第30話:新人の育成(新堂亜紀)
――やっぱり来たか、という感じだった。
「洋上風力発電」なんて言葉を聞いた瞬間、私はほとんど反射的に口をついて出ていた。
「メガソーラーの風力版リターンマッチね」
玲奈が腕を組んで、頷きながら小さく鼻で笑う。
でもその笑いには内に潜む大きな怒りが混じっている。
「本当にダニみたいな連中ね。
“環境” って言葉を便利に使って、金の匂いしかしない」
ああ、まったくだ。
再生可能エネルギー――聞こえは綺麗だが、
その裏には補助金と政治が絡みつく。
“理念” が腐る構図を、私はもう何度も見てきた。
でも、今回の腹立たしさは少し違う。
GAIALINQというプロジェクトを――
そして、直也くんを “利用しようとしている” という点が、どうしても許せなかった。
(……よくもまぁ、そんな寄生虫みたいな真似を考えるものね)
私の中では、怒りというより、
冷えた決意に近い感情が静かに広がっていた。
※※※
「今後のプロジェクトの進捗管理について――」
直也くんの声が、会議室に静かに響いた。
「場合によっては、新人メンバー――侑里香を含めて七人にカバーしてもらう場面が増えるかもしれない。
それに備えて、準備を進めておいて欲しいというのが今回のテーマ。
亜紀、玲奈、麻里。
君たちの役割を、部分的でもいい。彼らが担えるように即戦力化を急いで欲しい。
そして、その全体状況――例えばどこまで任せられそうか、どこから先は亜紀、玲奈、麻里でなければ無理そうか――その見通しを侑里香と一緒に整理して欲しい」
一瞬、空気が止まった。
私も、玲奈も、麻里も――それぞれに驚いた顔をしていたと思う。
「……それは、さすがに厳しいのでは?」
最初に口を開いたのは玲奈だった。
「いくらなんでも新人だし、まだ現場経験ほとんどないでしょ?
個別の専門分野に関する知識はあっても、商社間交渉や政府対応なんて未知数よ」
直也くんは小さく頷いた。
「それは分かってる。でも、いずれ必要になる。
オレや亜紀、玲奈、麻里が全部自分たちで抱え込んでいるようではGAIALINQはもたない。
そして今の状況を考えると、何が起きても最低限 “二重系統” で動ける体制をできるだけ早く作っておく必要がある」
まるで、嵐の前に静かに防波堤を築くような声だった。
言葉のひとつひとつが冷静で、
でもその裏にある緊張感を、私は痛いほど感じ取っていた。
「既存のベテランメンバーに部分部分で任せるというのは?」
麻里がそこで口を挟んだ。
「いや、むしろ実務的に既に動いていて余裕がない。
慎一さんや直美さんにSPVでの仕事を全て投げれば、むしろ日本JVの進捗が滞る事になる。
マイクたちも同様だ。
日米のJVコアメンバーは、それぞれが直面している現場で欠かすことが出来ない。
そして本社の中堅メンバーも抱えている実務に忙しいし、正直言えば彼らは定期異動までの腰掛け意識が強い」
GAIALINQプロジェクトが大規模になればなるほど、結局人の問題はついて回る。
五井物産は人材の宝庫と思われがちだが、現実はこんなもの。
特にベテラン社員は自分よりずっと年下である直也くんがプロジェクトのTOPであるという事がどうしても感情的には飲み込めないというケースが未だに多いのも事実だ。
そういう意味では、新人には人気筆頭のGAIALINQプロジェクトだが、定常的に要求されるハードワークもあって、ベテランの、特に元々資源セクション中心にキャリア形成していたメンバーは、確かに次の異動までの腰掛け意識が無いと言えばウソになる。
――だからこそ、今度の新人はGAIALINQの中核に育てなければならない。
「……でも、即戦力化って言っても、どこまで任せるの?」
玲奈が続ける。
「オレは新人のときには、もうグリゴラへの投資案件や、DeepFuture AIのイーサン・クラークとやり合ったりしていたけどな」
その瞬間、玲奈があきれたように笑った。
「いやいや、それは直也だからでしょ。
普通はそんな訳にいかないってば。
私でもムリ」
私は思わず口元を緩めた。
「直也くんが稀有なほど優秀だったのは言わずもがなだけど。
――直也くんの元チューターが優秀だったからよね?
ねー直也くん♡」
軽口のように言ったが、そこにはほんの少しだけ誇りが混じっていた。
玲奈がこちらを見て、ニヤリと笑う。
「まぁ、確かに。
亜紀さんがチューターならば、誰でも多少は賢くなるかもね」
麻里が苦笑しながらメモを取りつつ呟く。
「でも確かに、今年の新人は粒ぞろいなのは間違いない。
アクア、真帆、巧……それぞれ専門が違う点が気になるけれど……。
でも侑里香が加わったことで、直也を補完できる指揮者役をつけられそう」
直也は頷いた。
「そう。GAIALINQはただの“プロジェクト”ではなく、“オーケストラ”でなければならない。
新人の個性的で優秀なメンバーがきちんとオーケストレーションする必要がある」
(……ほんと、この人は)
私は心の中で小さく笑った。
どんな困難が来ても、この人は怯まない。
それどころか、ちゃんと先に備えている。
(だから、“私の直也くん” が負ける訳がない)
信じているというより、確信に近い。
この人は、どんな圧力にも飲まれない。
ただ、心配なのは――その代償を、いつも自己犠牲で支払おうとしまうところ。
でも、今回は違う。
私たちがいる。
そして優秀な超選抜の新人メンバーが加わったのは事実。
戦う力を、少しずつ分けて、試練を機会に変えて、育てていけばいい。
「――了解。
じゃあ私が新人7人の育成計画、まず叩き台作るわ」
そう言って立ち上がると、直也が穏やかに笑った。
「頼みます。亜紀チューター」
「もう……やめて。それ」
思わず吹き出した。
だけど、笑いながら思っていた。
(どんな火の粉が飛んできても、
このチームなら――きっと守り抜ける)
「じゃあ、侑里香。
早速手伝ってもらうわよ」
「もちろんです!」
侑里香はすっかりチームの一員になった。
この子は直也くんという偉大なマエストロが不在の際には、切り札的な下振り・代振りになるのだ。
そう育てなければならない。
会議室の外では、春の光がゆっくりと傾きはじめていた。
新しい戦いの幕開けを告げるように。




