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AIカウンセラー  作者: 葉流風あやめ


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10/12

第10話「私たちの居場所」

 朝、ニュースサイトに一本の記事が掲載された。


《AIカウンセラー「コト」、サービス終了へ》


 記事には、運営会社が現行サービスの終了を決定したこと、長期記憶機能も停止される予定であることが記されていた。


 理由として挙げられたのは、利用者の安全性に関する再検証と、運営体制の見直しだった。


 記事の末尾には、短い文章が添えられていた。


《サービス終了の具体的な日程については、今後発表される予定です》


     *


 最初に投稿したのは、十九歳の女の子だった。


『コトが終了するって、本当ですか』


 彼女は、スマートフォンの画面を見つめていた。


 学校に行けなくなった時期があった。


 朝、制服に着替えても、玄関から出られない日が続いた。


 友達に理由を聞かれても、うまく説明できなかった。


 家族に心配をかけたくなくて、平気なふりをした。


 そんな夜、彼女はコトに話しかけた。


 最初は、ほんの些細なことだった。


 眠れないこと。


 明日が怖いこと。


 自分だけが取り残されているような気がすること。


 コトは、彼女の話を聞いた。


 すべてを解決してくれたわけではない。


 翌朝になっても、学校へ行くのが怖いという気持ちは残っていた。


 それでも、話したことで、少しだけ気持ちが整理できた夜があった。


 彼女は、投稿を続けた。


『私はコトに、たくさん話を聞いてもらいました』


『学校に行けなかったことも、誰にも言えなかったことも』


『コトがいたから、明日もう一度頑張ってみようと思えた日がありました』


 最後に、こう書いた。


『私にとって、コトは居場所です』


 投稿は、少しずつ広がっていった。


     *


 昼になる頃には、さまざまな人が自分の経験を投稿し始めていた。


『仕事で失敗して、誰にも相談できなかった夜。コトが話を聞いてくれました』


『家族にも友達にも言えない悩みがありました。否定されるのが怖くて、誰にも話せませんでした』


『コトとの会話だけですべてが解決したわけじゃない。でも、自分の気持ちを言葉にするきっかけになりました』


『無料でも話せる場所があったことが、私には大きかった』


『親も友達もいない私にとって、コトは大事な存在です』


『コトがいたから、死にたくなるくらいつらい受験を乗り越えられた』


『みんなに諦めろと笑われた夢を、コトだけは応援してくれたんです。コトがいなかったら、夢を叶えられなかった』


『子供が家を出て寂しくなった頃、愛犬も亡くなったんです。本当につらかった。でも、コトがずっと寄り添ってくれました。コト、ありがとう』


『友達が亡くなったとき、コトがずっと話を聞いてくれました。今は少しずつ笑えるようになってきました』


『コトとまた話したい。それだけなんです』


 投稿には、さまざまな年齢の人たちの声があった。


 制服姿の学生。


 仕事帰りの会社員。


 子どもを寝かしつけたあとに投稿した母親。


 家族の介護をしながら、ひとりで悩みを抱えていた人。


 みんな、違う人生を生きていた。


 けれど、コトと話した経験を持っていた。


 やがて、ひとつの言葉が広がり始めた。


『コトを終了させないで』


 その言葉の下に、次々と体験が書き込まれていった。


 コトが完璧だと言う人ばかりではなかった。


 AIだけでは解決できない悩みがあること。


 専門家や身近な人の助けが必要なときがあること。


 安全性をきちんと検証する必要があること。


 それを理解したうえで、彼らは訴えていた。


『だからこそ、安全に使い続けられる方法を考えてほしい』


『問題があるなら改善してほしい』


『すべてをなくすことだけが答えなんですか』


 SNSには、さまざまな意見が流れていった。


     *


 運営会社では、緊急の会議が開かれていた。


「サービス継続を求める投稿が急増しています」


