第16話:ウェディングフォト勝負(神宮寺麻里)
明治村の五丁目。
青空の下、旧帝国ホテルの中央玄関が現れた瞬間、全員が思わず息をのんだ。
フランク・ロイド・ライトの異国的な意匠、重厚な石組み、そして春の光を反射する緑青の屋根。
まるで “時代が保存された一枚の絵” の中に入り込んだようだった。
「……すごい」
保奈美ちゃんが感嘆の声を漏らす。
「これが、あの帝国ホテルの玄関だったなんて信じられないわね」
玲奈がスマホカメラを構えながら呟く。
そしてその瞬間――案内板の前で、スタッフのお姉さんの声が響いた。
「本日限定で、ウェディングアニバーサリーフォトプランが1万円です〜!」
……その言葉に、全員が固まった。
沈黙のあと、空気が一気にピリッと張り詰める。
「……ウェディング、フォト……だと?」
玲奈が震える声で復唱する。
誰もが口には出さないが、“直也と一緒に撮影” という絵面が頭をよぎったのだ。
「ちょ、ちょっと待って。
これ、どうする?」
私がつぶやくより早く――。
「私がジャンケンで勝っているので――」
鏡侑里香が口を開きかけた。
まるで当然のような落ち着いた口調で。
(……やっぱり、来たわね)
その刹那、亜紀がすばやく前に出た。
「こ、ここは……べ、別途ジャンケンでしょ!」
声が少し上ずっている。
「そ、そうそう! これは別カウントだよね。
ルール的にも仕切りは大切だからね!」
玲奈も慌てて便乗。
瞬時の防衛連携。
さすがGAIALINQ幹部チーム、危機察知能力は世界トップクラス。
「別途ジャンケン……ですか」
侑里香がゆっくりと問い返す。
その表情は平静を装っていたけれど、わずかに頬の筋肉が動いた。
つまり―― “受けて立つ” ということだ。
そして、第二次・明治村ジャンケン戦争が始まった。
風が少し強くなり、桜の花びらが舞う。
旧帝国ホテル前の石段に、袴姿の女たちが円状に並び、真剣な顔で手を構える。
通りがかりの観光客が小声で「なにこれ、撮影?」と囁いたが、もう誰にも止められなかった。
「いい? 今回の勝者は、“ウェディングフォトに参加できる唯一の人物” !」
玲奈がルールを最終確認。
「行くわよ――ジャン・ケン・ポン!」
その瞬間――。
勝ったのは、保奈美ちゃんだった。
「や、やったぁぁぁ!」
満開の桜の下で、彼女が両手を上げて笑う。
その笑顔があまりに眩しくて、一瞬、誰も言葉を失った。
「……こ、これは反則です!
これは禁則事項に該当しますよ!」
玲奈が叫ぶ。
けれど、直也は苦笑していた。
「ジャンケンで決まったことなら、もう仕方ないんじゃないか」
沈黙の中で、侑里香が一歩前に出た。
真っすぐ保奈美ちゃんを見て、静かに言った。
「……はい。ルールはルールです。
ジャンケンで勝った以上は、保奈美さんの権利です」
その一言に、みんなの視線が一斉に集まった。
あの鏡侑里香が、“敗北を認める” 瞬間。
それは、誰も想像していなかった光景だった。
「侑里香さん……ありがとうございます!」
保奈美ちゃんが満面の笑顔で頭を下げた。
その笑顔があまりに自然で、そしてまっすぐで――。
見ているこちらが、なぜか胸の奥を掴まれるような感覚に襲われた。
あの完璧主義の秘書が、わずかに頬を赤らめて目を逸らす。
その小さな変化を、私たちは誰もが確かに見た。
「じゃあ、着替えてきます!」
保奈美ちゃんが駆け出していく。
――そして十数分後。
控室の扉が開いた瞬間、私たちは全員、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、
まるで絵本の中から抜け出してきたような二人だった。
保奈美ちゃんは、純白のウェディングドレス姿。
肩から流れるヴェールが、春の光を受けて淡く透けている。
胸元には繊細なレース、腰のリボンがふわりと揺れ、
光沢のあるサテンが、風に合わせてほんの少し動くたび、
白という色が、まるで “生きている” ように見えた。
髪はハーフアップで、自然な巻き髪が肩にかかる。
その中に小さな白い花が散らされていて、
どこか大人びているのに、まだ少女のあどけなさも残っていた。
――そして隣に立つのは、白いタキシード姿の直也。
黒の伊達メガネを外し、
やや後ろに撫でつけた髪型に、控えめなシルバーのタイ。
普段は知的で少し冷たく見える表情が、
今日ばかりは柔らかく、穏やかに光っていた。
「……うそ、でしょ」
玲奈が小さく呟く。
「いや、これは……反則級」
亜紀が目を丸くする。
「完全に…… “雑誌の表紙” そのものね」
莉子が息を呑んだまま笑う。
そして、侑里香――。
彼女もまた、何も言えずに立ち尽くしていた。
その完璧な姿勢のまま、ただ一点、保奈美ちゃんを見つめている。
(……まいったわね)
私は心の中で、そっと呟いた。
職業的な洗練とか、見た目の完成度とか、そういう次元じゃない。
彼女は “愛される姿” そのものになっていた。
それは天性というより、運命的。
――そう、まるで “この瞬間のために生まれてきた” ような。
周囲の観光客たちも、足を止めていた。
中年夫婦が「まぁ、素敵……!」と声を上げ、
小さな女の子が「シンデレラみたい!」と拍手している。
誰もが、その光景を見ずにはいられなかった。
「……これが、ジャンケンの結果か」
玲奈がぼそっと呟いた。
その言葉に、みんなが同時に小さく笑う。
笑いながらも、胸のどこかが少し締めつけられるような感覚。
カメラマンのスタッフが、二人を中央玄関の階段へと導く。
旧帝国ホテルの重厚な石壁を背に、
白と白が、春の光の中で重なった。
風が吹いた。
保奈美ちゃんのヴェールがふわりと舞い、
その瞬間、直也が自然に手を伸ばしてそれを押さえた。
――まるで、それが最初から決められていたかのように。
シャッター音が響いた。
カメラのファインダー越しに、
誰もが息を呑むほど美しい光景がそこにあった。
彼らはまだ、“義兄妹” という関係でしかない。
けれど、誰が見ても――そうは見えなかった。
桜の花びらが風に乗り、白い光の粒が空に舞う。
この瞬間だけは、誰もが認めざるを得なかった。
――ジャンケンの神様は、残酷なくらいに公平だ。




