第15話:ランチメニュー戦術論(宮本玲奈)
明治村の正門をくぐった瞬間、空気まで少し変わったように思う。
風がやわらかく、時間までゆっくり流れているように感じた。
まるで、映画のセットに入り込んだみたいだ。
そして、最初のイベントは――まさかの “第2回ジャンケン対決” だった。
「では、今回は “明治村で直也さんの隣を歩く権” をかけて!」
保奈美ちゃんが張り切っている。
いや、ほんとに保奈美ちゃん。
ジャンケンで人生を決めてくタイプだね……。
全員が手を構えたその瞬間――。
「ジャン・ケン・ポン!」
ぱんっ、と音が響く。
結果は――まさかの侑里香勝利。
「……やりました」
いつもの冷静なトーンで、小さくガッツポーズ。
「ぐぬぬぬ……」
私と亜紀さん、麻里、完全に同時に呻いた。
「まさか、ここで勝ってくるとは……」
「彼女、ジャンケンまでロジカルに戦ってるの?」
「勝率計算してるんじゃない?」
私がぼそっと言うと、麻里が肩をすくめた。
その横で、保奈美ちゃんが少し頬をふくらませていた。
「うぅ〜……また負けた……」
「まあまあ、今日は長いんだし、次があるわよ」
私は笑って、軽く背中を叩いた。
そして、次の目的地は――ハイカラ衣装館。
安田銀行会津支店の建物の中にある、レンタル衣装のフロア。
「え? 着替えるの?」
麻里が聞くと、保奈美ちゃんが元気よく答えた。
「はいっ!
私と直也さん、せっかくなので明治の服装で写真撮ります!」
その勢いのまま、更衣室へ。
数分後――出てきた保奈美ちゃんを見て、全員の口が一瞬止まった。
「……う、うそでしょ」
思わず声が出た。
髪は前髪は自然に残して、あとは高めの位置でまとめられたポニーテール。
白地に藍の袴姿。
リボンの結び目が春風に揺れて、まるで少女マンガ『はいからさんが通る』のヒロインのようだった。
「どうですか?」
くるりと回るその姿に、私の語彙力が吹き飛ぶ。
「う〜む。
これは…… “国宝級” だね」
麻里が感嘆混じりに言った。
その隣で、直也が出てくる。
黒の詰襟風のスーツに、丸メガネ。
伊達メガネなのに、妙に似合いすぎて笑いが起きた。
「ちょ、ちょっと待って、それはズルい!
完全に “文明開化の父” じゃん!」
私が笑うと、亜紀も続けた。
「いや、“明治のインテリ旦那様” ね。これは反則」
保奈美ちゃんが照れながらも嬉しそうに隣に並ぶ。
すると――そこに静かに声が入った。
「……では、私も着替えます」
侑里香だった。
「えっ?」
驚く私たちをよそに、彼女は迷いなく更衣室へ。
数分後、出てきた姿を見て、全員が再び息を呑んだ。
淡いグレーの袴に、深緑の羽織。
髪はいつものまとめ髪をほどき、低い位置で結っている。
知的で、どこか儚げ―― “大正ロマン” のポスターそのものだった。
「……いや、これズルくない?」
私が笑いながら言うと、莉子がすかさず反応。
「じゃあ、私も着る!」
「おいおい……」
結局、全員が着替える流れになった。
「打倒・保奈美ちゃん、だね」
私がポニーテールを結びながら言うと、
鏡越しに亜紀さんが笑って髪を結び上げた。
「まったく……どこに行っても主役をかっさらうんだから」
麻里は落ち着いたえんじ色の袴、
莉子は桜模様の可愛い小袖。
全員が揃うと、まるで時代劇のポスター撮影だった。
「これ、GAIALINQの採用パンフに使えるんじゃない?」
私が冗談を言うと、直也が苦笑した。
「いや、それはコンプライアンス的に流石に無理だろう」
笑いが広がる。
そのまま、全員で五丁目の浪漫亭を目指して歩き出した。
※※※
五丁目の浪漫亭。
