかな……!!」
魔力を対消滅させることで発生する反発力はそのまま盾として有効とされる。
こちらは『放撃』系統と異なり、重要なのはその密度と持続時間だ。
密度は魔力の衝突方向の精度とその数で決まる。
(ぼくの魔力を防いだ!?)
最初の攻防。
ある意味で、それで決着はついたと言える。
てっきり逃げ惑い、拙い魔法で反撃の機会をうかがうだろうと誰もが予想していた。
だが、微動だにせず完璧に魔法を魔法で防いだその立ち姿には、幾年月もの年輪を感じさせた。
その場にいた魔導師にはわかった。
「……学生のレベルじゃない」
アルフレイドの前提が崩れた。
チェスは魔力操作が拙いという前提。
(私の攻撃を予測した? いや、だとしても『魔力盾』構築が早すぎる。少なくとも五角格子で作った盾だ。そんな高度な盾をなんでこんな素人が? なにより、どうやって魔力を操った!?)
アルフレイドは混乱の極みにあった。
相手は魔力の操作において経験の浅い素人のはず。
それが自分の魔法が発動してから後出しで魔法を構築した。そのレベルも自分の『三弾』より高度な『五角格子』。
相殺する魔力が2点間ではなく、5点間で行われる強力な盾。
チェスはそれを、腕を組んで仁王立ちのまま発動した。
「『不動制御』」
シルヴィが呟いた。
彼女も内心、驚いていた。自分が一切教えていないからではない。
チェスの戦法。
佇まい。
雰囲気には覚えがある。
彼女は不動制御ができる魔導師には一人しか心当たりがない。
(そうか。あの自信……まさか直接あの方の指南を受けていたのですね)
学長室でエルルクは目を閉じ一人微笑んでいた。
広場で起きていることを見ているように。
「ウフフ……ワタクシに教えを乞う。皆さん聞いて下されば教えますのに意外にいないんですのよ」
魔法は魔力を放出しやすい場所が決まっている。
日常で多用する手が最も操りやすいため、無意識に手の先から魔力を放出する癖ができる。
『両手制御』は最も安定した構え。しかしその分、放出される魔法の射線が読みやすい。対する『不動制御』はどこからでも魔法を発動できる。つまり、どこからでも護り、どこからでも攻撃できる。
その場にいた魔導士たちは同じことを考えていた。シルヴィ、審判の憲兵たち、学生たち、教師たち、そしてアルフレイドも。
「うわぁぁ!!!」
対するアルフレイドは両手を前に突き出し『放撃』を繰り返す。
チェスの『魔力盾』が反発力をタイミングよく合わせ、その魔力の塊をはじき返した。
方向はアルフレイドだ。
「うっ!」
アルフレイドは間一髪それを避けた。
その頭上に『放撃』が待機している。
「あっ!」
観戦している学生たちが声をもらした。
遠巻きに観戦している者たちにしか分からなかった。
不意の一撃。
アルフレイドは脳天に受けた衝撃で意識を失った。
「……おい、判定は無いのか?」
審判の二人は顔を見合わせた。
チェスの魔法が果たして単純攻撃系統または単純防御系統に分類されるものなのか否か逡巡する間があった。
(発動の速さと術の強度が天授技能並みだった。だが天授技能発動時独特の複雑かつ高速な魔力の流れは観測されなかった)
これだけの魔導士たちが見守る中で天授技能を使えばだれか気が付く。魔力の流れ、色、輝度を観測し、魔法式が無かったことは明白だ。
「おい!! どうなんだ!! 審判ッ!!!」
「あ、いや……勝者チェス」
審判の憲兵二人は呆気にとられながら、明らかな勝敗を宣言せずにはいられなかった。
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