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交錯世界の風見鶏  作者: 小柚


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第2章(3)

「ここはどういう場所なんだ?」

 早速、情報を集める努力をしてみる。

「旧樹院だよ。主に錬成種の研究開発をしている組織だ。古い樹から生まれた再構成体から組織されている」

「古い樹から生まれた?」

 ライズは丁寧な口調で教えてくれた。

 この世界にある二本の『知恵の樹』。

 地中深くに根を伸ばし、世界中の資源を吸い上げながら成長するその樹は、成長の過程で、錬石の実をつけたり、再構成体を生んだりするらしい。

「きみは新しい樹から生まれた再構成体だよ」

 どうしてわかるんだ? と聞くと、ライズは何故か微妙な顔をした。

「再構成体っていうのはね、知恵の樹の種が生成したときの災害に巻き込まれた人間を原料にしているらしいんだ」

 知恵の樹について、詳しいことは未だわからないのだという。

 ただ、古い樹と新しい樹の間には百年ほど間があり、古い樹から生まれる再構成体はもうほとんどいないらしい。

「新しく生まれるのは、新しい樹からだけなのか」

「そういうこと」

 なるほど。

 ライズはなにか他にも理由がありそうな顔をしていたけど、何故だか言いにくそうにしていた。

「俺はもともと人間だったのか」

「そうだよ」

「だから人間の知識があったり、妙な倫理観があるんだな」

「そうだね。知識や価値観は、ベースになった人間から大部分が引き継がれるみたいだね」

「しかし、記憶はないんだな。俺がどういう人間だったかの記憶がない」

「そうだね。他の再構成体にも記憶はないよ」

 例えば、とライズはバルマーを指差す。

「あいつは生前、かなり悪どいやつだったと評判だったけど、なにも覚えてない」

「生前の彼を知っているのか」

「有名人だったんだよ。悪い意味で」

 直接は知らないけど、噂は聞いていたそうだ。

 俺はふと、頭をもたげる。

 かねてより引っ掛かっていたことを、急に思い出したのだ。

「そういえば君、最初に会ったときに様子が変だったが……」

 美術館で出会った不思議な子供。

 俺を見て、涙を流した。

 彼が本当にライズだったのか、いまいち記憶が定かじゃないが、一応確認しておこうと思った。

「あれは何だったんだ」

「あれって?」

「泣いていただろう。俺の顔を見て」

「…………」

 明らかに、動揺している。

 可哀相なくらいに目が泳いでいる。

「知らないけど。人違いじゃない?」

「そうなのか。俺の過去を知っているんじゃないかと思ったんだが……」

 困っているようだったので、「勘違いならいい」と言って、こちらから話を取り下げる。

「あのバルマーってやつが、ここのトップなのか」

「ああ、うん。そうだよ」

 話題を変えてやると、ライズは目に見えてホッとした顔をしていた。

 それならこのまま、こっちの話を聞くか。

「新樹庁のトップと、ここのトップはどっちが偉いんだ?」

「残念ながら、あっちだね。規模が全然違うんだ」

 この旧樹院は、研究に特化した組織で、独立してはいない。

 樹上の最高権力は新樹庁にあり、旧樹院は彼らの命令で錬成種の研究をしている。

「さっきも言ったけど、ニースってやつが野蛮なんだ。周りを強い個体で固めて、人間たちを脅して、強靭な権力構造を作ってしまった」

 いろいろと不満はあるけど、どうしようもない。

 今はあいつらに対抗できる勢力はないし、内輪揉めしている場合でもない。

「この世界はね、沈みつつある泥舟なんだよ。その状況をどうにかしない限り、誰が舵を取ったってあんまり違いはない……」

 ライズはどこか諦めたようにそう語って、部屋の奥に視線を向ける。

 俺も少し気になっていたから、同様に視線を向ける。

 部屋の中には先ほどから、場違いな甘い匂いに包まれていて、その原因がどうやらひとつの小さな竈であるらしいことがわかる。

 その竈の前には、ふたりの人影がいた。

 青髪の少女と、茶髪の少年。

 どこかほのぼのとしたふたり組が、竈の前で歓声をあげていた。

 竈というのは、本来はそうやって使うものだとは思うが。

 なんだか腑に落ちない。

 先ほどまで、彼女はバルマーのように筒を覗き込みながらハンドルを操作していたような気がする。

 しかし今はミトンをつけて、鉄板を取り出している。

 竈から出されたそれには、こんがりと焼けた丸い形のパイが乗っている。

「わあ、美味しそうだね、バーベナ姉ちゃん!」

「マルクが手伝ってくれたおかげよ! ありがとう」

 かぐわしい匂いがする。

 人間が食べている食べ物の一種だ。

 俺は食べたことがないが、なんとなく美味しそうだなと思う。

「あー、もう。何度言ったらわかるんだ、きみたち!」

 ライズが急に、大声を出してズカズカと彼女らに近付く。

「竈を使うのはいいけど、精密錬成でアップルパイを作らないでと言っているでしょ!」

「えっ、でもライズくん。従業員さんにあげるんなら作ってもいいって言ったよね」

 振り返った彼女は、パイを見せつけるようにライズに鉄板を突きつける。

「ああ、危ない! その鉄板、どのくらい熱いと思ってるの!」

 ライズらしくない、感情的な様子で文句を垂れてから、強い口調で叱り飛ばす。

「だからさ、料理はちゃんと普通のやり方で作らないと、人間は食べてくれないんだってば!」

「ええー、だって、人間の竈じゃ味の調整が上手くできないし」

 青髪の少女は、ライズの激昂など少しも効いていないようだ。

「元素配列表できちんとレシピを書いてから、人間の竈で作るわ」

「だから、配列表を書いても、人間の竈じゃ再現ができないんだってば!」

 支離滅裂な会話だ。

 聞いていて頭が痛くなる。

 もしかして、レムは俺をこんな感じで世話していたのだろうか。

 あまり実感はなかったのだが、再構成体というのは、人間に多大な迷惑をかけながら生きているのかもしれない。

「また始まったか……騒がしくてかなわんな」

 いつの間にか、バルマーが俺の横にいて、頭を掻いている。

「あの子達も再構成体ですか?」

「ああ、そうだ。古い樹から生まれた仲間だよ」

 俺は遠目にふたりを眺める。

 彼らは、かなり平凡な印象の個体だった。

 バーベナと呼ばれていた少女は、ライズと同じくらいの年齢の見た目をしている。髪は青く、少し固そうな質感のセミロング。透き通った深い緑色の目は目尻が下がっていて、とても優しそうな顔立ちをしていた。

