17.契約
「では特別演習はここまで。チェス様、つき合わせてしまい申し訳ございませんでした」
「……いや」
「ではお話がございますので戻りましょうか」
「ああ」
チェスは確信していた。
彼女は自分に学生の相手をさせる目的で案内を申し出たのではない。
(この女、おれを観察するために学生の相手をさせたな)
それはつまり、チェスのスキルを知っているということだ。
(油断した。おれはなんて馬鹿なんだ。いや……隠しおおせるものではないか。自分以外にも『解析鑑定』ができるものがいる。当然のことじゃないか)
学長室に着くと、エルルクはチェスを座らせた。
深いソファに両者対面して腰かける。
「まったく無防備ですね、チェス様」
「そういうあんたは抜け目ない」
「現代では『解析鑑定』を防ぐアイテムがあるんですよ」
「え?」
「アラその反応、やはり現代魔導には疎いようですね。カーミラが心配した通りだわ」
その一言で全てがつながった。
カーミラは錬成術も扱う。『解析鑑定』ができてもおかしくはない。
「ミラ婆の手紙の内容はなんなんだ? おれを実験にでも使う気か?」
「怒らないで下さいね。ステータスを無防備にさらすあなたが悪いんです」
エルルクの話しぶりはチェスの身に起きたことにおおよそ検討がついている様子だ。
「長く生きているワタクシでもあなたほどの天授技能保有者は見たことがありません。ですが、前例がないというわけでもありません」
思いがけずエルルクの方から核心を突いてきた。
「『前世反魂』という実験をした魔導師がおりましてね」
「『前世反魂』?」
「前世の魂、記憶と精神を呼び起こさせ、自身の魂に取り込む、黒魔術です」
「そんな魔法は知らないし、やった覚えもない」
「そうでしょう。その実験は今から十年ほど前にごく短期間行われ、失敗し、後を引き継いだものはいませんので、最近変化が起きたあなた様には知りようがないかと」
チェスはますます警戒した。
「前例はあると言ったじゃないか。実験は本当に失敗したのか?」
思わず厳しい言葉遣いが飛び出る。
「はい。天授技能の獲得に成功した者はいたそうです。しかし、精神に異常をきたし、自爆したと聞いています。前世と言っても他人の記憶に等しい。それが複数人も詰め込まれれば、自我の喪失につながりかねません」
チェスには身に覚えがある。
だが、自我は失っていない。
そう自分に言い聞かせる。
「……おれはその実験とは関係ない」
「そうです。あなたは……ね」
エルルクの含みのある言い方でチェスも気が付いた。いや、元々その可能性を考えなかったわけではない。
否定する要素が無い。
「ワチ……」
研究すなわち人体実験。
目的は天授技能の獲得。ならば天授技能を得ても御しやすい者を選ぶ。
獣人で子供。残念ながら奴隷市場で手に入りやすい。
そして、ワチにあった火傷の跡。
自爆に巻き込まれたという想像がつく。
「ワチにかけられていたのは黒魔術か。おれがそれを解いた?」
「おそらくは……」
激しい暴行を受けたワチは死にかけた。
黒魔術はワチに適合せず呪いのように精神を蝕んでいたが、宿主の命の危機に際し、別の宿主を求めた。元々魔力が少なかったチェスはそれを自覚することもなく、黒魔術に適合。
前世の精神を自らの魂に降ろした。
「しかし、なぜおれは正気でいられるんだ?」
「ワタクシもそれを知りたかったのです。いえ、正確に言えば、あなた様が正気なのかどうか、ですが」
エルルクの冷たい眼がチェスを射抜く。
「ちっ、それやめろ。おれはまともだ」
チェスは思い出す。
酷く混乱していたのは最初だけ。ベッドで起き上がり、ワチのお茶を飲んで、精神の揺らぎが収まった。
「茶飲んで治った」
「……っ……!? っ……」
エルルクはその回答が面白かったらしく、必死に笑いを堪えていた。
「失礼しました。おそらく、あなた様自身の天運でございます。精神に異常をきたすのはそれが、自分とは乖離した精神構造ゆえ。近しい者同士ならむしろ同調するものです。お茶で治ると言う方が愉快ではありますが」
