第29話 ヴェルデから見たリアンという男
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リアンの発案で、聖夜祭とやらを開催した。
美味い料理や酒を堪能し、落ち着いた頃にプレゼント交換というものをしていた。
リアンから双子とシャムには、手袋とマフラーを。我には酒樽を用意していたあたり、抜かりがなくて感心する。
熟した木の実を食すことはあるが、実のところ酒を飲むのは初めてだった。ダンジョンに酒屋はいないからな。
鼻から抜ける果実の芳醇な香りや、喉越し、ほんのりと臓器が熱くなる感覚はなかなか楽しいものだった。リアンに言ってまた仕込むように促さねばなるまい。
アルクとシエル、そしてシャムも我らに贈り物を用意してくれていた。
ものではなく、三人で舞を披露してくれたのだ。
いつの間に練習をしていたのだろうとリアンと驚き合ったが、鼻歌を口ずさみながら軽快にステップを踏む三人はとても楽しそうで、見ているこちらも幸福な気持ちになる良き舞だった。
途中で鼻を啜る音が聞こえてきたが、最近のリアンはどうも涙脆い。
「ジジくさいぞ」と言えば、「うるせ」と真っ赤な目で睨みつけてきた。
日が暮れて辺りが暗くなってから、リアンはいそいそと立ち上がって我らを手招きした。
「これが俺から最後のプレゼントだ!」
そう言ってリアンが両手を胸の前で叩くと、僅かに雷属性の魔力を感じた。
そして次の瞬間。
「わあっ!」
「きれい!」
「うにゃ〜!」
午前中に子供達が懸命に木々に飾り付けていたものが鮮やかな光を放ったのだ。
「なるほど、魔蛍石か」
「正解。魔力に反応して光る特殊な石だ。お前たちに飾ってもらっていたのは、魔蛍石を加工したものなんだ」
リアンは簡単に言うが、魔蛍石は熟練の鍛治師でも扱いが難しいと言われる希少な鉱石だ。それを難なく飾り付けに加工する辺り、やはり規格外の男だと呆れる。
本人に自覚がない辺りがいっそ清々しくも思えてくるが、この男と肩を並べて行動するとなると、自らの無力さや非力さを嫌と言うほど痛感させられるのだろう。
リアンが普通だと思っていることが普通ではないと正しく理解できなければ、やはりこの男は今後他の人間とパーティを組んでもどこかで道を違えてしまいかねない。
この男のひたむきさは時に危ういとさえ思える。
まあ、少しずつ変化の兆しは見えているので、我はこれからも見守り続けていくつもりだ。
その後、久々の酒が回ってうたた寝を始めたリアンをドラとゴラが蔦で持ち上げて小屋の中まで運んでいった。
未だチカチカと点灯している魔蛍石を眺めながら、チミチミと酒を楽しんでいると、足元にアルクとシエルがやってきた。二人を見守るように、後ろからシャムも着いてきた。
「今日は楽しかったか?」
「うん!」
「楽しかった!」
返ってくる答えが決まっていようが、やはり二人の弾けた笑顔は何物にも代え難く、凡庸な問いかけをしてしまった。
二人は満面の笑みから一転、モジモジと小屋と我に何度も視線を巡らせながら、意を決したように僅かに震える口を開いた。頬が上気しているのは、寒さだけが原因ではないのだろう。
「ねえ、ヴェルデのおじちゃん」
「ぼくたち少しはリアンに近づけたかな」
何を問われるのかと少々身構えていたため、思わず数度目を瞬いてしまった。
「なんだ、主らの目標はあの男か」
「うん、だってリアンはすごい」
「それは否定せぬ」
このダンジョンの真なる主人である偉大なる緑竜ですら認める男だ。
どうしてこの子達が憧れずにいられようか。
「ヴェルデのおじちゃんは、リアンと戦ったことがあるんだよね?」
好奇心を隠しきれない輝く四つの瞳に見つめられ、フッと笑みが漏れる。
「そうだな。一度だけある」
「引き分けたって聞いた!」
「ああ、確かに引き分けた。初めての冒険者を迎えて我もつい力が入ってしまってな。だが、あの時、我が少しでも手を抜いていたら──今頃このダンジョンは跡形もなく消え去っていただろうよ」
リアンが初めて我のダンジョンに足を踏み入れた日。
あの日の鮮烈な記憶は色褪せずに我の中に残っている。
興奮、高揚、期待、渇望、そして、──恐怖と畏怖。
どれも初めての感情ばかりで驚いたものだ。
「え……」
「そ、それって……」
我の言葉を受け、アルクとシエルだけでなく、二人の後ろに佇んでいたシャムさえも驚き目を見張っている。
ダンジョンの消滅。
それはつまり、ダンジョンボスが討ち倒されることを意味する。
リアンは我には敵わないと笑って言うが、我と三日三晩互角に戦える人間がそうそう現れてはたまらない。
