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第14話:犬山城での撮影(一ノ瀬保奈美)

 朝からずっと、スマホが震えていた。

 昨日の夜、グループチャットに「明日は直也さんと名古屋観光してくるね」と軽く報告したのが、すべての始まりだった。


〈犬山城をバックに、お義兄さんとバックハグで撮って!〉

〈できれば明治村では、直也さんと頬つけて “手ハート” して!〉

〈あと! 明治村のハイカラ衣装で、明治の恋人ツーショット撮影も!〉


 ……悪魔の指令が、次々と届いた。

 送ってきたのは、真央と美里と佳代。

 ――私の親友。

 だけど最近、容赦がなさすぎる……。


 犬山城に向かう途中でメッセージを見た瞬間、思わず声が漏れた。

「な、なにこの指令……!」

 すぐ近くを歩く玲奈さんが首をかしげる。

「どうしたの、保奈美ちゃん」

「友達が……変なこと言ってきて……」


 スマホを見せると、玲奈さんが一瞬で表情を変えた。

「ぐぬぬぬ。

 なんという悪魔のようなオーダー。

 保奈美ちゃん、友達はきちんと選びましょう」

「ほんとそれ!」

 後ろから亜紀さんが身を乗り出してきた。

「恐ろしいこと言ってくるわね。

 LAの時よりも更に悪質だわ」


 LA。

 あのときの“ハリウッド&ディスティニーランド事件”を思い出して、頬が熱くなった。

 まさか、あれを超える無茶ぶりが来るとは……。


 麻里さんが笑いながら言った。

「なに? みんなやけにテンション高くない?」

「我々撮影班は、いろいろ忙しいのです」

 玲奈さんが妙に誇らしげに答える。

「そうそう。

 歴史的記録を残すという使命感がね」

「……やめてください、もう……」

 私は顔を両手で覆った。


 そして、その “使命感” のもと、撮影は本当に始まった。


 犬山城の天守閣を背景に、玲奈さんがスマホを構える。

「はい、笑って! 

 直也、少しだけ前に出て!」

「こう?」

「そうそう、いい感じ。

 じゃあ――保奈美ちゃん、どうする?」

「……じゃあ、私が直也さんの後ろから……ぎゅって」

「はぁ!? 

 ……逆パターン!?」

 玲奈さんの声が響く。

「LAのときは直也くんがバックハグだったでしょ!? 

 逆はもう、完全にアウト!」

「い、いいじゃないですか……! 

 ただの家族のスキンシップです!」

「どこが! 世間的には “犯罪事案” です!」


 けれど、もう誰も止められなかった。

 亜紀さんと麻里さんは笑いながら「はいはい、早く撮っちゃいなさい」とカメラの位置を直している。

 莉子ちゃんまで「はい、太陽の位置オッケー」とノリノリ。


 直也さんの背丈に届かないので中腰になってもらう。

 そして後ろからそっと直也さんの背中に腕を回した。

 ちょっとだけ、香水と春の風の匂いが混ざって――動悸が少し激しくなった。


「はい、いきまーす! スリー、ツー、ワン――」

 シャッター音。

 次の瞬間、玲奈さんが息を呑んだ。

「……奇跡の一枚、出た」


 スマホの画面には、春の光に包まれた犬山城と、

 少し照れた直也さんの横顔、そして笑っている私――。


「これは……やばい。

 もう、少女漫画の最終巻ジャケット」

「どれどれ?」

 亜紀さんがのぞき込む。

「うわぁ……こりゃLA超えたわね」

 麻里さんが笑いながら言った。

「はい、では保存っと」

 玲奈さんがスマホを操作しながら、満足げに笑った。

「ふぅ……。

 これ、マジで表紙案件ね」

「やっぱり……ちょっと恥ずかしいです」

 私は頬を押さえながら、小さく息を吐いた。

 でも――なんだか嬉しかった。


 そのとき、ふと私は周りを見回した。

 桜の花びらが風に乗って舞っている。

 直也さんのそばに、みんなが笑っている。

 その光景が、なんだかとても温かくて。


「ねえ……せっかくだから、全員で撮りませんか?」

 私が言うと、みんなが一瞬きょとんとした顔になった。


「全員で?」

「うん。せっかくみんなで来たんだし、亜紀さんも玲奈さんも麻里さんも莉子さんも……」

 私は、少しだけ視線を横にずらした。

 少し離れた場所で、控えめにこちらを見ていた今日新しくお会いした人――侑里香さん。

「そして、侑里香さんも」


「え? わ、わたしは別に……」

 侑里香さんが、珍しく言葉を濁した。

「お願いします。

 ね? 一緒に撮らせてください」

 そう言って、私は彼女の手をそっと取った。

 一瞬、驚いたように目を見開いたけれど、

 すぐに静かに頷いて、輪の中に入ってきた。


「はいはい、じゃあ構図は私に任せて」

 玲奈さんがさっそく動く。

「直也は真ん中。

 両隣は保奈美ちゃんと莉子。

 その後ろに私たちね」

「撮影監督、手際いいな」

 麻里さんが笑う。


 亜紀さんが撮影を引き受けてくれる人を見つけてくれた。

 そして――みんなで並んだ。

 春の風が頬を撫でる。

 スマホの画面に収まりきらないほどの笑顔。


「それでは撮りますよー! 

 3、2、1!」

 カシャッ。

 小さなシャッター音が響く。


 画面を覗き込むと、

 桜吹雪の中で、全員が笑っていた。

 直也さんを中心に、まるで光の輪のように。


「……いい写真だね」

 私がつぶやくと、

 亜紀さんが少し笑って言った。

「保奈美ちゃん。

 あなたって本当にズルいくらいにいい子ね」

「え?」

「だって、普通こういうとき、自分だけの思い出を残したくなるのに。

 あなたはちゃんと、全員を入れようとする」

 その言葉に、玲奈さんもうなずいた。

「ほんと、そういうところはやっぱり “天使” って感じね」

「そんな……」

 私は思わず笑ってしまった。


 その横で、侑里香さんが静かに言った。

「……ありがとうございます」

「え?」

「誘ってくれて。

 わたし、こういうの……あまり慣れていないので」

 その表情は、ついさっきまでとは違っていて、少しだけ、照れているように見えた。


でも写真を改めて見ていて、つい呟いてしまった。

「なんか直也さんのまわりって、ほんと綺麗な人ばっかりですね。

……本当ズルいなぁ」


 すると、

「いやいや、保奈美ちゃん。

 そのままそっくりその言葉を100倍くらいお返しますよ」

 玲奈さんにツッコまれてしまった。


 笑い声が重なって、空が少しだけ明るく見えた。


「じゃあ、次は明治村!」

 麻里さんが手を叩いて宣言した。

 駅前の送迎バスがちょうど発車の時刻を知らせている。


 バスに乗り込むと、柔らかなクッションの座席から、

 犬山の街並みが少しずつ遠ざかっていった。

 私は窓の外を見つめながら、

 胸の奥で、ひとつ深呼吸した。


(……こうやって、みんなで笑っていられる時間が、いつまでも続けばいいな)


 外では、春の風がまたひとひら、舞い上がった。


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