第28話 聖夜祭
ミノタウロス襲来から一週間後。今夜は待ちに待った聖夜祭だ。
幸い穏やかな陽光が差し込む快晴で、日中であれば屋外でも問題なく過ごせそうだ。
すっかり元気になったドラとゴラも交えて、朝からみんなでパーティの準備を進める。
子供達には小屋の周りの木々に装飾を施してもらい、俺は料理に集中した。
今日のために仕留めていた魔物肉の大盤振る舞いだ。
パンケーキを生クリームで重ねて作ったケーキや、鶏の丸焼き、コカトリスの肉とたっぷりの野菜を使ったシチューをたくさん用意した。野菜はもちろん俺たちの畑で採れた新鮮なものだ。
「リアーン!」
「どうかな?」
「おお、いいんじゃないか? 賑やかになったじゃないか」
飾り付け担当のアルクとシエルに声をかけられ、彼らの元に向かう。
みんな器用に木に登り、ダンジョン内で採取できる綺麗な鉱物がついた布製ロープを木に巻き付けている。
頭上を見上げれば、太い枝の上にアルクとシエル、それからドラとゴラを膝に乗せたシャムがいた。ぷらぷらと足をぶら下げていて、特にアルクは数ヶ月前にツリーハウスの縄梯子を怖がっていた子と同一人物だと思えない。
ふとしたことで彼らの成長を感じて、たまにどうしようもなく泣きたくなる時がある。
まさに今がそうなんですけどね。泣きませんよ。みんなが心配するからな。
俺は少しツンとする鼻を啜り、料理の仕上げに取り掛かった。
◇
屋外に用意したテーブルには、鮮やかな赤色のクロスを敷いている。ずらりと並んだ料理は湯気を立ち昇らせていて、深く匂いを吸い込めば早くしろと急かすように腹の虫が主張する。
「かんぱーい!」
「かんぱい!」
「乾杯なのにゃ〜!」
ちょうど昼時に準備が整ったため、みんなでグラスを高く掲げて乾杯の音頭をとる。
カチン、と耳に心地よい音を響かせ、思い思いにグラスを煽り、料理を皿に取り分けていく。
ちなみに子供達のグラスに注がれているのは、畑で採れた果実を絞ったフレッシュなジュースだ。ドラとゴラには俺がたっぷり魔力を込めて注いだ水を用意した。
俺はひっそり仕込んでいたお手製の果実酒を楽しんでいる。
まだ漬け込みは浅いが、十分美味い。ほんのり香る酒精も随分と久しぶりだ。
何年もかけて熟成させ、いつかみんなが酒を飲めるようになったら、一緒に飲みたいなあと思う。
なんてことを考えて、そんなに先のことまで思いを馳せている自分に驚いた。
いつまでこうして穏やかに暮らせるかは分からないが、未来のことを考えても仕方がない。不確定なことに思いを巡らせるぐらいなら、今を懸命に生き、アルクとシエル、それにシャムやヴェルデと過ごすこの時を大切に生きようと思う。
視線を巡らせれば、ケーキや鶏の丸焼き、野菜たっぷりのシチューをみんなが美味しそうに食べてくれている。最近はシエルが料理に興味を持ってきているので、そろそろ一緒に調理をしてみても楽しそうだ。
やりたいこと、教えたいこと、行ってみたい場所。数を上げれば限りがない。
不特定で不確定だが、きっと賑やかで楽しい未来を想像するだけで笑みが溢れる。
アルクとシエル、それからシャムが料理やフレッシュジュースで盛り上がっている様子を横目に、俺は果実酒がなみなみと入った酒樽を、そっとヴェルデに献上した。
「みんなには手袋やマフラーを作ったから、ヴェルデにはこれな」
俺と同じように双子たちの様子を微笑ましげに眺めていたヴェルデが、チラリと酒樽に視線を落とし、鼻をヒクヒクと動かした。
「ふむ、酒か。準備が良いではないか」
ヴェルデは酒樽に顔を寄せ、口先で咥えて器用に果実酒を飲み始めた。一気に飲まず、チビチビと味わうように飲みながら、満足げに目を細めている。
「ヴェルデ、ありがとな」
彼の隣にそっと腰を下ろして、ひんやりと冷たい鱗で覆われた足に体重を預ける。
うっとり果実酒を堪能していたヴェルデが、酒樽から口を離して俺に視線を投げた。
「何がだ」
「俺をここに住まわせてくれて」
あの日、ヴェルデが受け入れてくれたからこそ、今の暮らしができている。
改めてそのことに感謝の意を示すと、ヴェルデはふん、と鼻を鳴らした。
「我はお主に子守を押し付けただけだが」
「はは、いつも見守ってくれているくせに」
「それだけだ」
俺とヴェルデは、ゆっくりとそれぞれのペースで酒を飲み交わす。
やがて一通り料理を食べ終えて満足した子供達が遊び始めた。
ドラとゴラがそれぞれ蔦を伸ばして向かい合う形で蔦を持ち合う。少しの距離を空けて、蔦を交差させるように大きく回し始めた。その蔦を掻い潜るようにアルクとシエル、それからシャムが輪の中に飛び込んでいき、自分たちの足元を一定のリズムで這う蔦を飛び越えて遊んでいる。
「器用なもんだな……って、ドラとゴラ、あんなふうに蔦を伸ばせたのか……」
生まれてまもない頃より、少し大きくなったような気もするし、二人もこのダンジョンで着実に成長しているのかもしれない。
子供達の成長に触れ、感慨深くなってしまったらもうおっさんだろうか。
なんて、少し自嘲じみた笑みを浮かべていると、隣のヴェルデが口を開いた。
「先の魔物のように稀に招かれざるものが紛れ込むことがあるが、基本的にこの場所に訪れることができるのは、それの必要がある者のみ。主がこの場所に行き着いたのもただの偶然ではない。皆、導かれて集まった。我はそう考えている」
ダンジョンは不可思議な場所だ。特にこの初級ダンジョンと呼ばれるダンジョンは未知なことが多い。
ヴェルデの言う通り、俺たちはそれぞれが導かれてこの場に集い、縁を繋いだのかもしれない。
仲間に尽くすことで依存していた俺が、こうして穏やかに生活できているのも、ヴェルデやあの子達のおかげだ。
「出会いに感謝だな」
誰に言うでもなく呟くと、頭上からフッと酒精を帯びた吐息が降ってきた。




