第24話 ドラとゴラ
「これは一体、どういうことだ?」
青々と葉を広げ、瑞々しい実をふんだんにつけた畑を前に、俺は頭を抱えている。
俺が王都から持ち帰った種や苗木はしっかりと成長し、ぱつんと実が弾けそうなほど豊かに実った。
実った、のだが……。
「どら?」
緑色の髪、緑色の瞳、身体には蔦や葉を巻きつけている小さな子供。
「ごら?」
見た目は立派な木の根。ただし、手足があり人型をしている。
「わあ、かわいい」
「かわいいね」
頭を抱える俺の横で、アルクとシエルは嬉しそうに手を叩いているし。
「にゃあ⁉︎ ドライアドにマンドラゴラかにゃ? 野菜や果実が突然変異を起こしたのかにゃ?」
「変異しすぎだろう! ただの野菜の種や苗が魔物化するか普通⁉︎」
驚きのあまり耳と尻尾をピーンと立てるシャムに、俺は我慢できずに半ば叫ぶようにしてつっこんだ。
「ここはヴェルデの旦那のダンジョンだからにゃあ〜。ダンジョンで野菜なんて育てた事例もないし分からないのにゃあ」
「ぐっ、確かに」
ここはヴェルデのダンジョン。それだけで今の前に起きている事象の説明がついてしまいそうで怖い。
とにかく、生まれたばかりであろうドライアドとマンドラゴラは、目をパチクリさせながら俺たちを見上げている。俺の膝ぐらいまでの身長で、まるで幼子だ。
見たところ害意はなさそうだ。
むしろ、なんだかその目がキラキラしているように見えるのだが?
「いつも水くれた」
「おいしかった」
ドライアドとマンドラゴラは、辿々しい口調で一生懸命言葉を紡いでいる様子だ。
「水? ああ、みんなで毎日丹精込めて育てていたからな」
確かに、アルクとシエルだけでなく、もちろん俺だって大切に野菜や果物を育ててきた。
雨風が強い日は結界を張り、雨が長く続けば土中の水分量の調整もした。
「おせわ、うれしい、何かかえしたいと思っていたら、こうなってた」
「んんんん?」
「なるほどにゃあ。彼らの願いに、ダンジョンが応えたのかもしれないにゃあ」
尻尾をゆらゆら揺らすシャムの言葉に愕然とする。
ダンジョンってそんなこともするのか⁉︎ 何でもありだな⁉︎
「お役に立つどら」
「お役に立つごら」
俺が困惑している間にも、二人(?)はそう言うと、徐に畑に向き直った。
ドライアドが野菜に手を翳すと、蕾だった花が開き、少し元気がなく見えた葉がパツンと弾けんばかりに揺れた。
マンドラゴラが地面に手をつくと、途端に土がふんわり柔らかくなり、土の香りがほのかに香った。
「やさいつくる、手伝う」
「そのかわり、おいしい水、ほしい」
「マジか」
ドライアドとマンドラゴラは期待に満ちた目で俺たちを見つめてくる。それはもう曇なきまなこで。
ちょっと待てよ?
ここは何が起きても不思議ではないヴェルデのダンジョンだ。
そのダンジョンで、俺たちは水魔法を使って畑に水を撒いてきた。
つまり、魔力の込められた水で育てていたというわけだ。
もしかして、それが原因か?
「ほう、畑の守人が生まれたか」
「ヴェルデ!」
のっしのっしと畑に近付いてきたヴェルデも、興味深そうにドライアドとマンドラゴラに鼻を寄せてヒクヒクと鼻の穴を膨らませている。匂いを嗅いでいるのか?