戸惑う子供たちを前に、我は再び笑みを漏らす。
「ふ、臆したか? 奴の背中は遠いぞ」
少し挑発するように問えば、アルクとシエルは拳を握りしめて真っ直ぐに我の目を見た。
「うん。ぼくたちがリアンに追いつける日がくるのかはわからない」
「でも、わたしたちは一人じゃないから。二人で、がんばる」
生命の樹の麓で、初めて二人に出会った時。痩せこけ、昏い瞳は絶望の色を映していた。
所在なく揺れていた瞳は今、目指すべき光を得て真っ直ぐな輝きを放っている。
どれほど眩く遠かろうと、この子達ならばいつか……そう信じさせる力強い輝きだ。
我が思わず目を細めた時、冷たい風が吹き、双子が揃って「クチュン!」とくしゃみをした。
「今日ははしゃぎ疲れたであろう。夜は冷える。暖かくして寝るのだぞ」
「うん!」
「おやすみ、ヴェルデのおじちゃん!」
二人は手を繋ぎ、振り向きざまにこちらに手を振りながら小屋の中へと消えていった。
「お主は行かぬのか?」
「んにゃ〜」
先ほどは静かに我らの話に耳を傾けていたシャムであるが、物言いたげに視線を泳がせてはゆらりゆらりと尻尾を揺らしている。
「やっぱり、ヴェルデの旦那から見てもリアンは規格外なのかにゃ? 当の本人に自覚がなさすぎて調子が狂うのにゃ」
そう言いながらシャムは我の足元で身を丸めた。我を風除けにしようとは図太い奴だ。
「旦那の目には、何が映っているのにゃ?」
冬の空気のように凛と澄んだ声を受け、我は無意識のうちに小屋に視線を移した。
偉大なる緑竜の目には、常人には見えないものまで見える。
例えば、本人すら知らない特異なスキル──。
ごくごく稀に発現するとされるものであるが、それをリアンは有している。
どうやらリアンが有している特異スキルの効果は、他者のためを思うほど、技術や能力の習得にかかる時間が減り、さまざまな力を手に入れることができるという類のもののようだ。
リアンの行動原理は、他者のためという献身的な思考がある。
人間が生涯をかけて極める業でさえ、リアンは数ヶ月で難なく習得してしまう。それが誰かのためであれば。
その成長速度が速いことには本人の努力はもちろん、彼に発生した特異なスキルが後押しをしているのだ。
スキルがあるからこそ、依存するレベルで他者のために邁進するのか、あるいは他者第一主義であるが故にスキルが発生したのか。その因果関係については我には分からない。
だが、それ故に、危うい。
奴の盲目的な献身は、一歩間違えれば依存相手をダメにしかねない。
リアンがいつから特異なスキルを有しているのかは、我にも窺い知れない。
我のダンジョンに住まうようになってから、リアンは努めて他者の気持ちを慮った行動を取ろうとしている。奴の常識は随分とずれているため、どうしても尽くしすぎてしまう悪癖はなかなか抜けないようだが。
リアンが双子や我、シャムにドラとゴラを家族同然に大切に思っていることは間違いがない。
守るべきものがあるリアンはきっと、誰よりも強い。
だからこそ、アルクとシエルが目指す背中はとても遠いのだ。
物思いに耽る我を見上げていたシャムは、「にゃふ」と肩をすくめて立ち上がった。
「ま、リアンが普通の秤で測れるような人間じゃにゃいってことは確かなのにゃ。リアンがまたズレたことをやらかさにゃいか、オイラも目を光らせておくから安心するのにゃ」
シャムは口角をクッと持ち上げて笑みを作ると、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら小屋へと向かっていった。
小屋の扉が静かに閉じられたことを見守ってから、我は両の前足を交差させると、その上にゆったりと顎を乗せて息を吐いた。
吐いた息は白い狼煙のように夜空へと舞い上がっていく。
我は不滅だ。このダンジョンが存続する限り、きっと生き続ける。
いつか腕の立つ冒険者がこの地に足を踏み入れ、討伐されるかもしれない。
だが、我は負けない。
冒険者を舐めているわけでも、自惚れているわけでもない。我が我である限り、負けることはないのだ。
長い竜生の中で、今こうしてさまざまな種族のものたちと寝食を共にしているのは、なかなかどうして数奇なものである。ほんの気まぐれと言われれば、否定はできない。
だが、我が生きた軌跡のほんのひと時のことであろうが、リアンたちと過ごしている今この時はきっと何物にも代え難い何かとなって我の胸の奥で光を灯し続けるのであろう。
淡い魔蛍石の光のように、穏やかで温かな光が胸の奥でほわりと瞬いた。




