第21話:カフェテラスの一時(谷川莉子)
――あれは、もう反則だった。
旧帝国ホテルの前。
真っ白なドレスの保奈美ちゃんと、白いタキシードの直也くん。
観光客の拍手が起きたとき、私はただ立ち尽くしていた。
確かに綺麗だった。
でも、あれを “家族写真” で片づけられる人なんて、絶対にいない。
(……お姫様だっこで、撮影の瞬間に頬にキスって、それはないよ)
心の中で、ため息。
怒るでも、妬むでもない。
むしろ、反省文を小一時間書かせたい気分だった。
悪気がない分、始末が悪い。
けれど、あの笑顔を見たら何も言えなくなる
――そこが一ノ瀬保奈美の怖いところ。
※※※
今でこそ、こうしてGAIALINQのみんなと笑って動けるようになったけれど、
最初の頃、私は完全に浮いていた。
――亜紀さん、玲奈さん、麻里さん。
それぞれ仕事の世界で鍛え抜かれたプロ。
論理の組み立ても、判断の速さも、私とは次元が違った。
私はアーティスト。
最初はYoutuberとして活動をスタートした人間だ。
直也くんのおかげでプロとしてやっていける基盤を作ってもらえた。
でもいつも大切にしているのは自分自身の手触りの感性や感覚だ。
だから最初のうちは、みんなのやり方が少し冷たく見えた。
でも、盛岡での地域首長会議。
加納屋の宴会場で彼女たちが地元住民の人たちと一体になっている姿を見て、印象が大きく変わった。
彼女たちは、ロジックで戦っているんじゃない。
ロジックを必要に応じて有効活用して、直也くんのビジョンを実現しようと戦っている。
その瞬間に、「この人たちとはちゃんと向き合わなければならならい」と思った。
松尾鉱山住居跡地付近の野原をエコフェス会場と定めた時。
そこで私が自分の感覚を信じて “ありあまる富” を歌ってみた時。
みんなも音楽の力を認めてくれたと思う。
それから自然と距離が縮まった。
意見がぶつかることはあっても、芯の部分では通じてる。
―― “同士” って、たぶんこういう関係を言う。
※※※
保奈美ちゃんは、そのどれにも当てはまらない。
仲良く?
それはもう絶対に無理。
だってそもそも私から直也くんを奪っていったのは保奈美ちゃんの方だもん。
ずっと私は直也くんの幼馴染として家庭での彼のそばに居られたのに、それを今では保奈美ちゃんが独占しているのだから。
もうチートだよ。
でも、嫌いにもなれない。
だって、最初に “私” を認めてくれたのは彼女だったから。
『……あの時、あのカラオケ対決で。
これまで莉子さんが積み上げてきたものが損なわれるかもしれなかったのに。
それでも直也さんのために、助けに来てくれたんです』
――あの一言。
あれで私は救われた。
だから、あの子の無茶も、どこか憎めない。
※※※
そして、鏡侑里香。
最初に会ったときの印象は、ただ一つ。
――「何この人」――
言葉の切り方も、目線の動きも、完璧すぎて温度がない。
ロジックで空気を管理してるようなタイプ。
……正直、すぐに苦手だと思った。
でも、今日見てて気づいた。
直也くんは、そういう人を “変えよう” とはしない。
否定も押しつけもなく、ただそばに置く。
気づけば、侑里香さんがジャンケンの進行を仕切って、
みんなと一緒に笑っていた。
あれを見て思った。
(……直也くんって、“言葉” ではなくて、“自分の生き方” や、“自分の背中” を見せることで、自然に秩序を作ってしまうんだ)
命令じゃなく、温度。
支配じゃなく、信頼。
彼のまわりでは、みんなが勝手に “自分の最適な位置” を見つけていく。
それって、たぶんすごく特別なこと。
“カリスマ的” ってこういうことを言うんだと思った。
※※※
それにしても――。
(ウェディングフォトとキスは、やっぱり反則だよね)
私は明治村のカフェのテラス席で、
ストローをくわえて写真を見てる保奈美ちゃんを横目で見ながら思った。
玲奈さんが「週刊誌だったら見出し “GAIALINQの天使、禁断の瞬間” だね」と笑い、
麻里さんが苦笑し、亜紀さんは「まぁ、直也くんが止めなかったんだから仕方ないわ」と肩をすくめる。
まぁそもそもジャンケンは全員が参加した一発勝負だったのだから、そこで文句を言っても仕方がないけれどね。
そして、テーブルの端でコーヒーを飲む侑里香さん。
少しだけ表情が柔らかい。
それを見て、私は小さく笑った。
(……うん。これがGAIALINQだ)
それぞれが違って、全部が噛み合ってる。
ロジックも感情も、どっちも正しい。
たぶん、直也くんが作ってるのは “チーム” というより、それぞれが最適な楽器を見つけた後の “ハーモニー” なんだ。
春の風が吹く。
桜の花びらがひとひら、私の膝に落ちた。
(でもね、保奈美ちゃん。本物のウエディングをかけたジャンケンは絶対私が勝つから)
私は指先でその花びらをつまみ、
ひとりごとのように、そっと笑った。




