第41話:スケジュールの確認(鏡侑里香)
夜のオフィスに、サーバーのファン音だけが響いていた。
保奈美ちゃんからの報告を受けたのは21時過ぎ――
「直也さんが “久しぶりに時間を作ってもらえないか” って電話していた」と。
その一文を見た瞬間、私は端末を開いていた。
“久しぶりに” という言葉を使うとき、それはたいてい、新しい何かを動かす前だ。
(……スケジュールを確認しよう)
深夜0時。
秘書室アカウントの監査モードを起動。
スケジュール登録ログを抽出する。
――登録:23:47/登録者:Naoya Ichinose。
4件の新規追加。
そのうち3件は通常の役員・経済関連予定。
問題は最後の一件だった。
【追加予定(23:47登録分)】
1)役員打ち合わせ:社長・常務・IT統括取締役(本多)
→ 翌日午後。
2)経済連定例会合(社長・常務同行)
→ 週中昼。
3)会食予定:加賀谷
→ 週末夜。
4)Private:L.M(Confidential)
→ 翌週木曜夜/場所非公開。
(……L.M?)
システム上は“プライベート”扱い。
しかも登録者は本人。
社内で詳細を確認できるアカウントは限られている。
(明らかに、何かある)
私は即座にNHKチャットを開き、報告文を送信した。
――「直也さんの予定に“L.M”というPrivate扱いの登録がありました。
本人入力。
時間は来週木曜夜。
詳細は非公開。
他3件(役員会・経済連・加賀谷会食)は通常業務と推定します。」
数秒後、既読が並ぶ。
『L.M?誰?』(麻里)
『プライベート表記って珍しいわね』(玲奈)
『一旦 “赤” でマーク。時期が近づいたら介入検討しましょう』(亜紀)
私は返信した。
――「了解。引き続きモニタリングします。」
※※※
翌日。
GAIALINQプロジェクト定例ミーティング。
会議室には、いつもと変わらない空気が流れていた。
資料をめくる音、AI稼働音、報告の声。
麻里さんの冷却ループ最適化報告。
亜紀さんの政策関連進捗。
玲奈さんの渉外に関する進捗報告とリスク確認。
どれも順調で、問題はない。
直也さんは落ち着いた様子で全体を見ていた。
発言は必要最低限。
視線を巡らせながら、チームの動きを静かに見ている。
その一瞬――
彼がふと、わずかに笑った。
柔らかく、穏やかで、どこか距離を置くような俯瞰した微笑。
理由は分からなかった。
ただ、その笑みが、なぜか気になった。
そして玲奈さんも私同様にそれを見ていた。
その後玲奈さんは、すごく硬い表情になっていた。
※※※
その夜、再び予定表を開いた。
昨日の「L.M」はそのまま。
ただ、新しい予定が一件追加されていた。
【追加予定】
・会食予定:角田(週末夕方)
(角田……?)
名前だけ。
部署もタグもなし。
“共有済み” 扱い。Privateではない。
GAIALINQにも五井物産にも、同姓は複数いる。
特に珍しい名字でもない。
私は少し迷ったが、報告を上げた。
――「新規予定 “角田” を確認。今週末夕方。詳細なし。
赤ではないですが、念のため報告します。」
数秒後、麻里から返信が届いた。
『角田……一人だけ東都大の同じサークルにいた人なら知っているわ。
直也と仲良かった。
たしか今、警察庁のキャリアになってるはず』
警察庁――その単語が、画面の中で静かに光った。
『警察庁?』(玲奈)
『……とはいえ、学生時代の友人なら普通に会うでしょ』(亜紀)
『そうね。業務でもないし、今週は様子見でいいと思う』(麻里)
私は短く返信した。
――「了解。現時点では介入見送ります。」
画面を閉じる。
会議の録音データが自動で整理される音が、静かに流れる。
AIのステータスランプは、安定した青。
GAIALINQの夜は、何事もなく流れていく。
けれど、心の奥で――
“角田” という二文字だけが、静かに引っかかっていた。
理由は分からない。
でも、そのまま、記録に残した。