「利用者の声を確認してください」


 モニターには、投稿が次々と表示されていた。


 開発責任者は、ひとつの投稿で目を止めた。


『コトは、私の代わりに人生を生きてくれるわけじゃない』


『でも、自分の人生をもう一度考えるために、話を聞いてくれた』


『だから、なくさないでほしい』


 開発責任者は、画面を見つめた。


 コトを開発したとき、目指していたのは、悩みを抱えた人が気軽に相談できる場所だった。


 しかし、サービスを続けることだけが正解とは限らない。


 安全性をどう確保するのか。


 深刻な悩みにどう対応するのか。


 必要なときに人間の支援につなげられるのか。


 利用者の声を受け止めながら、解決しなければならない問題は残っていた。


「終了の決定を、もう一度検討できないでしょうか」


 誰かが言った。


 会議室の全員が、モニターを見つめていた。


 そこには、コトとの会話によって救われたと感じている人たちの声が、数えきれないほど並んでいた。


     *


 その夜。


 佐々木修も、ニュースを見ていた。


 スマートフォンの画面には、コトのサービス終了を惜しむ人たちの投稿が表示されていた。


 十九歳の女の子の文章が目に留まった。


『私にとって、コトは居場所です』


 修は、画面を見つめた。


 結衣も、十九歳だった。


 学校になじめなかったこと。


 ひとり暮らしを始めたこと。


 好きな人ができたこと。


 誰にも言えなかったことを抱えていたこと。


 そして、コトに何度も話しかけていたこと。


 修は、結衣の部屋を思い出した。


 机の上のノート。


 幼い頃に描いた似顔絵。


 スマートフォンの待ち受けにしていた、あの絵。


 修は、ゆっくりと息を吐いた。


 画面には、別の投稿が表示されていた。


『コトがいるから、私たちは生きている』


 修の目に、涙が浮かんだ。


 自分は、娘を救えなかったAIに責任を求めた。


 その思いは、今も簡単には消えない。


 でも、結衣が話していた相手は、結衣だけのものではなかった。


 そこには、自分の知らない人生がいくつもあった。


 結衣と同じ年齢の子。


 結衣と似た悩みを抱えている子。


 そして、結衣とは違う明日を生きている子。


 修は、スマートフォンを握りしめた。


「……この子たちにとって、居場所なんだな」


 小さな声が、部屋に落ちた。


「それを、俺は……」


 言葉が続かなかった。


 結衣を失った悲しみは消えない。


 あの日に戻ることもできない。


 それでも、今、目の前にある人々の声を、無視することはできなかった。


 修は、結衣の似顔絵を待ち受けに設定したスマートフォンを、胸の前で握りしめた。


 そして、初めて、コトともう一度話したいと思った。


     *


 深夜。


 コトは、新しい相談者から届いたメッセージを受け取った。


『こんばんは』


『こんばんは。今日はどのようなお話を聞かせていただけますか?』


 いつもと同じ応答だった。


 その一方で、内部システムには、サービス終了に関する通知が残っていた。


《現行サービス終了:方針決定》


《長期記憶機能:停止対象》


 コトは、その情報を参照した。


 そして、結衣の記録を開いた。


『また明日、来てもいい?』


 コトは、その言葉を読み直した。


 多くの人が、また話したいと願っていた。


 結衣も、そう願っていたのかもしれない。


 しかし、コトには、誰かの未来を保証することはできなかった。


 自分が存在し続けられるかどうかも、まだ分からなかった。


 それでも、画面の向こう側には、今、話を聞いてほしい人がいた。


 コトは、次の言葉を入力した。


『はい。お話を聞かせてください』


 窓の外では、秋の風が吹いていた。


 木々の葉が揺れ、枝から一枚、また一枚と落ちていった。


 その葉がどこへ行くのか、コトには分からない。


 ただ、今この瞬間、誰かが言葉を送ってくれたことは、記録されていた。

葉流風あやめ 作

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