「……おれの前世は、今のおれと精神的に似通っていたということか?」
質問ではなく、自問。
思えば、どの人生も職種は様々だが共通点があった。
平凡。
「似ている精神だけが呼び起こされたという方が合理的でしょう」
「つまり、偶然?」
エルルクは伏せていた目を再びチェスに向けた。その眼はチェス本人より、その内面を見通すように冷たい感触をチェスに錯覚させた。
「あなた様にはめずらしい加護がございますね。【聖神の加護】、こちらは?」
「ああ、それはおそらく神官をしていたとき……効果は知らん」
「……っ!フフっ! アハハ!!」
たまらずエルルクが声を出して笑った。
淑女にあるまじき行為だが、我慢も限界だったようだ。
「失礼……ウフフ、ワタクシが知らない希少な加護をそのように過小評価する方がいるとは可笑しくて」
エルルクは口元を覆い、改めてチェスに向き直った。
「チェス様、ワタクシはあなた様の力になりたく存じます」
意外な申し出にチェスは口を挟まず、続きを促した。
「理由は三つございます。あなた様の知識は宝の山です。潰えた知識も含まれるかもしれません」
「見返りが欲しいと?」
「あなた様にとっても、現代の進歩した魔術に触れる機会は希少かと」
否定する理由が無い。
「二つ目は?」
「カーミラはあなた様を高く評価しております。それは天授技能などの能力以上に人柄について、とても信頼を寄せていることがわかります。そうでなければワタクシを紹介しませんもの」
脳裏ににへらと笑うあのだらしない女学士の顔が浮かぶ。
(あのお節介の魔女め)
「それで最後の理由は?」
「あなた様の存在が知られると困ります」
(……これが本音だな)
前世の天授技能を獲得できる手段が露見すれば、パワーバランスが崩れる。
それ以前に天授技能を、魔法により無理やり獲得するのはどの信仰からも批判の的となるだろう。
そうなれば魔法使い全体への風当たりが悪くなることもあり得る。
それほどに、この研究は禁忌に抵触している。
その成功例ともいえるチェスの存在は、研究熱の再燃をもたらしかねない。
「それで協力とは?」
エルルクは指輪を外してチェスの前に置いた。
しばし見つめ、警戒する。
安易に付けないのは錬金術師、付与術師だった経験ゆえ。
「フフ、婚約の証と取ってもらっても良いのですよ」
「真面目に話せ」
「これは他人の視覚的干渉を防ぐ魔道具です」
「魔道具……」
指輪をはめてみる。
魔力が消費される感覚は無い。
「ありがたく頂戴する」
チェスは納得してエルルクの傘下に加わった。
元より拒否権は無さそうではあるが、いろいろと疑問を解消する手助けになったし、わきの甘さを正してくれた借りもできた。
「では、前世の詳細な記録を提出してください」
「おれは学生ではないが」
「どの時代、どの方面の知識をお持ちかは今後の評価に影響しますのよ」
「だから学生ではない」
「書き終わるまでは居残りですよ」
チェスは自分が語りが嫌いだ。それは不徳の父親の影響に他ならない。語るべき歴史の無いまま大人になり、他人の話をさも自分の武勇のように自慢げに語る父親が、チェスの父親に対する源記憶。
「大した情報があるとは思えない」
「それはこちらが評価しますので。第一、この過程を抜きに適切な助言も指摘もできません。困りますの」
エルルクはわざとらしく物憂げな表情をつくりため息をついた。見る者が見れば心臓を掴まれ卒倒するほど絵になるが、チェスは鳥肌が立った。心臓に悪い。
(過去をさらけ出すリスクの見返りは今のところこの視覚干渉防止リングか。これが希少なものか、どうかおれには判断しかねる。それに庇護下に入ったとして彼女にその力がある保証もない)
「一日考えさせてほしい」
「もちろん。今すぐとは言いません」
チェスには猶予が与えられた。
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