第25話 シャムと街歩き
王都は比較的温暖な気候のため、雪は降るが一面銀世界になる程積もることは稀だ。
北に行けば行くほどその限りではないが、とはいえ本格的な冬への備えは必要だろう。
先日ロックバードの羽毛で羽毛布団を作ったが、冬備えはそれだけでは完結しない。
というわけで、俺はダンジョンに住み始めて二回目の外出準備をしている。
「む、外に出るのかにゃ? オイラも一緒に行くのにゃ」
リビングのテーブルで、必要なものをリストアップしていると、メモを覗き込んできたシャムが何気なく言った。そういえば、こいつは外で暮らしていたんだっけか。
同じくテーブルについておやつの俺お手製ドーナツを頬張っていたアルクとシエルも、興味はあるのかチラチラとこちらを見てくる。だが、流石にまだ外に連れ出すのは早いだろうな。
「アルクとシエルもいつか連れて行ってやる。ツノは隠した方がいいだろうから、外出に備えて帽子を買ってくるよ」
買い物リストに帽子を加えると、双子はパァッと目を輝かせた。
二人はまだダンジョンの中しか世界を知らない。外に興味を持つことは悪いことではないだろう。
いつかみんなで王都に買い物に行けたら楽しいだろうな。
行きつけの飲食店や菓子店に連れて行ったり、試着をしながら服を選んだりするのも楽しそうだ。文字が読めるようになれば、本だって読めるようになるし、ますます彼らの世界は広がっていくはずだ。
「じゃあ、今回も日が暮れる頃には帰るから。ヴェルデの側を離れるんじゃないぞ」
「「はーい!」」
元気のいい返事に見送られながら、俺は転移結晶を砕いて、シャムと共に王都の街へと転移した。
例の如く、冒険者ギルド前に転移したため、フードを目深に被ってそそくさと人混みに紛れる。
ダンジョン内では猫耳と尻尾を出したままのシャムも、流石に今はどちらも変化の術で隠している。
街は随分と賑やかに活気付いており、頭上を見上げれば提灯やガーランドが飾り付けられていた。十二の月の末日に開催される聖夜祭仕様だ。
「そっか、もうそんな時期か」
ひと月三十日が十二回。十二の月で一年が回るこの世界で、一年の最後の日にその年を振り返り、翌年の安寧を祝う行事だ。世界の始祖と言われる人間が生まれた日とされていて、一年健やかに過ごせたことを天に感謝する日でもある。
みんなその日は仕事を休み、家族や親しい友人、恋人と過ごすのが習わしだ。
「そうだにゃ、聖夜祭の時期だにゃあ」
都市で暮らしていたシャムももちろん聖夜祭のことは知っているようだ。
祭りごとが好きそうなシャムの声には抑揚がなく、不思議に思った俺は隣に立つシャムを見下ろす。子供の姿に化けており、俺の腰ほどの身長なので、ちょうどクロケット帽子でシャムの表情が隠れてしまっている。
尻尾があれば多少はご機嫌伺いをできるのだが、それも今日は叶わない。
シャムが顔を向ける先に視線を移せば、父親に肩車された子供がガーランドを指さして楽しそうに笑っている光景が目に入った。
ケットシーは縄張り意識が強い魔物だと聞く。そんなケットシーのシャムが定住することなく放浪しているということは、縄張り争いに負けたのか、仲間内で何かあったのか。
ともかく、人に紛れて都市で暮らしていたシャムは、ずっと一人で生きてきたはずだ。
それこそ、聖夜祭を祝う相手はいなかったのだろう。
「アルクとシエルもこうした祝い事の経験はないだろうし、聖夜祭の日は、ご馳走を作ってみんなでパーティをしようか」
「本当かにゃ⁉︎」
どこか遠くを見つめていたシャムは、俺の言葉にすぐさま反応してキラキラとした目で俺を見上げてきた。一瞬猫ヒゲが見えた気がするが、すぐに引っ込んだので気のせいだろう。
「ああ、盛大にやろう。俺もパーティを組んでいた時はパーティメンバーのみんなで朝まで飲み明かしたもんだよ……」
あ、今度は俺が遠い目をしてしまった。
あの頃は楽しかったなああ……。
急に哀愁を帯びた俺を、シャムが慰めるようにポンポンッと足を叩いてくる。
俺たちは顔を見合わせると、照れ隠しをするようにふにゃりと相好を崩した。
「ケットシーは狡猾でずる賢い魔物だと思われているのにゃ」
市場へ向かう道を歩いている時、ぽつりぽつりとシャムが自分語りをしてくれた。
「それは魔物の間でも一緒にゃ。誰もケットシーを心から信用しないのにゃ。だから、オイラはどこにも属さず、ずっと放浪して生きてきたのにゃあ」
真っ直ぐ進行方向を向いて語るシャムの表情は窺えない。だが、その声はどこか寂しさを滲ませていた。まるで冬の空気のように細く儚い声音だった。
シャムが語ってくれる以上に彼の事情や心に抱えるものを探るつもりはない。
だから俺は、「そっか」とだけ答えた。
俺の返事を受け、シャムは小さく笑みを漏らした。
商業地区に入り、俺は目に入った露店でレッドボアの肉の串焼きを二本買った。
そのうちの一本をシャムの前に差し出す。
「二人には内緒だぞ。何か他に土産を買って帰ろう」
「にゃっ!」
少しの間を置いてから串焼きを手に取ったシャムは、嬉しそうに目を細めながら串焼きに齧り付いた。
軽く腹ごしらえが済んだところで、俺たちはまず服飾店に向かって布を多めに仕入れた。布は応用が効きすぎるのでいくらあっても足りないぐらいだ。
服にもなるし、羽毛布団やベッドカバーにもなる。細く裂けば包帯にだってなる。本当に万能だ。
そのあとは減っていた調味料を買い足し、雑貨店で聖夜祭の飾り付けをいくつか購入した。
アルクとシエルへの土産はお菓子がいいだろう。ドラとゴラがいるので、栽培する野菜の種類を増やしてもいいかもしれない。ハーブに挑戦してもいいかもな。自家栽培のハーブティーなんて優雅でいいじゃないか。
「誰かのことを考えて買い物をするのは楽しいな」
「そうだにゃあ」
二人の喜ぶ顔を思い浮かべると、胸の奥にほわりと温かな熱が灯るような心地がする。
冬服もしっかり買い足して、事前に用意していた買い物リストに書かれていたものは無事に買えた。
広い王都を歩き回っていると、あっという間に時間が流れる。
冬が近づき、日の入りも早くなっているため、すでに日は傾き始めている。
「さて、そろそろ我が家へ帰ろうか」
「そうだにゃ。あまり遅くなるとみんな心配するだろうからにゃ」
そう言って俺の前に歩み出たシャムの足が少し弾んでいることには触れないでおこう。
無事にダンジョンに戻ってから、シャムは得意げに王都の街の様子を双子に語って聞かせていた。二人は目をキラキラさせてシャムの話に聞き入っている。
お土産も喜んでくれた。ドラとゴラも早速新しい野菜やハーブの種と苗木を植えてくれた。
前にも思ったが、こうして帰る場所があるというのは、本当に幸せなことだ。
俺はすっかり賑やかになった辺りを見回しながら、夕飯の支度に取り掛かる。
美味しい美味しいと頬を緩ませながら食事を頬張る皆の様子を想像し、自然と笑みが漏れる。
胸の奥がじんわり温かくなるのを感じながら、俺は調理に集中した。




