14.情報収集
何とか逃げ切ったチェスはまず、手紙を取り返すことを考えた。
しかし、不慣れな街。
手がかりは一瞬の記憶のみ。
その辺の安食堂に入り、一端気を落ち着かせることにした。
路地裏に潜伏したり、人気のない場所をうろつけばかえって目立つ。
ついでに食事をすることにした。
(向こうにとっては何の価値も無い。取返しにくるかもしれないな)
「チェス君、石がバチン当たってたです~。痛くないです?」
「あの程度でどうにかなるかよ。冒険者なめんな」
「ふへ~……すごいです。チェス君は」
実際は効いていた。
『回復』を使い、ダメージから復活したに過ぎない。しかし、続く不意打ちを放つためにあくまで動ける範囲でしか回復できなかった。
魔力が足りないからだ。
(前世の技能にまた助けられたか。いや……そもそもおれに盗みの技術なんてねぇ。あのガキから雑のうを奪ったことが問題だ。無意識だった……このままじゃ、おれは考えも無く人を殺しそうだな)
チェスは頭を抱えた。
意図せず得た力に振り回されることへのいら立ち。
「親父、鶏肉の香草焼きとパンと野菜スープ、水をくれ。こいつにも同じものを」
「あいよ」
窮地を抜け出す力もまた前世から得た知性。
肉体の疲労回復と頭の回転を促す最良の食事を選択していることに、チェスは自分で気が付いていなかった。
「ゆっくりご飯食べてていいです?」
「気にするな。なるようにしかならん」
給仕係が食事を運ぶ。
ワチはのんきにおいしそうに食事をしている。
周囲から視線を感じるチェス。
(ここも獣人はヤバいか?……おれ一人なら、そこらのならず者共をぶっ飛ばして情報を聞き出せるが、無茶はできねぇ。同じミスをするのは愚か者のすることだ)
「ねぇ、あんたら」
給仕係が唐突に話しかけてきた。
「……なんだ?」
警戒するチェス。
「随分お上品に食べてるけど、どっかのお偉いさんかい?」
「……あ?」
思いがけない言葉に間の抜けた声が出た。
身体にしみついた所作は無意識に出る。
チェスは教養は無いが、品性はカーミラに教育されてきた。
(そういや、食い方にいい悪いがあるなんてのも、ミラ婆に教わったんだったな)
見ると食事にがっついているワチも、チェスに習って品よく食べている。
「ただの冒険者だ。別に他意はねぇが気に障ったか?」
「いんや! こんな場末の食堂にあんたみたいな品んのいい客が来るのは珍しいからね」
「そうか。飯は美味いけどな」
「ありがとよ」
「これは、エドソラ草で鶏臭さを消して、ソースに木の実を混ぜてコクを出してるですね!」
「お、すごい! お嬢ちゃんよくわかったわね!」
こんなことは初めてだった。
チェスに好き好んで話しかけてくる者は滅多にいない。
どうやら、視線の源はワチというより二人のカップリングだったらしい。
この魔法都市には獣人への差別がない。
一見荒くれ者の見た目をしているチェスが、獣人の少女を連れていることが視線を集めた。
差別がないからこそ、奴隷として連れているとしたら非常識な行動に見えてしまう。
一体どういう関係なのか、想像を駆り立てる。
しかし、二人のそっくりな食事作法に、何となく周囲は察した。
「仲いいね」
「あ?」
「ふへへ」
周囲の生暖かい眼が鬱陶しいと感じたものの、積極的に話しかけられる状況は好機だ。
「なぁ、少し聞きたいんだが」
「うん? 何だい?」
「実は大事なものを盗まれたんだが、表通りのスリをする子供に心当たりは無いか?」
「ああ、ご愁傷様だ。でも、あいつなら場所わかるから安心しな」
あっさり解決した。
給仕係や他の客が口々に情報を教えてくれた。何の警戒もせず。
(……もしや、誰もぶん殴らずに解決できるのか? これが普通なのか?)
まとう空気感や話し方一つでここまで結果が違うことにチェスは驚きを隠せなかった。
今までの多くの喧嘩沙汰を経ての問題解決がただの徒労に感じ、虚しさが押し寄せた。
「よかったですね~チェス君」
「ちっ、うるせ。とっとと食え」
食事を終えるとそのままその食堂の宿に荷を置いて、手紙を取返しに向かった。
◇
この魔法都市には辺境奥深くにある都会という点以外にも、異質な点がある。
それは、ここが都市国家として王国に隣接している、ある種の治外法権を有しているという点だ。
フテナを含む王国の覇権内にありながら、王国とは異なる法が適用されている。
ここに王はおらず、議会が都市を運営している。
貧富の差は王国に比べ少ないとは言えない。しかし仕事は多く報酬も良いし、豊富な資金は福祉にも十分投じられている。ここには中抜きをする貴族はいない。
治安も、同規模の都市と比べれば格段に良い。
魔法に長けた憲兵隊が見回りを行うため、盗みひとつするのも難しい。
それでも、盗みを働く者はいる。
「手紙を返せ」
チェスはその拠点を直接訪ねた。
かび臭い廃屋には病人と子供が押し込められていた。
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