第2章(2)
ライズは静かに語り始めた。
以前は、人間と再構成体は、対等な関係だった。
それぞれの能力を活かして、このコンフィズリーをうまく治めていこうとしていた。
再構成体がこの地に現れたのは、百年近く前だという。
それまで世界は人間のものだった。
人間たちは、再構成体とうまく共存しようとして、この樹上に彼らのすみかを作ってやった。
そして一緒に、この不思議な樹を育てた。
数十年続いていた、このバランスは――だんだんと機能しなくなっていった。
「人間側の有力者がね、次々に亡くなっていったんだ」
再構成体と違い、人間には限界があった。
彼らが失われたのは、病気や老いのせいであり、自然な流れだった。
人間という制御がなくなって、再構成体は暴走を始めた。
「新樹庁はね、もともと二人の再構成体が治めていたんだ。二人は穏やかな性格をしていて、人間のいうことをよく聞いた。
それが面白くない勢力がいたみたいなんだ」
二人のもとにいた再構成体が、互いの主の単独政権を主張して、争い始めた。
どちらが勝っても同じことだったんだが、その争いに勝ったのはニースだった。
それが、数年前に起きた“大きな事件”。
「ニースは自らの主が、相手の主のせいで失われたと主張している。自らの主が再生されるまで、このコンフィズリーは自分が導くのだと言っているよ」
「導く?」
「コンフィズリーはね、衰退しているんだ」
衰退。
俺は窓の外を見た。
大樹は相変わらず、日の光を受けてキラキラと輝いているが、反対側の地上は、空や海は――どこかくすんだ色をしている。
「再構成体だろうが、人間だろうが、世界がなくなっちゃったらどうしようもないよね。ニースたちは、コンフィズリーの生命が存続するために、世界中の資源を牛耳ってなにかをやろうとしているんだ」
その一環が――。
ライズは言葉を止めて、俺に視線を送る。
なんとなく察した。
俺を主役にしたいと言っていたプロジェクト。
それがその、コンフィズリーの生命を存続するためのものなのだろう。
ロープウェーが動きを止める。
目的地に着いたらしい。
ライズは再び無言で歩き、俺はおとなしくその背についていく。
辺りの景色は、新樹庁とほとんど変わらない。
樹に飲み込まれた廃墟に、新しい建物が増築されている。
「ここは『旧樹院』。新しい樹に飲み込まれてしまった古いほうの施設だ」
「古いほう?」
ライズは頷く。
「この樹はね、二つの『知恵の樹』がくっついたものなんだ」
複雑な話だな。
俺は辟易とした。
どうしてそんなにややこしいのかわからないが、このコンフィズリーには『知恵の樹』とかいう、“資源を吸い上げる巨大な樹”が二本もあるらしい。
「新樹庁のやつらよりは、話が通じるやつらだよ」
薄く笑って、彼は俺を建物の中に誘った。
そこは、独特の内装をしていた。
一直線に廊下があり、左右に部屋がわかれている。
右側には無数の机が並び、ポツポツと人間が座っている。棚にごちゃごちゃと資料が刺さっていて、それを読んだり書き移したりする場所のようだ。
左側は作業をする場所のようだ。
鉱物やら薬品やらが並び、白衣を着た人間たちが忙しく駆け回っている。
ライズは廊下を通り抜け、次の階に向かう。
そこも同じような風景だったが、作業場所が数倍の広さがあり、見たことがあるものが並んでいる。
「あれは、フライトか」
「ああ、そう。量産しているんだ」
量産?