 マルクと呼ばれた少年は、とても幼く頬にそばかすが目立つ。つんつんした茶髪に茶色い目。どこにでもいそうな素朴な顔立ちの子供だった。

 再構成体は個性的な外見を持つイメージが強かったが、こんな平凡な個体もいるのか。

「しかし、子供は元気なのが一番だな!」

 ガハハと笑うバルマー。

 子供と言っても、再構成体だろう。成長しない彼らに、子供、大人と区別する意味があるのか。

 そう考えて、俺はあることに疑問を抱く。

「ライズは人間だよな。どうしてこんなに再構成体と仲がいいんですか?」

 いろいろと変なことが多い。多すぎてよくわからなくなってきたが、少なくともライズの耳は丸い。再構成体の特徴とは違うから、人間だと思っていたのだが。

 バルマーは相変わらずガハハと笑ってから、一言だけ答えた。

「ライズはワシの孫だ」

「孫?」

 孫ってなんだ。

 頭にはてなが浮かぶ。

 バルマーは俺の問いにそれ以上答えず、ガハガハ笑っている。

「バルマーさん、お茶しましょ! あら、お客さんもいたのね」

 鉄板を頭上に掲げて、駆け寄ってくるバーベナ。

「はじめまして! 私はバーベナ。お客さんは、アップルパイは好きですか?」

「ええと。食べたことはないな……」

「じゃあ、一緒に食べましょ! 今回のは、自信作なの」

 踊るような足取りで駆けていく彼女に、ついていくマルク。

 なんだか夢みたいな平和な光景だ。

 目を細めて見守っていると、突然バーベナが尻餅をつく。

 なにかにぶつかったらしい。

「ご、ごめんなさい……!」

 マルクが何故か、床に伏せて謝っている。

 なんだか雲行きが怪しい。

 嫌な予感に心臓が痛む。

 どこか聞き覚えのある重たい足音と共に、腹に響くような声が聞こえた。

「おい、誰だ。うちの犬を勝手に散歩してんのは……」

 ガンと固いものがぶつかる音がする。

 鉄板が床を跳ね、小麦色の物体が床にぶつかりくしゃりと潰れる。

「おう、お前か。怖い顔をしてどうした」

「どうしたじゃねぇよ、オッサン」

 足鎧の音を鳴らしながら現れたゼノは、大きな歩幅で距離を詰め、どこからか出してきた槍を閃かせる。

 一瞬の出来事だった。

 すぐそばに長い柄が見える。

 その先端を視線で追っていくと……

 槍の切っ先は、バルマーの太い首のど真ん中に、深々と突き刺さっていた。

 辺りは静寂に包まれた。

 槍が刺さったバルマーは、白目を剥いている。

 背筋が凍る。

 再構成体は生首でも生きられるらしいが、俺には槍が刺さった経験はない。

 彼が無事なのかはよくわからない。

「おい、新人」

「はい」

 反射的に返事をする。

「行動には気を付けろ。お前は飼い犬になったんだぞ」

 犬とは俺のことか。

 下唇を噛む。

 ゼノは俺の前に立ち、襟元を掴んできた。

 凄まじい怒りの形相が目の前にある。

「お前、餌をもらわなかったか」

「餌?」

「餌だよ」

「…………」

 答えに窮する俺に、ゼノは舌打ちをする。乱暴に襟を離し、今度は手首を掴む。

「着火しろ」

「着火?」

「はやくしろ」

 相変わらず、説明がない。

 なんとなく、指に光を灯すことだと判断し、捕まれていない左手を右手に滑らせる。

 光はついたが、以前とだいぶ違う。

 人差し指の白い光だけ強く、後の指はほとんど光らない。

 なにか気に障ったらしい。

