エピローグ1:新堂亜紀
――また大嵐が来た。
ここ数日、そんな言葉を何度つぶやいたか分からない。
五菱商事がGAIALINQ ARC規格を採用。
それも、経産大臣と環境大臣を揃えての共同発表――。
五井物産社長と五菱商事の住田会長が並んで壇上に立ち、「GAIALINQ陣営に加入して、再エネ事業を推進していく」と宣言するという、とんでもない超展開。
本来ならゴールデンウィーク谷間ののどかなはずの一日。
大手メディアは無論、海外メディアも一斉に狂乱状態に突入した。
“ライバル同士の最強総合商社の共闘宣言” “日米連携地熱×AIモデルの横展開” ――
各局の特番、日本では経済紙が号外まで出し、ネットニュースのトレンドジャック。
メディアは全部「GAIALINQ」で埋まってしまった。
もちろん、会見の中心は我らがCOO一ノ瀬直也――愛する私の直也くん。
GAIALINQ COOとして、記者の質問を軽やかにさばき、最後には爽やかな笑顔で「覇権ではなく共創を」と締めくくった。
――鮮やかすぎるけれど、そういう事じゃないんだよね(怒)。
だって、また壮絶なメディアスクラムだよ。
カメラ、SNS、ビジネスチャット、電話、メール。
GAIALINQフロアは完全に非常事態宣言。
彩羽なんか玲奈とか麻里にしょっちゅう呼び出されお小言。
そしてその都度侑里香にフォローされつつも泣きべそだ。
でもね、本当は彩羽は悪くない。
悪いのは――ダメダメ五井物産広報なんだよね。
この「頼りにならないし、したくもない」ダメダメ五井物産広報部は、見事なくらいにパンクした。
「ちょっと!!!広報の皆さん、スケジュールを早く全部共有してよ!」
「え、あの、ちょっと調整中で……(泣)」
「あなたね、泣いてる場合じゃなくて、調整中とか言っている場合でもなくて、もうGW休暇とかいう都市伝説全部諦めて、GW以降の予定に対処するのよ。
もう直也の予定全部埋まっているんだから。分かっているの?(激怒)」
――もうダメだ。こいつらはいつかFIREするしかない。
結局、私と玲奈と麻里、そして侑里香と彩羽が、事実上直也くんのスケジュール管理を丸ごと引き受ける羽目になった。
「私たち、自分の仕事が全然できないんですけれど……」
「広報に被害額請求しましょうか?」
「もういっそ、独自の広報部を設置した方が早くない?」
「じゃあ “GAIALINQガールズ広報部” 設置する?」
「いや、別に、やりたい事、それじゃないかも……」
そんな不毛なやり取りをしている最中、またもや広報部から連絡が入った。
――そして、地獄の幕が開いたのだ。
「え? VeryVery? あの雑誌の?」
「はい…… “キャリアウーマン特集” として……」
「どんな特集?」
「その…… “同業ライバル美男×美女” という……」
「はああああああああああ!?」
思わずデスクを叩いた。
コレほど殺意が湧いた瞬間もない。
隣の玲奈も麻里も、同時に立ち上がる。
「広報! 何考えてんのよ!?」
「よりによってそのテーマで!?
頭おかしいの?
湧いてるの?
死にたいの?」
広報チーフは青ざめていた。
「じ、じつは……五菱商事側の広報さんからのご連絡でして……既に、向こうが快諾してしまいまして……」
「……向こう?」
「ええ……。
五菱商事側は、住田梨花さんが出る予定で……」
「「「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬ」」」
3人、完全にシンクロした。
「つまり――」玲奈が唇を噛む。
「GAIALINQ COO・一ノ瀬直也 × 五菱商事会長の孫娘・住田梨花」
「“地熱×AIをつなぐ美男×美女対談♡”ってわけね」
「「「……っざけんなああああ!」」」
私たちはGWのお休みを潰された挙げ句のこの仕打ちに、さすがに五井物産広報部のフロアに向かい、猛抗議した。
「ねぇ広報さん! あなたたちの尻拭いしているのに、この企画とか、どういう神経してんの!?」
「こっちのCOOのイメージ戦略どうなると思ってんの!?」
「というか “同業ライバル美男美女” ってタイトルの時点で頭おかしいでしょ!?
分からないの?
もう死にたい?
いいよ。楽にしてあげるよ!」
泣きそうな広報担当が、
「でも……向こうの住田会長が “これも共創の一環です” とおっしゃっていまして……」
「……やっぱり……」
麻里が遠い目をした。
「瑠衣の言う通りだったわ。
あの会長、恐ろしく強か……」
侑里香も会議室のドアを開けて顔を出す。
「反対です!
断固として拒否すべきです!
不合理の極みです!」
「私もそう思う!」
「直也があの令嬢と並ぶなんて……。
全国の女性ファン……というか、先ず私自身が泣くわ!」
だが、当の直也くん本人は、あくまで冷静。
「いや、受けましよう」
「なっ……!?」
「五菱商事さんとは、今後末永く共同でやっていく。
ここで関係をこじらせるのは得策じゃないでしょ?」
「でも、でもっ!」
「RICOもCM出演の年契約を頂いているし、これはメディア露出としては悪くないから、お断りするのは得策でない」
――何その大人な都合の判断。
玲奈が頭を抱え、麻里がため息をついた。
「また出たよ、“理想のCOO” モード」
「ほんと、仕事では隙がないのよねぇ」
「私生活ではガバガバなのにねぇ。……保奈美ちゃんにチクろうかな。
もう大天使力で一気に何もかも滅茶苦茶にしてやろうかしら」
「「「ほんとそれ!」」」
直也くんは苦笑していた。
「頼むから、そういうのメディアの前とかで絶対言わないでくださいね」
「言わないわよ。私たち、プロフェッショナルだもの」
「……さっき広報部のスタッフ泣いていたみたいだけど」
「「「それは広報がプロじゃないからです!」」」
――もう、会話がコントだ。
でも、その笑い声の中に、少しだけ救われる思いもあった。
ここ数週間、直也くんはずっと “何か” を背負っていた。
劉美琳との接触以降、彼の表情にはいつも、見えない重さがあった。
だけど、五菱商事がGAIALINQ ARC規格陣営として参入してから、ようやく、直也くんの顔に光が戻ってきた。
その光を見ていたら――
“梨花さんとの特集は仕方がないかもな” って、ほんの少しだけ、そう思ってしまった。
「ふん、どうせ美男美女って言ってもね、うちのCOOは、仕事が恋人みたいな人なんだから」
そう呟いたら、玲奈が笑った。
「じゃあ、その恋人のマネージャーは私たちね」
「ふふっ……めんどくさい三人マネージャー」
「あっ。私もマネージャーです」
と侑里香。
「もう、どこのアイドルなんだよ」
笑いながら、ふと気づいた。
――GAIALINQって、こういうチームなんだ。
誰かが前に出て、誰かが支えて、誰かが騒いで、それでもちゃんと進んでいく。
窓の外、東京の夕暮れがオレンジに染まる。
ニュース速報のテロップが再び流れる。
《GAIALINQの共創連携、EU圏とASEAN圏が重大な関心を表明》
私は深呼吸した。
――これで、また新しいフェーズが始まる。
「……瑠衣の言う通り、ね」
そう呟きながら、私は笑った。
「強かに、いきましょう。GAIALINQらしく。
いえ、ウチのビジネスモンスターなCOOらしく」