俺が首をかしげると、ライズはいちばん奥を指差す。
「きみが前乗ったのは、あの子だよ。ベータ型。破損して帰ってきたから修理中」
大きい飛龍の中に、頭ひとつ小さい個体がいた。
確かに、あれだ。俺が貸してもらった飛龍。
「この子達はね、飛龍型錬成種というものだ。単に“飛龍種”とも呼んでいるけど。この旧樹院で開発された錬石生命だよ」
再構成体にちょっと似てるかな、と言ってライズは再び歩き出す。
「開発したばかりのプロトタイプをアルファというんだ。改良型がベータ。そして量産に入ればガンマって呼ばれるね」
「はあ……」
錬石生命。よくわからないが、普通の生き物ではないらしい。
ベータと呼ばれた飛龍は、すれ違うときに俺をみて、わずかに目を細める。
やっぱり愛嬌があるやつだ。
ガンマと呼ばれた飛龍は、俺に興味すら示さない。可愛げがない。
「妖精種というのも貸してもらったが」
「ああ。あれね。ナビとかいう、開発したてのやつでしょ」
「ナビも怪我をしているのか?」
俺が二つ目の球体を落とすとき、近付きすぎたから……フライトもナビも吹き飛ばされてしまった。
申し訳ないことをした。
俺が俯いていると、ライズがこちらを見て顔をしかめていた。
「あのね。錬成種ってのは生き物じゃないんだ。勘違いしないで欲しいんだけど」
「え? どういうことだ?」
嫌そうな目線の意味がわからず、問い返す。
そんな俺に、ライズは深いため息をついた。
「彼らは錬石を原料にして、竈で焼いたらいくらでも作り直せるんだ。きみが怪我をしているのとは、意味が全然違うんだよ」
「…………」
「だからね、きみは妖精種の心配なんてしなくてもいい」
冷たいやつだな。
その言い方に少し腹が立つ。
ナビのおかげで俺は救われた。
ナビは危険な任務にも関わらず、俺に従ってくれたんだ。
無事かどうかを気にするくらい、いいじゃないか。
「それで、ナビも怪我をしているのか?」
もう一度聞くと、ライズは面食らった顔をする。
「……いいや、無傷だよ」
「それはよかった」
俺の笑顔を見て、ライズはため息をついた。
どうやら、説得は諦めてくれたらしい。
無事なら、後でまた会うことができるだろう。
飛龍種の部屋のさらに奥へ向かう。
そこは少し熱気がある場所だった。
行き交う人間たちは、滝のような汗をかきながら働いている。
俺は人間と違い、多少の暑さは平気だ。
ライズは大丈夫かと不安に思ったが、彼もまた平然としている。
おかしいなと思ったが、まあ、ライズはいろいろとおかしいやつだから、気にしないでおこう。
奥の壁には竈のような鉄の扉がいくつも並んでいて、なにかを焼いているようだ。
一番大きな竈の前で熱心に、筒のような道具で中を覗き込みながら、備え付けられたハンドルを回している大男がいる。
ライズはその男に近付いて、声をかけた。
「バルマー、話がある」
「ああ? 今、集中しとるんだ」
後にしてくれ、と邪険にする男。
ライズは一瞬だけ黙り込んだが、すぐに男の肩を叩き、耳に顔を寄せる。
「バルマー、話がある」
「今、集中しとるんだが……」
「後にして」
「…………」
バルマーと呼ばれた男は、しばらく無言で手を動かしていたが、ライズに耳を引っ張られてようやくハンドルから手を離した。
「なんだ、ライズ。急用か」
「急用でしか、きみなんか呼ばないでしょ」
「おお! そうだったな」
バルマーはポンと手を叩き、ガハハと声をあげて笑う。
「それで、何の用だ、ライズよ」
「こいつのことで、相談がある」
「こいつ?」
バルマーは俺を見て、思いきり首をかしげる。
「こいつは、誰だ?」
「…………」
ライズは苛立ったような顔をして、ため息をつく。
そして、思いきり彼の後頭部をはたいた。
「なんで覚えてないの。重要人物だよ。何度も新聞を見せたよね」
「そうだったか。すまんがもう一度教えてくれるか」
「何回目だと思ってる? 次はないよ」
……なんだか既視感があるやり取りだ。
俺とレムが会話しているときみたいだ、と思い当たる。
「こいつはハーベストだよ。この前ナビを試運転した、例のプロジェクトの担当者だ」
「ああー! あのプロジェクト。ニースの肝いりのやつな」
バルマーは改めて俺を眺めて、笑顔を見せる。
ちらりと尖った歯が見えて、再構成体だと確信した。
ガタイがよくて、厳つい顔の中年男性の見た目。ライオンのたてがみみたいな赤い髪。俺が見てきた今までの再構成体とはかなり印象が違う。
……こういうのもいるんだな。
「しかしライズよ。ワシのところに連れてきて大丈夫か。これはニースの所有物だろう」
「ちゃんと管理がされていないみたいだから、気になったんだよ」
なんだか聞き捨てならないことを言っている。
口を開く前に、ライズが俺の腕をとり、袖をまくりあげる。
「ほう。これはずいぶんよくないな」
「そうでしょ。よくないよ」
よくない。
なにがよくないんだ?
