第17章(2)
夕暮れが近づくなか、キトは兵士たちに仮眠を取るように言った。
「明け方にルーファウスの部隊が攻め入る。先行班はその前にイスメリアに侵入する」
「先行班のメンバーは誰ですか」
「俺と、ハーベストと、スイと、あと共和国兵を二人貸してくれ」
意外な人選に俺は驚いたが、それはスイも同じようだった。
「私も行くのかい?」
「ああ。先行班の役割は、撤退兵の勧誘だ。あんたが適役だろ」
キトは、「俺とハーベストは、共和国兵の振りをする」などと言うので、俺は目を丸くした。
「どうやって共和国兵の振りをするんだ」
「ルーファウス。装備は二人分必要だ。用意できるか?」
「できますが……」
ルーファウスは、俺をじっと見る。
「ハーベストさまが、着るんですか?」
「着替えられるよな? ハーベスト」
キトが何故かそのような確認をする。
「もちろんだ」
どうしてそんなことを聞くのか。
キトは安堵の表情を浮かべながら言った。
「その派手な服じゃなかったら、割と目立たないんじゃないか」
「どうかしら」
コーデリアが首をかしげる。
「存在感を隠すのは難しいわよ」
彼女は同じ顔の経験談か、そのようなことを口にした。
「とりあえずお持ちしました」
ルーファウスから装備を受けとる。
共和国派の一般兵のものらしい。飾り気のない青灰の上下に、黒い革ベルトと腕章。胸と肩に最低限の革製の防具。そして角張った帽子がある。
ルーファウスや小隊長に選ばれた者が身につけているものとはすこし違う。
「あっちで着替えてこい」
キトはフライトの方を指差すので、そちらに行って着替えをした。
キトは雑にその場で着替えているようだったのに。妙な配慮を受けたと感じた。
ナビに手伝ってもらい、今の装備を外す。
借りた上衣に袖を通すと少し肩が余ったが、革帯を締め、左腕に白秤の腕章を巻けば、なんとか様にはなった。
最後に帽子を被り、みんなのもとに戻ると、何故だかひどく注目を受ける。
「あー、そうね。そうなるか……」
衣装をそつなく着こなすキトに、眉をひそめられた。
「似合わないか」
「似合わないな」
キトはルーファウスと相談を始めた。
ルーファウスは兵のひとりから大きめの帽子を借り、俺のものと交換する。
目深に被るように言い、なにやら小瓶から黒い油を垂らして指につけ、俺の両頬をなぞる。
「これが限界ですよ」
「しかたねぇな、これで行こう」
「…………」
俺は静かに着火し、白と橙色を混ぜた。
『鏡面』という術だ。
地面に反射面を作り出し、覗き込む。
顔が汚れ、髪が乱れている。絵を描いているときの自分に似た姿がそこにある。
俺らしくて良い感じじゃないか、と思った。
「連絡は赤と緑のチビで取り合えるな? 状況を伝えるから、コーデリアに近くまで送ってもらえ」
あんたらはちゃんと東門から侵入するんだぞ、とキトは言う。
「俺たちは違うのか」
「俺たちはスイに移動してもらう」
できるんだろ? と彼は尋ねた。
「思ったよりも、人使いが荒いんだな」
スイはひょいと肩をすくめたが、できないとは言わなかった。
「五人でイスメリアに侵入する。向かうのはここだ」
キトは共和国議事堂の脇にある、兵舎を指差した。
「まだここに詰められているな? あいつらは」
「ああ、そのようだ」
撤退兵の司令官は、会議でこのように命令されていた。
白嶺の民の圧倒的な力を目撃した者たちは、しばらく隔離しておくように。
遺体は白嶺の民に惨殺されたとして、明日に広場に並べる。
白嶺の民の残虐性を喧伝し、もう一度攻め込む方針。
その先鋒にまた撤退兵を使うつもりだと言っていた。
「撤退兵たちに、いち早くその事実を伝えてやろうぜ」
キトは悪い顔をしていた。
その後彼はルーファウスたちとともに仮眠を取った。
その間、眠らなくていい者だけの時間が発生した。
白嶺の民、もとい精霊人と呼ばれているコーデリアとスイ。
半分樹になり精霊たちに接続されてしまったエリス。
そして赤いナビ・アルファと緑のナビ・ベータ。
俺はすこし気になっていた。
いや、すこしじゃない。俺はすこし、と程度をあえて甘くして考えるのが癖になっていたのだが、そうやって流すのはよくないということもわかってきていた。
だからコーデリアのもとに歩み寄り、問いかけた。
「その緑色のナビは、いつからここにいるのだろうか」
「ああ、この子?」
彼女はちらりとナビを見下ろして、答える。
「急に現れたの。あなたの女神さまの差し金なんでしょ?」
コーデリアは語った。
ナビ・ベータは女神の目的を教えてくれた。
衰退世界を支配する女神の名前はエルフルト。
現在の彼女は魔王に力を奪われており、身動きが取れない状態だ、と。
「だから力を取り戻すため、その魔王というのを探しに、こちらに使者を派遣しているんですって」
あなたの話とちょっと違うわね? と苦笑いしながら刺してきた。
「魔王がこちらに逃げ込んで、人間たちに悪さをしているという話は聞いている……」
「邪なるもの、ですよね」
エリスが口を挟んだ。
「この白嶺に眠る力は、魔王とは関係がないのですか?」
