14 新たな婚約者
「ジネットお嬢様、おはようございます」
「……ケイティ、まだ眠いわ。今日はまだ寝ていてもいいんじゃないかしら」
「お嬢様、奥様がお呼びです」
「わかったわ」
私はあくびを殺しながら服に着替え、そのままサロンへと向かった。
「お母様、おはようございます」
「ジネット、おはよう。起こしてごめんなさいね。少し聞きたいことがあったの」
私は執事にお茶と軽食を出してもらい、軽く食べ始めた。
「聞きたいこと? なんでしょうか」
「レオ・バルベ伯爵子息のことよ? 彼のことをどう見ているのかしら?」
どう思っている、ではなくどう見ている、か。
「私から見たレオ様の領地経営能力は並み。人脈を築いていく人当たりの良さもあり、将来領主としては平凡よりやや上。
戦闘面では戦略を立てることは不得手。戦闘自体は中の下といったところでしょうか。バルベ伯爵家を継ぐには問題ありませんが、ベルジエ家の夫としては不適任だと思います」
母は私の言葉を聞き終わると笑顔でお茶を一口飲んだ。
「よかったわ。恋愛感情にかまけて物が見れなくなっているかと思っていたのに」
「お母様、それとこれは別です。確かにレオ様の見目は美しいとは思いますし、私が喜ぶ言葉をくれていたことを否定はしません。が、彼には不安になる要素も多い。結局のところ……私は感情よりも理性が強かったのだと思います」
「ふふっ。誰に似たのかしら」
「お母様、呼び出した理由はこのことですか?」
「ジネットがまだレオ君のことが好きならどうしようかなと思って聞いてみたけど、大丈夫そうね」
「?」
母は面白そうだと満面の笑みを浮かべて執事に指示をすると、執事は数枚の紙を持ってきて渡してくれる。
紙に書かれていたのは……。
私の新しい婚約者の身辺調査だった。
「オルガ・ミラフィス公爵子息です、か」
「あら彼を知っているの?」
「セレスティナ王女のお気に入りと名高い彼ですよね。それくらいは知っております」
「ふふっ。なら話は早いわ。彼が次の婚約者よ」
母の笑顔を見て気が重くなる。厄介事が襲い掛かってくる予感しか見つけられない。
「お母様、楽しんでいますね?」
「ええそうよ? 一人の男を巡って二人の女が争うなんて面白いじゃない」
「私は全然面白くないのですが……。まあ、わかりました。蹴散らせってことですよね」
「楽しみにしているわ」
「時々お母様がオーガに見えます」
「あらあら。それは嬉しいわ! 領地に湧く魔獣を殲滅しなくちゃね!」
「……」
時々母の思考がおかしいところへ飛んでいくのは仕方がない。
私は改めてオルガ・ミラフィス公爵子息の身辺調査の紙を読む。
彼は現在二十一歳。第一騎士団の副官で現在セレスティナ王女の警護を担当している。私の聞いた話と大差はないが、身内の内情やセレスティナ王女との関係などは詳しく書かれている。
私としてもこの書面を見る限り、とても良さそう。
……思っていたより、自分の切り替えが早くて苦笑してしまう。
オルガ様は若くして第一団の副官まで上り詰めるほどの実力者で、可愛い王女のお気に入り、とくれば同僚などのやっかみも多そうだ。
彼の周りは敵だらけね。
「お父様は何か言っていましたか?」
「ジョゼフ? うちの娘にわざと屑を押し付けやがってとは怒っていたけれど、オルガ君のことは婿に迎えたいって前向きよ」
「押し付ける? もしかして彼を焚きつけたのは陛下だったのですか?」
「そうね。浮気性の彼は、ミラ嬢の婿には向かないって判断したんでしょうね」
私ならいいと……。
なんだか色々とモヤモヤするが、父が怒ってくれたのなら許すしかない。それに婚約も解消すると決まっているでしょうから。
それにしてもオルガ様はどんな方かしら?
ここに書かれている通りの方ならいいな。
「ジネット、花畑の世界に浸っている中、申し訳ないんだけど、明日、王宮へ向かってちょうだい」
「分かりました」
先ほどとは違い、母は真面目な顔でそう話をしている。
「先ぶれは出しておいたわ。オルガ君を見定めてきなさい」
「はい」
呼び出された理由はこれか。昨日の今日で。相変わらず動きが早い。
翌日、早朝からケイティと共に侍女たちが、私が起きるのを待ち構えていたようで一斉に準備をはじめた。王都で流行のドレスに着替え、少し大人の雰囲気を出すような化粧をされていく。
「さすがお嬢様。とても美しい。これならセレスティナ様なんか目じゃありません!」
「ふふっ。いつもきれいに仕上げてくれてありがとう」
私は侍女たちにお礼を言った後、王宮へと向かう。
普通ならミラフィス公爵家や我が家の一室に彼を招いてお茶会をするのだが、わざわざ王宮の中庭を借りてお茶会をするところが母らしい。
セレスティナ様をけん制してこいということでしょう?
王女に理解させろということよね。レオ様のことで相当怒っているようだ。
名目上、オルガ副官は忙しくて時間が取れないため、私が急遽王宮に出向くことになったということのようだ。
はあ、気が重いわ。
確かセレスティナ王女は今年で十六歳だったはず。
私の一つ下よね。
オルガ・ミラフィス副官は二十歳だったはず。ミラフィス様からすればセレスティナ王女はまだ子供なのだと思う。それに彼女にはフィリクス・タウゼント侯爵子息という婚約者がいたはずだ。
セレスティナ王女がオルガ様に執着しているせいで婚約者との仲は悪く、婚約破棄は時間の問題ということも報告書には書かれていた。
……頭が痛くなるわね。
王女にはまだ政略結婚の意味や先を見越した行動が考えられないのだろう。
「お嬢様、準備が整いました」
「ケイティ、では行きましょうか」
「はい。色々と楽しみですね」
「そうね」
私はケイティの言葉にクスッと笑いながら馬車に乗り込み王宮へと向かった。




