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12.喧嘩

中型魔獣討伐の結果報告。

ギルドには首と牙一対を納めた。


「う~ん。相変わらずチェスさんの殺しはやり口が綺麗ですね」


チェスの仕事ぶりに感嘆するのは受付嬢のロイズ。


「誤解を招く言い方をするな」

「一撃で首だけ落としてるのでどこも傷んでいませんし、解体も手際が良いです。さすがですね」

「解体はおれの仕事じゃねぇ」


ロイズが冗談ではなく本当に感心していると強調する。



「あれ、でもチェスさん、魔石は買い取らなくて良いのですか?」

「ん? ああ、ミラ婆が欲しいというからな」

「ミラ? ああ、学士様のことですか? だめですよ、あの方のことをそんな不敬な呼び方しては」

「ちっ、いいから換金しろ。ノロマが」

「一言多いですよ、もう……」


ギルドを出ようとすると見知らぬ冒険者が通せんぼする。



「負け犬が来るんじゃねぇよ。おれらの運が下がんだろ」



どうやら喧嘩を売られているらしい。

理由は先の金貸しの強奪騒動だろう。

グレイウルフ一体の討伐功績ではその汚名は払しょくできない。かといって、不作で苦しい村から4体のグレイウルフとダークウルフ1体の討伐報酬を要求するほど鬼にもなれない。ちなみに1体分以外の素材は魔石を除いて村に置いてきた。納税金の代わりになる。



「聞いてんのか?」


相手がチェスを見下ろす。

胸倉をつかまれた。

誰も助けには来ない。

冒険者ギルドではよくある光景だ。


遠巻きにゼータとグレイが見ている。彼らも手出しはしない。

一体一に割り込めばチェスの名誉を余計に貶めるとわかっているからだ。



「お前の運など知らん。上手くいかないのはお前がグズで馬鹿で間が悪いからだろう。他人のせいにするな」

「な、なんだとてめぇ!!」

「その手を離したら見逃してやる。忙しいんだ。どけ」

「ふざけんな!」


突っかかってきた大男が拳を振りかぶった。


次の瞬間、大男の身体が地面に叩きつけられていた。


「ぐはっ!!」


傍観していた周囲が驚く。


(相変わらず気持ちわりぃ感覚だな)


チェスは相手の拳を片手でいなした。

パンチの軌道に掌を斜めに割り込ませ、軌道をずらした。

当てたつもりの拳があらぬ方向へ行ったため、身体のバランスが崩れた。チェスの両足が地に沈む。

膝を抜き、腰を落とした反動で相手の手を片手で掴み一気にひねり込む。

大男の巨体が浮き、床に叩きつけられた。

周囲の目にはチェスが片手で大男を倒したように見えた。



「見逃してやるからどっかに行け」

「こ、殺してやる!!」



誰の目にも実力差は明らかだった。

大振りを繰り返す大男。

対するチェスは片手でいなし続ける。


今も武術や格闘術は存在するものの、国や民族を超えて結びつき収斂されることはなく、逆に秘匿され一子相伝なども珍しくない。

大男が力を籠め、腕を叩きつけるように振り回す。


以前なら―――と言っても、ほんの数日前までのチェスの話だが―――強引に組み付いて、何とかラッキーパンチを狙って腕を振り回すことぐらいしかできなかった。


(―――ちっ、一々、間違いを指摘されてるみたいで不愉快だぜ……おまけに、要求されている動きをおれにはできてないのがわかる)



前世の感覚がチェスの身体を勝手に動かしている。

格闘士だったころの記憶が蘇る。



「くそ!! おれはレベル28だぞ!! はぁ、はぁ、なんでだ!?」



いくら経ってもパンチが当たらないことに、さすがに沸騰していた頭も冷めた。

レベルはあくまで補正値の上昇率であり実力を示すものではない。

とはいえ、体格、骨格、筋力をみれば、総合的にチェスより大男の方が地力で勝っているのは明白。それに加えてレベルによる補正値がチェスより高いのだから、(これは本人の想像に過ぎないが)戸惑うのは当然と言える。



(息が上がったか。ここだ)



呼吸をする瞬間は身体が止まる。

全身が緩んだ刹那、チェスの左拳が大男の顎を撥ねた。



「へっ、んなもんいくら食らってもぉぉ?」



強がりを言いながら大男はフラリと倒れ込んだ。

床材が大きく軋んだ。



「うぉぉ! すげぇ、やるなあいつ!!」

「一撃か、相当慣れやがる」

「あいつって確か……」

「あんなに強かったのか」


結果としては上々。

格闘士としての技術が、能力の差を上回った。



(……勝ちはしたが、思い通り動けてねぇ。これは……まずいな)