「ふむ、確かにこやつらからはアルクとシエル、それからリアンの魔力を感じるな」
「やっぱりそういうことか」
俺の推測はあながち間違っていなさそうだ。
ヴェルデに匂いを嗅がれている間、ドライアドが手近なトマトを採り、目を閉じた。
すると、パァッとわずかにトマトが眩い光を放った。
ドライアドはそれをそっとヴェルデに差し出し、ヴェルデもまた素直に口を開けた。
パクッと、ヴェルデからすると爪の先ほどの小さなトマトが口に放り込まれ──ヴェルデは目をカッと見開いた。
「うまい!」
「えっ、そんなにか?」
目を輝かせ、ふんふんと鼻息を吹き散らすヴェルデを横目に、俺はドライアドと話すために腰を落として視線を合わせた。
「俺にももらえる?」
自分を指さして問いかけると、ドライアドはコクリと頷いて再びトマトを吟味して収穫し、パァッと光らせてから俺の手に乗せてくれた。
ずっしりと重たいトマトは、実が引き締まっていることが察せられる。
俺はごくりと生唾を飲み込むと、恐る恐るトマトに歯を立てた。
皮がはち切れそうなほどパツパツに張っている。歯で皮を破った途端、ジュワッと果汁が口内に溢れてきた。
甘っ! うんまっ! なんだこれは!
「ぼ、ぼくも!」
「わたしも!」
「オイラもにゃ!」
俺が言葉を失って黙々とトマトを食べ続けていると、涎を垂らした三人が、「ハイッ! ハイッ!」と右手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねた。
ドライアドはにっこり微笑むと、手際よく三つのトマトを収穫して三度光らせた。
そのトマトを受け取った三人は同時にトマトに齧り付いて──パァァッと目を輝かせた。
「お、おいひい〜!」
「あ、あまあい」
「うますぎるのにゃあ〜!」
三人ともトマトは得意な方ではなかったのだが、まるでリスのように頬を膨らませながら懸命に咀嚼している。
トマトだけでなく、ドライアドが収穫して一手間かけた野菜はどれも絶品で、俺たちは満場一致で畑の管理を彼らに任せることにした。
野菜の収穫と土の状態管理を主に二人に任せ、俺たちは変わらず水魔法で水を撒くことになった。
その際に、ドライアドとマンドラゴラに水浴びをさせてやるのが畑仕事の見返りだ。
話がまとまると、契約成立とばかりに俺たちは自然と握手を交わしていた。
双方に利益しかない最高の関係が築けそうだ。
「うーん、お前たちは畑で生活するんだよな? そうなると一緒に暮らすようなものだし、名前があった方がいいよな」
「ドラ!」
「ゴラ!」
俺がポツリと呟くと、アルクとシエルが両手をピンと挙げてそれぞれ名前を挙げた。
ドライアドの『ドラ』。
マンドラゴラの『ゴラ』。
いや、単純すぎないか?
だが、当の本人たちは、「ドラ……わたしはドラ」「ゴラ……おいらはゴラ」と与えられた名前を噛み締めるように呟いている。うーん、これは決定だな。
「よし、ドラとゴラ。これからよろしくな!」
「どら!」
「ごら!」
こうして俺たちに不思議な仲間が加わった。これでかなり食事情は安定しそうだ。
双子とシャム、そしてドラとゴラは暇さえあれば一緒に楽しそうに遊ぶようになった。
ま、子供が増える分にはにぎやかでいいか。
俺は走り回るみんなの頭上から水魔法でシャワーを浴びせてやる。
そうすると、みんなキャッキャと嬉しそうにはしゃぐのだ。
いつもシャワーだけじゃ飽きるよなあ、と思い、小屋から石鹸を持ってきた。
軽く泡立てて人差し指と中指で輪を作り、フッと息を吹きかける。
すると、大きな泡がいくつかふわふわと宙を舞い、子供達はますます大興奮で辺りを駆け回った。
触ろうとすればするりと泡は逃げていき、我先にと泡を両手で叩こうとする。
パチンと泡が弾ければ、ケタケタと肩を震わせて笑い、また次の泡を追いかける。
その様子をヴェルデが足を崩してくつろぎながら見守っている。
穏やかで和やかで、心癒されるひとときである。




