第27話 双子の成長、リアンの成長
聖夜祭が翌週に迫ったその日、いつも穏やかなダンジョンの空気が少しざわついた感じがして目が覚めた。
俺は静かにベッドから起き上がり、窓を開けて空を仰ぐ。
空は鈍色の雲に覆われていて、空気も凛と冷たい。もしかすると今年初の雪が降るかもしれない。
この嫌な感覚には覚えがある。
以前、アルクとシエルをなぶっていたゲス野郎が迷い込んできた時と同じ感覚だ。
俺は音を立てずに部屋を出て、双子とシャムの様子を確認しに行った。
みんな薄っすらと意識が浮上したところのようで、むにゃむにゃと微睡みながらベッドで身を寄せ合っていた。
就寝時、小屋には結界を張っているとはいえ、みんなの無事を確認してホッと胸を撫で下ろした。
そのまま小屋を出てヴェルデの元へと向かうと、いつも寝坊助のヴェルデはすでに起き上がり、鋭く眼光を鋭くしていた。
「ヴェルデ」
「ああ、招かれざる客が来たようだ」
「周囲を警戒しておく必要があるな」
結界の範囲を広げておこうか、そんな話をしていると、甲高い悲鳴が聞こえ、バササッと野鳥が羽ばたく音がした。
「この声は!」
俺が駆け出すより早く、小屋から双子とシャムが血相を変えて飛び出してきた。
きっとさっきの悲鳴が聞こえたのだろう。
俺たちは一斉に、さほど遠くはない悲鳴が聞こえた方へと全力で駆けた。
「な……」
悲鳴の発生源は、やはり畑だった。
みんなで丹精込めて育てていた野菜は踏み荒らされており、畑の守護者であるドラとゴラが見知らぬ魔物に踏みつけられていた。
「っ!」
ブワッと怒りが込み上げるが、同時に俺の背後から猛烈な闘気を感じて思わず振り返った。
そこには、瞳孔を開ききり、ドラとゴラを踏み躙る魔物を敵と見据えて睨みつけるアルクとシエルの姿があった。
俺は無意識のうちに、一歩足を引いて彼らに道を譲っていた。
サクサク、と土を踏み締め、二人が静かに歩み出る。
そして、何かを掴むような仕草をし、そこで初めて武器を持ってきていないことに気がついたようだ。
「しまった」
「剣をおいてきちゃった」
「任せろ」
俺はすぐさま召喚魔法を発動し、アルクとシエルが日頃使っている剣を呼び寄せ、手渡した。
アルクとシエルは、その燃えるように紅い瞳と、静かに怒りに揺れる蒼い瞳で俺を見た。
「あいつ、ゆるせない」
「リアン、手を出さないで」
畑をめちゃくちゃにし、大切な俺たちの家族を傷つけた魔物は、ミノタウロス。
大きな二本の鋭いツノが天を突き刺さんとするかのように伸びていて、筋肉質で引き締まった後ろ足でしっかりと二足歩行をしている。
好戦的な魔物で、普段はダンジョンの地下階層で冒険者を待ち構えては戦いを挑んでくるようなやつだ。
ランクはCランク。正直、アルクとシエルだけで倒せるか不安が残る相手だ。
だが、他でもない二人が、俺に手を出すなと言った。
俺は二人の意思を尊重し、見守る。もちろん、危なくなったら手を貸すつもりだが。
「……分かった」
俺が頷きを返すと、アルクとシエルは同時に地面を蹴り、ミノタウロスに鋭い蹴りをお見舞いした。
その拍子にバランスを崩したミノタウロスが、よろりと数歩後退りをした。
「シャム、ドラとゴラをおねがい!」
「任せるのにゃ!」
シエルの合図を受け、シャムは姿勢を低くして畑を駆け、ミノタウロスの足元でぐったりと横たわるドラとゴラを両手に抱えて戻ってきた。
「ひどいにゃ……」
ドラの頭の上に咲いていた美しい紅色の花は引きちぎられ、ゴラの身体にはいくつもの亀裂が走っていた。
「治癒は任せろ」
俺が用意していた布の上に、シャムがドラとゴラを優しく横たえた。
