第40話:小さな違和感(一ノ瀬保奈美)
夕方、家に帰って制服を脱いだあと、
机の上にスマホを置くと――通知が来ていた。
昨日麻里さんから相談された件に違いない。
グループ名は、見慣れないアルファベット。
「NHK」
(……え、なにこれ?)
開いてみると、メンバーは見覚えのある名前ばかり。
新堂亜紀さん、宮本玲奈さん、神宮寺麻里さん、鏡侑里香さん、そして――谷川莉子さん。
(莉子さんも一緒なんだ……)
メッセージ欄には、「よろしく」「助け合いましょう」「心配な予定があったら即報告」など、どこか緊迫感のある言葉が並んでいた。
(……でも、“NHK”ってどういう意味?)
直也さんに関係するグループなのは間違いない。
だとしたら――Nは “Naoya” だとしても、HとKは?
私は数秒考えたあと、ふとイヤな想像が浮かんだ。
(もしかして…… “直也さんハーレム協会” とか……?)
うわぁ、それはマズい。
しかも「サポートグループです」とか言いながら実態が “ハーレム協会” だったら、それはむしろ絶対に許せない。
SNSにでも流出したら完全に炎上案件になってしまう。
第一、直也さんはそんな人ではない。
……確かにモテすぎるのは問題だけれど。
(いやいや、さすがに違うよね……でも、一応確認しておこう)
私はそっと、もうひとつの女子専用チャット「GAIALINQガールズ(仮)」にメッセージを送った。
――「あの……NHKってなんの略ですか?
もしかして “直也ハーレム協会” とかだったら、ちょっとイヤです……。」
送信。
数秒後、既読マークが一斉に並んだ。
そして――爆笑のスタンプが一斉に飛んできた。
『ちょっと保奈美ちゃん!発想が天才すぎるwww』(亜紀)
『“直也ハーレム協会”って!お義兄さまに対してなんというひどい言いがかりをwww』(玲奈)
『その略し方は抜群のセンスで、最悪の形でディスっているわねwww』(麻里)
(あ、完全に笑われてる……)
スマホを握りながら、頬が熱くなる。
『正式名称はね、“Naoya Health Knowledge”。』(玲奈)
『直也さんの健康と予定を、みんなで見守る体制のことよ。』(麻里)
『つまり、“直也サポートのネットワーク”ってこと。』(亜紀)
(なるほど……そういう意味のNHKだったんだ)
私は小さく息を吐いた。
そして、ちょっとだけ笑って短く返信した。
――「分かりました。協力します。
とりあえず気になることがあったら共有しますね」
またスタンプの嵐。
笑いと安心が混じったような温かい空気が、スマホ越しに伝わってきた。
※※※
その翌日の夜。
夕食を終えて、私は食器を片付けていた。
リビングでは、直也さんがノートPCを開いて仕事をしている。
いつもなら静かにコーヒーを飲みながら、資料をめくっている時間。
けれど今日は――少し違った。
直也さんの横顔が、妙に厳しかった。
目線は画面ではなく、何か遠くを見るように止まっている。
そのまま、直也さんはゆっくりとスマホを取り上げた。
画面をスクロールし、しばらく考え込む。
そして、発信音。
「……ずいぶんご無沙汰だが、久しぶりに時間を作ってもらえないか」
低い声だった。
ビジネスモードの時とは違う、もっと静かな緊張を含んでいた。
(誰に……電話してるんだろう)
数分後、電話を切ると、直也さんはゆっくりと息を吐いた。
表情はいつもの優しいお義兄さんに戻っていたけれど、
その一瞬の“影”がどうしても忘れられなかった。
私はキッチンの手拭きで手を拭きながら、スマホを開いた。
NHKのチャットを開き、メッセージを打つ。
――「今、直也さんが “久しぶりに時間を作ってもらえないか” って電話してました。
なんか、声がいつもの優しい感じと違いました」
すぐに返信が来た。
『了解です(赤)』(侑里香)
『誰と?分かる?』(玲奈)
『分からないです。ただ、いつもと違う厳しい表情でした……』(私)
『 “いつもと違う” っていうのが一番危ないのよね』(亜紀)
『今夜はしばらくモニタリング継続。保奈美ちゃん、ありがとう』(麻里)
私はスマホを見つめながら、小さく頷いた。
(――これが、“守る”ってことなんだ)
直也さんがどこに行こうとしているのかは、まだ分からない。
でも、あの人の “危険の匂い” だけは、もう間違えない。
テーブルの上に並ぶ、二つのコーヒーカップ。
片方は空、もう片方はまだ温かい。
私はその湯気を見つめながら、そっと呟いた。
「……NHK、発動ね」
通知音がひとつ、静かに鳴った。




