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第31話:再生エネルギーの墓場(宮本玲奈)

 デスクの上には、風力発電関連の資料が広がっていた。


 国交省、経産省、環境省、そしてNEDOの過去プロジェクト資料。

 洋上風力――それは、太陽光バブルの次にやってくる「再エネの墓場」だと私は見ていた。


 立地、風況、海底ケーブル、メンテナンスコスト。

 どの要素を取っても、机上の夢と現実の乖離が大きい。

 しかも、五菱商事の件を聞く限り、もう資金繰りは限界だろう。

 “撤退の正当化” をGAIALINQに押しつけようとしている――そう見て間違いない。


 私は早速洋上風力発電の問題点を整理した。


1)経済性(採算性)の問題

初期投資コストが極めて高い

海上に基礎を築くための建設費(基礎杭・海底ケーブル等)が陸上の2〜3倍。

浮体式(浮かせて係留する方式)はさらに高コスト(固定式の1.5〜2倍)。


メンテナンス費も高額

塩害・潮風・高湿環境でタービン部品が劣化しやすく、定期整備コストが膨大。

海上での作業は天候制約を受けやすく、陸上のように容易に修理できない。


送電コスト

陸上までの送電ケーブル設置・保守が高額。

既存の系統(電力網)に接続するための調整が複雑。


⇒結果として、国の補助金がなければ採算が取れない構造。


2)環境・漁業への影響

漁業権との衝突

海上設置区域が漁業活動の妨げになる。

海底工事・騒音・電磁波が漁場環境に影響を与える懸念。


海洋生態系への影響

騒音や振動が魚介類や海鳥の生息環境を変える。

海底地形・潮流変化による生態系の局所変動。


景観問題

沿岸部から視認できる距離に建設されると景観破壊との批判。

観光地や文化財近隣では特に反対運動が強い。


3)技術的・気象的リスク

台風・高波・雷など自然災害リスク

日本は台風常襲国であり、欧州(北海など)とは条件が異なる。

高波・塩害・落雷でタービン損傷リスクが高い。


施工技術・サプライチェーンの未成熟

国内で洋上風力専用の建設船・大型起重機が不足。

ケーブル・基礎部材なども輸入依存で、為替変動や物流遅延の影響を受けやすい。


4)法制度・行政の遅れ

海域利用の調整の難しさ

「港湾区域」「漁業区域」「防衛区域」など関係省庁が多く、許認可が煩雑。


自治体との調整

漁業者・観光業者・地元議員・県庁・環境省・経産省…関係者が多すぎる。

反対運動や地元調整で数年遅延するケースも多い。


送電系統の制約

再エネ接続を優先する仕組みがまだ整っておらず、発電しても送れない“出力制御”問題が発生。


5)政治・社会構造的な問題

補助金・利権構造

入札制度をめぐる政治的圧力や特定企業の優遇。

「環境」を名目にした天下り・談合体質。


“脱炭素” の名を借りた過剰な国策化

実際の技術・市場成熟度を超えた政治主導プロジェクトが乱立。

「国策だから止められない」→「誰も責任を取らない」構図。


(問題がこんなに多すぎるのに……ほんと、くだらない連中)


 整理しながら、小さく息を吐く。

 どうしてもムカムカと怒りが湧いてしまう。

 政治、業界、そして環境ビジネスの利権構造。

 全部分かっている。

 でも、知っているからこそ、やりきれない。


 そんなときだった。


 私の個室のドアが軽くノックされ、顔を上げると直也が立っていた。


「玲奈、少し時間あるか?」


「ええ、資料整理してるだけ」


「一緒に、環境省に来てくれ。――遥さんのところだ」


 一瞬、心臓が止まった。


(……出たー……その名前)


 頭の中で、ぐるぐると複雑な感情が渦巻いた。

 柊遥さん。環境省・地球環境局のエース官僚。

 通称『凍結遥』。

 美人で有能。

 そして――明らかに、直也のことが“好き”。

 というか、自分自身でそう公言しているからね。


 以前の環境省との会議のときも、彼女の一瞬の表情は見逃さなかった。

 まるで仕事の打ち合わせをしていながら、あの視線だけは完全に“女”だった。


(……なんでよりによって、あの人に頼むのよ)


 思わず口に出しそうになったが、飲み込んだ。

 直也はいつもの穏やかな表情で続けた。


「経産省は、本流は困惑しているだろうが、正直頼りになるかは疑問だ。

 でも環境省は、逆に “地熱” を政策パッケージに組み込む動きを加速させようとしてくれている。

 GAIALINQはその文脈でも重要になる。

 だから、彼女と状況を擦り合わせておいて、併せて可能な限り情報をもらった方がいい」


 ロジックとしては、完璧だった。

 ロジックとしては――。


「……まぁ、確かに。

 経産省がどう動くか分からない以上、環境省を味方にできるなら悪くはないわね」


 そう言いながら、私はノートPCを閉じた。

 ただし、内心は穏やかじゃない。


 直也のそういう “人たらし” 的な交渉能力は、GAIALINQにとって確かに武器だ。

 でも、その分、直也と接した女性が惹かれてしまうのも事実。

 それを理屈では理解していても、感情が納得しない。


(……これだからイヤなのよ。

 ビジネスとプライベートの境界が直也は曖昧すぎる)


 私は立ち上がり、手帳とタブレットをバッグに入れた。


「分かったわ。

 行きましょう。

 でも、あの人がまた “ややこしい空気” 出してきたら、私、止めるからね」


 直也が苦笑した。

「うん、それは……まぁ、任せる」


 あの “まぁ” の中に、どれだけの含みがあることか……。

 私はため息をつき、コートを羽織った。


 タクシーの窓の外、霞が関のビル群が近づいていく。

 夕暮れの空が、金と灰のグラデーションで滲んでいた。


 信号待ちの間、私はちらりと直也を見た。

 彼は相変わらず静かで、思考の中に沈んでいる。

 この人は、いつだって前だけを見ている。

 恋とか嫉妬とか、そういうことに本気で気づかない。


(……まったく。

 本当にそういうとこだよ)


 でも――その “鈍感さ” が、GAIALINQを支えている。

 誰の感情にも流されず、理念のために動ける人。

 だからこそ、危ういほどに真っ直ぐで。

 だからこそ、好きになってしまう。


 タクシーが止まり、運転手が静かに告げた。

「環境省庁舎前でございます」


 ビルの入口に降り立った瞬間、風が頬を撫でた。

 その冷たさの中に、胸の奥の小さなざらつきがまだ残っていた。


(……仕事。

 これは、ただの仕事なの)


 そう言い聞かせて、私は歩き出した。


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