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20.学習


チェスとシルヴィが人気のない建物裏のベンチに並んで座っている様子をアルフレイドは物陰からこっそり見ていた。



(くそっ……シルヴィさん、本当に脅されているのか……?)


二人が席を立ち、移動すると、自然と後を追おうとする。


「感心しない御趣味ですな、坊ちゃま?」


急に背後から声を掛けられ飛びのくアルフレイド。



「グンター! 驚かせるな!!!」


そこには燕尾服を着たネズミ顔の小太りの男がいた。


「申し訳ございません。ですが、オーディン家の者としてあるまじき行為ですな。お遊びも結構ですが、あなた様をお父上がこの学院に送り込んだのは、学長との関係を得る足掛かりにするためです」

「う、うるさい!! ぼくは……」

()()ぅ!?」

「う、わ、私は、いずれ学院を卒業し能吏としてこの街の……」

「はぁ……気の長いことをおっしゃる」



グンターはぐいとアルフレイドとの距離を詰め、アルフレイドを見上げ睨む。

そのまま血管が切れそうな勢いでまくしたてた。


「王国内ではこの都市国家の自由化を否認し属州とする意見が大半なのですよ。そうすれば王国の抱える財政! 資源! 軍事の問題が一気に片付く!! それには邪魔なエルルク・ミントの弱みが必要なんだそのために四男坊で魔法しか取り柄の無いあなたはここに通わせてもらっているんだわかっているんですかぁぁ!!!?」


アルフレイドは歯を食いしばる。



「も、申し訳ない。学長にはお会いすることも難しく」

「結果が出せないなら本国に戻っていただきますよ。お父上を期待させておいて何もできないでは済みませんがね」


去り際、グスタ―は「あ」とわざとらしく声を上げ、振り返った。



「お父上から伝言ですぅ。『オーディン家の血を流すような不名誉な行為は絶対にしないように』とのことです。お分かりですよね?」

「私に、実技は受けるなと!?」

「坊ちゃま、あなたは確かに才能があるようだが誰かを打ち負かして本国でどなたかの不評を買ったらどうするんですか?」

「政治、それが本音か……」

「はいぃぃ、ではよろしくですぅ……」



アルフレイドはこぶしを握り締め、怒りを発散するように柱を叩いた。




チェスたちはしばらく歩き堅牢な石造りの別館に到着した。

シルヴィが重々しい鍵の束を取り出し、解錠し、二人を中に入れると閉めた。その手順を三回繰り返し、ようやくチェスの視界に所狭しと広がる本棚の山が現れた。



「す、すごい……」


チェスは身体を震わせた。

魔導師、魔術師、付与魔法師、あらゆる学問に携わる者にとってこれは垂涎ものの宝庫。



「広い~」

「ワチ、ここでは静かにしろ。走り回るな。慎重に行動するんだ。一冊でも傷をつけたら十年は飯を食えんぞ」

「わひっ!?」


ワチは石のように固まった。



チェスは慎重に目の前にある本を本棚から引き出し、ページをめくった。



「……読めん」



ちょうどシルヴィが司書と共にもどってきた。本を数冊荷台に乗せて運んできた。


「では、まずは現代文字からです」

「よろしくお願いします」


チェスは直角にお辞儀した。


シルヴィは辞書を片手に、文字について説明をした。基礎的な文法や言葉の意味。無論、一日でマスターなどできない。


その日からそれが日課になった。

魔法講義を受け、分からないことはシルヴィから補講を受ける。


「そもそも魔力を知覚するとはどうすればいい?」


魔力は目を凝らせば見える。

しかし見え方には個人差がある。

光の明暗として映るもの、色の彩度で識別するもの、熱のように温度で体感するもの、千差万別だ。


チェスにはぼんやりとした靄にしか見えず、その流れまでは把握できない。

魔力の流れを正しく知るためには視覚以外に頼るしかない。


「魔力を知覚するには全神経を集中させる必要があります。五感全てを使い、そこに在るものを感じ、そこに無いものまでも把握してください」

「そこに無いもの?」

「魔力とは無いものではなく在るものです。では……ワチ様に触れてみてください」


言われるがまま、ワチの頭に手を置く。



「では私に触れてみてください」



チェスは訳も分からずシルヴィの頭に手を置いた。



「……なるほど。シルヴィさんには魔力が無い」

「そうです……もう結構ですよ」


シルヴィがチェスから目を逸らし恥じらう。


「いや、もう一度」


構わずチェスは続ける。

ワチとシルヴィの頭を交互に触り魔力のあるなしを肌で感じた。


(シルヴィさんには魔力が無いのか。何か天授技能(スキル)を使ったのか……?)



シルヴィはチェスに直接魔法を見せなかった。

いや、見せることができなかった。

彼女は常に魔力が無い。

そのことをシルヴィ自身も悩んでいた。




シルヴィは毎日エルルクの下に行き、一日のチェスの様子を報告する。


「エルルク様、チェス様には才能があります」

「ウフフ、そうでしょう」

「ですが、私が魔法を教えるのは限界があります。凡庸な人間になら私のような若輩でも事足りると思いましたが、あの方の吸収力は並ではありません。今の私にはお手本を見せることができません」



教えたら教えた分だけ吸収する。

それは教える側にとってはおもしろくもあるが同時に重荷でもある。

才能を前にして自分がふさわしいか、シルヴィには自信が無かった。


魔法が使えないという負い目があるからだ。



「そう……そうでしょうね」



エルルクはにこりと笑って見せた。

全て見て知っているかのように。


「まさか、エルルク様。わかっていてわざと」

「学院を開いていて何ですけどね。魔法を習得する上で一番大事なことは自分で気が付くことなの。あなたもわかるでしょう?」

「はい」


シルヴィは理解した。

あえて難しい状況にチェスを追い込んでいる。それはそれだけ入れ込んでいるからだ。

だから、彼女は不思議でならなかった。



「なぜ自分を就けたのか不思議?」

「はい」



心を見透かすように、エルルクはシルヴィの疑問を言い当てた。



「もちろん、あなたが優秀な魔導師だからです。今は魔力を失っていますが、それは変わりません」

「ですが」

「それに、チェス様の傍にいることはあなたにとっても良いことです」

「それはどういう意味でしょうか?」

「あの方は、きっとあなたの力になってくれます。いつか、あなたのその失われた力を取り戻す手助けになるでしょう」

「エルルク様……そこまで……あの方は一体何者なのですか?」



エルルクは首を傾げる。

彼女自身もそれを知ろうとしているからだ。



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