 ゼノは大きく舌打ちをすると、ズカズカとバルマーに歩み寄った。

 刺さっていた槍を抜き、三又にわかれた先端の二本の間にバルマーの首を収め、刃を押し付けながら凄む。

「他人の犬に餌をやってはいけない。言わなきゃわかんなかったか?」

「おお、すまん! 飢えていたから、可哀相でな!」

 白目のままバルマーは答える。

 喉に穴が空いているせいか、言葉は風が抜ける音と混じり聞き取りづらい。

 ゼノは一瞬、ライズの方を見る。

 彼は不機嫌そうな顔で、ゼノをにらみ返している。

「あの錬成種、野放しにすんな。なんだっけ、その……」

「ワシの孫だ」

「孫かなんだか知らないが、指示したこと以外はやらせるな。今回の越権は、さすがのうちのボスも怒るぞ」

「おお、すまん!」

 それで許されたらしい。

 ゼノは槍を下げ、煙のようにどこかに消してしまう。

 俺に向き直り、冷たく言い放つ。

「戻るぞ」

 フライトに乗ってこい。

 ついでにそう命じられたので、俺はその意図を悟った。

 新樹庁へ召集されるのか。

 またなにか仕事をさせる気か。

 機嫌を損ねたらよくない。俺は慌ててゼノの後を追う。

 マルクとバーベナとすれ違った。

 マルクは目を見開いて、震えながらこちらを見ている。バーベナは尻餅をついたまま、機能停止したように固まっている。

 俺のせいだ。申し訳ないことをした。

 軽く頭を下げてから、通りすぎる。

「そんなことはするな。新人」

 背中まで視野があるのか。ゼノは振り返らずに言った。

「お前はここのやつらより立場が上だ。舐められないようにしろ」

「…………」

 難しいことを言うなよ。

 俺は頭が真っ白になってしまい、ぎこちない動きになる。

 飛龍種が並んでいる部屋に戻ると、部屋の端の大きな扉が壊されていた。

 どうやら、ゼノが突き破ってきたらしい。

 人間たちが対応に追われている。

 その穴の手前に座っていた飛龍に乗り込むゼノ。「急げよ」とだけ言い残し、俺に構わずさっさと行ってしまう。

 困ったな。俺は新樹庁の場所がわからない。

 前みたいに勝手に飛んでくれるかな。

 修理中と聞いていた小さなフライトに近付くと、俺を認めて目を細める。

 その様子に妙な安心感を覚えて、垂れてきた頭を撫でてやった。

「一応直っているから、乗ってもいいよ」

 ライズの声に、振り返る。

「新樹庁まで行きたいなら、そう命じたら自動で行く」

「そうなんだ。ありがとう」

 言いたいことはいろいろあったが、俺は無言で乗り込む。

 助けてくれた彼らに、これ以上迷惑はかけられない。

「ナビは向こうにあるから。うまく使って乗りきって」

 ヨタヨタと二本の足で歩き出すフライトに揺られつつ、俺はライズの言葉を一方的に受ける。

「大変だと思うけど、頑張ってね」

 薄く微笑む口元。以前も聞いた、簡素な励ましの言葉だった。

「ああ、わかった」

 ありがとう。

 笑顔でそう言い残し、俺は手綱を引く。

 それを合図にフライトは、ひび割れた床の先端を蹴って、空に向けて飛び立った。

 突然巻き込まれたこの環境に、思うところはある。

 理不尽だし、不満だらけだが……俺はもう深く関わってしまったのだ。

 ――やれるところまで、やるしかない。

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