俺はすぐに高位の治癒魔法式を構築して、ドラとゴラを癒していく。
二人とも思い切り踏みつけられていたから、手足がぺちゃんこになっていて痛々しい。
……よくもこんなにか弱い子供たちを踏み躙ったな。
腹の奥底で再び怒りが燻るが、グッと抑え込む。
頼むぞ。その思いを込めてアルクとシエルの戦いに視線を向けた。
まだまだ実戦経験の少ない二人が、果たして上位の魔物に勝てるのか。
二人を信じたい気持ちと、不安で心配な気持ちが心の中で激しく殴り合いを始める。
双子とミノタウロスはしばし睨み合い──同時に飛び出した。
木の幹のようなゴツい腕を振り下ろすミノタウロス。
巨躯の割に素早いが、アルクとシエルには見切れる速さだ。何せ、いつも俺の攻撃を回避する特訓をしているからな。日頃手加減をしているとはいえ、ミノタウロス程度であれば動きが止まって見えるだろう。
案の定、二人は難なくミノタウロスの拳を回避し、剣を振り下ろす。
すぐさま体勢を立て直したミノタウロスは致命傷を避けるが、二人の剣は表皮を掠め、鮮血が飛び散った。
二人で入れ代わり立ち代わり攻撃を仕掛け、ミノタウロスを翻弄していく。
だが、相手はCランクの魔物。そう簡単には倒せない。
「ぐっ」
「ガハッ」
直撃とは言わずとも、ミノタウロスの拳や足蹴をギリギリのところで受け止めては威力を相殺できずに弾き飛ばされている。激しく地面を転がるも、跳ねるように起き上がって再び果敢に挑んでいく。
傷付きながらも、確実に相手を消耗させている。
──地面を蹴るタイミングで、脚力強化を。
剣を振り抜くタイミングで腕力強化を。
相手の攻撃を回避するために俊敏性の強化と【疾風】の付与を。
傷を癒すために治癒魔法を──
かつて所属したパーティで強化を施してきたタイミングを頭の中で反芻する。
俺はいつも脊髄反射のレベルでイカロスたちの補助をしてきた。
だからこそ、いつ、どのタイミングでどのようにサポートをすれば最低限の労力で敵を倒すことができるのかがよく分かる。
だが、頭で考えるより早く魔法を発動しそうになる手をグッと握りしめ、ドラとゴラを胸に抱える。
そして、手を出しそうになるたびに自分を戒めながら、二人の戦闘を見守った。
俺の隣で、シャムもまた歯を食いしばって戦況を見守っている。
正直、まだまだ無駄も多いし、決定打に欠ける。
だが、根気強く攻撃と回避を重ねることで、着実に相手の体力を削っている。
──どれくらい時間が経っただろう。
膠着状態の戦況が、ようやく動いた。
「グウッ」
足元ですばしっこく駆け回るアルクとシエルに翻弄され、そして疲労が重なっていたミノタウロスはついに片膝をついた。
その隙を見逃さず、アルクとシエルが視線を交わし合った。
「シエル!」
「アルク!」
アルクは右手をシエルに伸ばし、シエルもまた、アルクに向かって左手を伸ばした。
アルクの右手に火球が生まれ、シエルの左手から風が吹いた。
二人の魔法はぶつかり、混じり合い、紅い炎が蒼い炎へと変容する。
「「ああああああっ!」」
二人の渾身の魔法が、ミノタウロスに炸裂した。
「ギャァァァァァァッ!」
ミノタウロスの悲鳴が鼓膜を震わせた。
蒼い炎に焼き貫かれたミノタウロスの身体は、真っ黒な灰となり、空高くへと霧散していった。
「はあ、はあ、はあ……」
アルクとシエルは顔を見合わせ、力強く頷き合った。
その様子が、ぐにゃりと歪んでぼやけていく。
「……成長したな」
静かなヴェルデの声が頭上から降ってくる。
嬉しそうな、慈愛に満ちた声だと感じた。
「ああ、本当に……うっ」