まるで時間が止まったような、古き洋館のレストラン。
ステンドグラス越しに春の光が差し込み、木の床がきゅっと鳴った。
テーブルクロスも食器も、どこか懐かしい。
制服姿のスタッフが、丁寧にメニューを差し出した。
「わぁ、全部おいしそう……!」
保奈美ちゃんが目を輝かせる。
オムライス、ハヤシライス、カレーライス――。
どれも昭和の洋食の香りがする。
「私は “昔ながらのオムライス” にしようっと」
私は即決。
ふわとろ派ではなく、こういうクラシック系が好き。
「私は “デミグラスのオムライス” にしようかな」
亜紀が迷いなく続く。
「じゃあ私は “海老フライ乗せオムライス” !」
麻里が笑いながら指差した。
なんだこの “オムライス会議” 。
そんな中、直也は静かにメニューを閉じた。
「俺はハヤシライスにする」
「え、そこでオムライス選ばないの?」
つい笑ってしまった。
「いや、なんとなく……洋食屋のハヤシライスって惹かれるんだよ」
「わかるけど……いや、そこは空気読もうよCOO!」
「仕事じゃないんだからいいだろ」
そのやり取りでテーブルが笑いに包まれた。
すると、横から静かな声。
「……私も、それにします」
侑里香が言った。
「え?」
全員が一瞬、目を瞬いた。
彼女はメニューを閉じて、真面目な顔で言う。
「同じものを頼んでおいた方が、COOの味の傾向を把握しやすいので」
「いやいや、侑里香」
直也が苦笑した。
「そんなの気にしないで、好きなものを食べなよ」
「……はい」
それでも、結局ハヤシライスにしてしまった。
こういうところが、いかにも鏡侑里香らしい。
やがてテーブルに料理が運ばれてくる。
オムライスの黄色が陽光を受けてまぶしい。
ケチャップの赤、デミソースの茶、香ばしい香り。
春の昼下がり、明治村の静けさと洋食の匂いが溶け合っていた。
「いただきまーす」
保奈美ちゃんが嬉しそうにフォークを手に取る。
一口食べて、ぱっと笑顔になる。
「美味しいっ! 卵がふわふわです!」
「そりゃそうでしょ。老舗だもの」
麻里が満足そうに頷いた。
そのときだった。
保奈美ちゃんがふと、すぐ横の直也に視線を向ける。
「オムライスも美味しいですよ。
はい、直也さん。
あーん」
……きた。
まさかの “ランチタイム精神攻撃” 。
「いいよ、いいよ、
自分で食べなさい」
直也が照れながら軽く手を振る。
「でも、美味しいんですよ?
ね、ちょっとだけ」
保奈美ちゃんがスプーンを差し出す。
その姿があまりに自然で、まるで家族のようで――いや、危険すぎる。
「……ほんと、仕方がないなぁ……」
直也が小さくため息をつき、観念したように口を開けた。
そして、ひと口。
「……うん、確かに美味いな」
「でしょ!」
保奈美ちゃんが満面の笑みを浮かべた。
その瞬間――。
隣の侑里香のスプーンが、ぴたりと止まった。
私は見逃さなかった。
“直也と同じハヤシライスを選んだ者には、この攻撃権が発生しない” という、
完全な戦術的敗北。
侑里香のまぶたが一瞬だけ動く。
そのわずかな揺らぎを、私は心の中でほくそ笑んだ。
(……やっぱり、戦術ミスね、侑里香)
亜紀と麻里も気づいたらしく、視線を交わして小さく笑う。
莉子はオムライスを食べながら、ぼそっと言った。
「保奈美ちゃんの方が上手だったね」
「同感」
私は頷きながらスプーンを口に運んだ。
窓の外では、春の風が明治の街をやさしく撫でている。
笑い声と食器の音、ふわりと香るデミグラス。
その穏やかな昼下がりの中で、
私は心の中で密かに勝ち誇っていた。
(――この戦い、勝負あり)




