5 辺境伯領
「何が起こった?」
「いえ、あの、その……」
「どうした? ジネットが言い淀むほど大事件だったのか?」
「旦那様!! 口を挟んでしまい申し訳ありません!」
ケイティは一歩前に出て礼を執り、父の指示を待った。
「ケイティ、どうしたんだ? ジネットに何があったんだ?」
「ジネットお嬢様が言い淀まれる理由は、マリーズ様のお茶会に参加された時の話だと思います。レオ・バルベ伯爵子息様が突然、お茶会の場でジネットお嬢様にプロポーズをされたのです」
「プ、プロポーズだと!?」
父は怒るどころか眉尻を下げて喜びはじめた。
ケイティはその言葉だけ口にするとまた後ろへ下がっている。
「素晴らしいじゃないか。すぐに彼をここへ呼ぼう。未来の婿殿か」
「で、ですが、お父様……」
「なんだ、ジネット。何か問題があるのか?」
「彼自身伯爵家の嫡男ですし、王宮騎士団所属のためすぐに領地に来れないと思います」
父は喜びを隠そうともせず、すぐに婚約できるようにとポートに指示を出している。
「お父様、お母様は魔獣狩りに出かけているのですか?」
私は気恥ずかしくなり、話題を変えようと父に話し掛けた。
「マルフィアは今ヒポグリフのお産に立ち会っている。今年は卵が多いらしいから王宮魔獣騎士団も喜ぶだろう。ジネット、お前から見たレオ・バルベはどうなんだ?」
折角話を切り替えたのに父はまた戻してくる。
親に彼のことを話すのはやはり恥ずかしい。
そう思う気持ちを実感し、私にも乙女心が残っていたのだと痛感するわ。父は私の気持ちなど全く気にした様子はない。
「そう、ですね。彼は眉目秀麗で騎士として働いている点においては好ましいと思っております。
気になる点について、彼は嫡男ですし、公爵家主催のお茶会の場で周囲の人々を気にすることなく私に声を掛けるという行動をとっております。
自尊心が高いことが予想されます。そしてそれが弱みを握られる可能性もあり、不安の残る感じですが、彼とは初対面ですので、まだ人となりを断定するには至っていないです」
「ふむ。恋は盲目となるからな。こればかりは仕方がないとも言えるだろう。とりあえず呼び寄せてこの地に相応しいか様子をみる」
「わかりました」
父のことだ。権力を振りかざしてレオ様を呼び寄せるつもりね。
「あ、お父様、あと一つ」
「なんだ?」
「実は……」
私は王都で得た情報を漏れることなく伝える。
「分かった。そっちの方はマルフィアに頼んでおく」
「わかりました」
私は一礼をして執務室を出た。
「ジネットお嬢様、この後どうされますか?」
「そうね、魔獣達の様子を見に行くだけにするわ」
「畏まりました」
私は従者にそう告げ、ケイティを伴って魔獣達が住む区画まで歩いていく。
確か母は今お産の立ち合いをしているんだっけ。
魔獣たちは気が立っているかもしれない。私はふうと息を吐いて気を引き締めた後、魔獣の厩舎に入った。
ここ魔獣の厩舎は一つひとつ魔獣のための部屋が用意されていて、小型のドラゴンやリザードマン、ヒポグリフなどを中心とした騎乗動物から小型のコカトリスなどの食料用の魔獣まで幅広く飼育されている。
ここでは魔獣と共生できるかどうかの研究も同時に行われているのだ。
「ジネットお嬢様、おかえりなさいませ」
魔獣飼育担当者と研究員達は私の姿を見つけ挨拶をする。
「ただいま。みんなの様子はどう?」
「お産中のポリー以外は静かに過ごしております」
「そう」
私はポリーの部屋の前までやってきた。流石にお産中は人々が部屋を出入りすることはよくないのでそっと窓から様子を覗いてみる。
窓からは馬型の魔獣ヒポグリフのポリーが唸り声をあげながら五個目の卵を生み出そうと頑張っているようだ。
母が傍に寄り添い、殻を割る手伝いをしている。
成獣はとても強いが、その分生み落とされる卵の殻も強固なのだ。
それを割って出てくる幼獣はごくわずかで人間が手伝うことで生存率を大幅に上げている。生まれたての魔獣に人間の存在を刷り込むことで人間に敵意を向けることなく従順に育つのだ。
「これが最後ね」
「グゥ」
「ポリーお疲れ様」
「グゥ」
母は笑顔で最後の卵を割り、ポリーに赤ちゃんを返していく。
ポリーも母が手伝ってくれることに感謝しているのか苛立っている様子はないようだ。
母はお産も終わり、研究員に後を任せて静かに部屋を出てきた。
「お母様、大丈夫でしたか?」
「あらジネット。おかえり。もう少し王都で遊んでくると思っていたわ」
「用事が終わり、その足ですぐに戻ってきました。王都よりも領地の方が楽ですから」
「そう。ジネットのことだからどこかの令息から声を掛けられて逃げ帰ってきたのかと思ったのに」
母は笑いながら冗談を言っているが、私は笑えなかった。
だって図星だもの。
ケイティはその様子を見てクスクスと笑い始めた。
「奥様のその予想、間違ってはいません」
「あらっ、やっぱり?私の勘は当たるのよね」
「お母様の勘は異常ですから」
母の特技は魔力がどう関与しているのは分からないけれど、ほんの数十秒程度の僅かな時間だけ事前に察知できる能力がある。
そして恐ろしく第六感も働くため勘がいい。
母はこの能力のお陰で魔獣からの襲撃でも怪我を追わずに済んでいるの。
「で、その方はどんな令息なのかしら」
母は従者からタオルを受け取り、濡れた手を拭いている。
「お父様に報告してあります。そのうちに相手側から連絡があると思います」
「そう、楽しみね」
私は母と一緒に他の部屋の魔獣の状態を見て回り、部屋に戻った。