俺はどうしてか目から溢れて止まらない涙を肩口で拭いながらヴェルデに答える。
「貴様もな」
「ズビッ、うん?」
俺も? いや、俺は何もしていないし、成長も何もないと思うのだが。
鼻を啜りながら首を傾げる俺を、ヴェルデが呆れたように見下ろしてくる。
「全く、自覚がないあたり、まだまだだな」
「なんだよ、言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
「「リアン〜!」」
ヴェルデに苦言を呈していると、アルクとシエルが満面の笑みで手を振りながらこちらに駆けてきた。
「おう、よくやったなあ」
俺はドラとゴラをシャムに預け、勢いのままに俺の胸に飛び込んできた二人を抱き留める。
「むふふ」
「えへへ」
二人は達成感に満ちた表情で、口角を上げている
腕の中の二人を治癒魔法で癒しながら、俺は涙でぐしゃぐしゃの顔で無理やり笑顔を作った。
「リアン、変な顔〜」
「なんだと〜」
俺は泣き笑いをしながら双子に頬擦りをした。
ケタケタと楽しそうに笑ったアルクとシエルは、一つ息を吐いてから、シャムの方へ顔を向けた。
「ドラとゴラ、大丈夫?」
「うん、ありがとどら」
「ゴラも、だいじょうぶごら」
意識を取り戻し、弱々しく微笑むドラとゴラ。
裂けた葉も、潰れた腕も、すっかり元通りに癒えている。
「それにしても、二人とも見事な戦いぶりだったぞ」
「えへへ。ドラとゴラを傷つけられて許せなくて」
「そうだね。だれかのために戦うと勇気も力もわいてきたよ」
アルクとシエルは、「ねー」と二人で首を傾げ合っている。
やっぱり、この子達は誰かのためを想うほど強くなれるのだ。
その気持ちは痛いほどによく分かる。俺も、パーティのためだと思えばどこまでも強くなれる気がしていたからな。
今回は一体のミノタウロスであったが、今後複数体と戦う機会が訪れるかもしれない。
今日の経験はきっと二人の糧となる。
戦いの記憶が新しいうちに、しっかりと反芻させなければ。
俺が二人にしてやれることは、それだけだ。
少し自信をつけた二人の横顔は、ほんの少し、大人びて見えた。
それからは、みんなで荒らされた畑の手入れをした。
ドラとゴラの力もあり、なんとか野菜も果物も元気を取り戻し、元通りの畑へと回復することができた。
二度と今日のような出来事が起こらないよう、畑の四隅に魔石杭を突き刺し、畑全体に結界を張った。俺たちは対象外と設定し、外敵を弾く特別製だ。
「ここ最近は少々来訪者が目立つな」
ヴェルデは、悪魔族やミノタウロスの襲来に納得できていないらしく、眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
「そうなのか?」
俺はここに住むまではたまに遊びに来る程度だったので、魔物の発生頻度についてはさっぱり分からない。
「うむ。お主やシャムのように自らの意思で足を運ぶ者もいないではないが、お主らの言う高ランクに属する魔物が紛れ込むことは数十年に一度あるかどうかというところだ」
「数十年に一度⁉︎ 俺たちがここで暮らすようになってから、もう二度も起きてるぞ!」
招かれざる客、来すぎじゃないか⁉︎
「だからそう言っておろうが」
呆れ顔のヴェルデがゆったりと鼻から息を吐き出す。
そして考えに耽るように、遠くの空を見つめた。
「?」
ヴェルデが一体何を思い、何を考えているのかは分からない。このダンジョンで過ごしてきた時間はあまりにも違いすぎる。
だが、こうして出会い、共に暮らす者として、少しずつこの偉大なる緑竜のことも知っていけるといいなと、心からそう思った。