チェスは大きな課題に直面していた。

村での魔獣討伐もそうだった。

チェスは敵がの数を4から5と想定した。

それは前世の記憶がもたらした確信。

根拠は不明。


結果的に敵は5体だったからいいものの、想定を超えた場合の対処をチェスは用意できない。

そして、前世での知識や経験則に基づいた感覚が、現代で全て通用するわけではないことは自明の理だ。


今、チェスは身体を動かすことさえも自分の想定通りにできてない。

それはつまり、前世の常識なら勝てる戦いも、チェス本人のスペックでは得られる結果に齟齬が発生するということだ。


格闘士の技能などと喜ぶことも、利用すればいいと開き直ることも無かった。



(……まぁ、何んせよ検証だな)



思考を巡らすチェス。


てっきり勝利するものと思っていた大男の仲間たちは想定外の敗北になりふり構わず一斉にチェスへ殴りかかった。



「おい―――む?」


ゼータが複数人でのリンチを止めようとして立ち上がるのをチェスは手で制した。


(まず慣れる。それでもだめなら鍛えるしかねぇ……理解するしかねぇ……学ぶしかねぇ。前世の記憶に振り回されるんじゃなく、おれ自身意識して使いこなす)



チェスは感覚に任せて構えた。

両こぶしを顔の前に持ってくるアップライトの構え。



「おらぁ!!」



距離を詰めてくる三人を左拳の早く小刻みなパンチで止める。

チェスは自分がやっていることの意味を理解した。

左で止め、右でカウンターを狙い仕留める。


背後からタックルされた。


「調子に乗んじゃねぇぞ!!」

「ぐっ!?」


倒された。

即、馬乗りになった相手の腕をとり、脚で首をひっかけ、引き倒した。腕関節を極め折った。



「ぐあああ!!」

「この野郎!!」

「よくもやったな!!」


残った男二人がそれぞれ腰のナイフと剣を抜いた。



「抜いたぞ!!」

「喧嘩じぇねぇ、誰か止めろ!!」


チェスは冷静にアップライトの構え。



「ちょっと! そこ!!」



ギルド職員もさすがに声を上げる。

だが、頭に血が上った二人はチェスにとびかかった。

天授技能(スキル)を用いた攻撃。


剣士のスキル『振動刃』と盗賊のスキル『速度上昇』だ。


(今のおれはステータスも肉体の鍛え方も前世と違う……その差がある内はスキルで穴埋めするか)


チェスも『超反応』を使う。盗賊のスキルと格闘士の知識を応用。


身体をひねり、戻る力を利用したステップで攻撃を避けた瞬間、懐に入る。


まずは体重を乗せた肘を剣士の胸へと突いた。



「うぉぉ!?」



効いたというより驚いた剣士。

加速し全体重を肘の一点へと集中した一撃で後方へ吹っ飛んだ。


止めに入ろうとした周囲はタイミングを逸した。


「この!!」


盗賊職の男は『速度上昇』でナイフを振るい、チェスを踏み込ませず斬りつける。



「こいつ、おれのナイフが見えてるのか!?」


無数の斬撃をチェスは避け続けた。

とはいえガードした腕に傷が増えていく。

反撃の左拳は空を斬る。



「ちっ」



思わず冷静さが鈍る。



(想定通り身体が遅ぇし、重ぇ!! いや、力が入り過ぎたか?)


チェスは即座に適応し平静を取り戻した。

相手のナイフでの攻撃に対し、カウンターを合わせる。


「馬鹿が!」


盗賊職の男が勝ちを確信した。

ナイフの分間合いは盗賊職の男の方が長い。

両者の腕が交錯すればチェスの攻撃が当たる前に、ナイフが突き刺さるのは明白。


しかし、チェスは引かなかった。

握っていた拳を開き貫き手。

それでも間合いの長さは盗賊職が優勢。


「――っ!!」


盗賊職の男は目へ迫る攻撃に一瞬怯んだ。

チェスはさらに胴体を真横へ回転させ肩を伸ばし、スタンスを広げてさらに踏み込んだ。


盗賊職はチェスの腕が伸びたと錯覚した。


「ぎゃ!!」


結果、盗賊職の顎にチェスの目突きがヒットした。

ナイフは腹をかすめたが、致命傷には至らず。


(相打ち覚悟はビビった方が負ける。これは知ってる)



「くそ!!」


敗けた男たちは連れてギルドから退散しようとしてギルド職員に捕まった。



(よし、勝った……)



「結局全部一撃かよ……」

「あいつだれだっけ?」

「おい、パーティに誘ってみようぜ」



チェスの汚名はすっかりそそがれた。



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