あまりにも雑な感想で、反応に困る。
ただこの二人は認識が合うらしく、バルマーはすぐに席を立ち部屋の角に向かう。
山積みのごみの中から、なにかを手にして戻ってきた。
「これをやろう。ハーベスト。このくらいならよかろう」
それは綺麗な石で、六角柱の先端が尖っている透明な石だった。
「宝石?」
「錬石だ」
錬石。確かロミが言っていた気がする。絵を乾かすのに錬石魔法を使っているとか。
錬石魔法というのは、人間が開発した便利な技術らしい。
錬石とかいう貴重な石を割って、火や光を起こしたり、物を乾燥させたりする。
「とても貴重なものと聞いているが」
そう口にして、すぐに気がついた。
貴重なのは、採掘したらすぐに樹上に献上させられるからだ。
バルマーはガハハと笑い、俺にその石を押し付ける。
「それはくず石だ。遠慮はいらん。大したエネルギーもない」
「…………」
悪気がないことはわかるのだが。
俺は少し気分が悪くなる。
くず石とかいうこれが、人間の世界では高値で取引されている。
レムやロミは、俺の絵が早く仕上がるように、貴重な錬石を集めてくれている。
「バルマー。余計なことは言わないで」
「おお、すまん」
ライズがバルマーの白衣を引っ張り、苦言を呈した。
ライズは樹上に住んでいるようだが、まだまともな価値観を持っているらしい。
少しホッとする。
「これをどうするんだ?」
「食べるんだ」
「えっ」
バルマーは摘まんだ手を口に持っていき、齧る仕草を見せる。
いや、食べるという概念はわかるが。
人間が食べているものとは明らかに見た目が違う。
「これは再構成体の食べ物なのか」
「そうだよ」
いいから、食べなよ。
ライズに急かされたので、俺は恐る恐る、それを口に含んでみる。
固そうだったが、噛むとすんなり砕けていく。
不思議だった。
ここ最近感じていた、謎の違和感。
それは空腹感のようなものだったのだが、溶けるように消えていく。
粉々になるまで咀嚼し、飲み下す。
「それで傷くらいは治るだろう」
じゃあ、もういいか?
バルマーは作業に戻りたそうに、ライズの顔色を伺っている。
「いいよ、ありがとう」
「どういたしまして」
ニカッと笑ってから、竈に戻るバルマー。
ライズは再び俺の腕を取り、徐々に薄まっていくひび割れを眺めながら口を開いた。
「ナビがきみに、自己錬成を教えたんじゃないかな」
「ああ、そうだ。教えてもらった」
あれは今思えば、錬石魔法に似ているな。
体内に蓄積した錬石の魔力で奇跡を起こす、とか言っていたっけ。
「あれは潤沢に錬石を食べている個体が使うものだ。きみはあまり使わない方がいい。
すぐにエネルギーが枯渇するよ」
「そうなのか」
「だってきみ、錬石を食べたことないんでしょ?」
頷くと、ライズは顔をしかめて、ため息をついた。
「きみはさ、もう少し情報を集めた方がいいよ。前提条件を揃えてから行動しないと、いいように使われちゃうよ」
「……」
確かに、言われた通りだと思った。
俺が生きていくぶんにはどうでもよいが、あまり変なことをすると、人に迷惑がかかってしまう。
「ありがとう。これからは気を付けるよ」
そう言うと、ライズはひとまず、納得したように軽く頷いた。