エリスの問いに、コーデリアはため息をついた。
「このナビからも聞かれたわ。魔王を匿っていないか。私が監視の人形を叩き落として回っていたから、疑われていたみたいね」
しかし、彼女は首を横に振る。
「魔王というのは聞いたことがないわ。イーノスという名前だと聞いたけど、知らないわ」
「それでは、やはり魔王はファロウに潜んで力を渡しているのでしょうか……」
エリスはそう神妙に問いかけた。
真面目な質問だったのに、背後で突然、スイが息を吹き出したのが聞こえた。
「なんだろうか」
「いや、失礼」
スイはそう答えただけで黙り込んだので、俺はむっとして食い下がる。
「知っていることがあるなら、話してほしいんだが」
「別に私はなにも知らないよ」
彼はそう前置きしてから、言葉を続ける。
「しかし、ファロウの力はおそらく私たちの力を応用しているんだと思うね」
「コーデリアも言っていたが、君たちの仲間がさらわれたというのは事実か」
ファロウの力の源流は、精霊人と精霊石。たしか以前にそのように説明を受けたはずだ、と言及した。
「そうだと思うわ。彼らは私たちのように祈りの言葉で力を取り出せない。だから、あらかじめ力を宿した精霊石を使って、術のようなものを起こしているのだと思う」
たぶんだけど、とコーデリアは推測の言葉を挟んだ。
「ここだけじゃないのよ。精霊人は他の地域にもいるの。風の力だけじゃなく、他の力も使える。あなたたちが思っているよりも、ファロウという国は厄介かもしれないわ」
「…………」
思えば俺は、トライフルのことを知らなすぎる。
フォレスティア周辺しか意識して見たことがないが、この世界はとても広い。コンフィズリーよりもずっと広い土地が続いている。
「魔王はどうでもいいんだが、私は君たちの関係の方が気になるね」
スイが小首をかしげながら、俺とコーデリアを見る。
「君たちは明らかにルーツが同じ顔をしているね。その理由について、なにか思い当たるところはあるのかい?」
「…………」
俺とコーデリアは顔を見合わせる。
たしかにそれも気になっていたのだが……。
「女神と魔王の関係とか、人間の国同士のごたごたとか、そのようなことにはあまり興味が持てないんだが、君たちのルーツにはすこし興味があるね」
スイは、面白そうだ、と言って目を細める。
「面白がられても困るわ」
コーデリアは眉をひそめる。どうやら精霊人たちも一枚岩ではないらしい。
その後、夜が訪れ、辺りは暗くなった。エリスの樹や森のそこかしこから柔らかい緑の光が灯っていたから、真っ暗というほどではなかった。
起き出したキトたちは簡単な食事などを摂ってから、作戦開始を告げた。
「ここからイスメリアに飛ぶのだと、距離が離れすぎているね。そうなると、正確な位置に送れるとは限らない」
スイが今更ながら、そんなことを言い出す。
「なら途中まで、フライトで移動しよう」
俺はそう提案した。暗い中でなら、雲化していればほぼ視認できない。
「俺たちが降りたあと、フライトは作戦終了まで、雲に紛れ込ませておく」
「それならまあ、心配はないだろう」
キトはそう答えたのち、どこからか引っ張り出してきた暗めの色の布を、先行班の一人ずつに配る。
広げてみると、どうやら使い込まれた共和国旗のようだ。
「保険だ。これを被っておこう」
「被るんですか? なんのために?」
共和国兵の一人が尋ねる。
キトは突然着火をし、紫の光を二回混ぜてから俺の布に掌を掲げる。
ざわめきが広がる。
「なにをしたんですか?」
俺も驚いた。手の中にあるはずの布が消えている。布どころか、俺の手ごと消えたように見える。
もちろん俺の手はある。手触りとしては布もある。
布をつかんで左手を引き出すと、引き出した方の手は見えるようになった。
「女神の力のひとつだ。隠したいものを布に包んで、似た色の場所に置く。そこに『暗闇』をかけると、ほとんど見えなくなる」
「そんなことができるのか」
キトの第二属性の『闇』は、俺が使えない属性だ。その術の応用については、全く知識がない。
「手品みたいだろ?」
得意気に笑うキトに、俺は怪訝な顔を向ける。
「もしかして君、剣を白嶺に隠して持ち込んだのは、この術を使っていたのか」
彼がコーデリアに吊られたときに、バタバタと落ちてきた剣や飴。そのときの剣が、布にくるまれていたのを思い出した。
どうやって持ち込んだのか疑問に思っていたが、まさかこんな手を使っていたなんて。
「まあ、そんなこともやったかもしれないが……」
キトはばつが悪そうにしながら、話を真面目な方向に戻す。
「スイも霧で俺たちを隠せるかもしれないが、スイはできるだけ自由度が高い状態に置きたい。暗闇に紛れさせるのは、俺にもできるから、教えておこうと思って」
「…………」
キトは今でも俺に黙って、自己錬成の研究を続けているのだろうか。
彼は俺が知らない間に、剣の謎の効果を使い、錬石を口にできるようになっていた。そのため飴で体を酷使するような無茶は、ほとんどしなくなったみたいだが……。
俺の視線を感じたのか、キトは気まずそうに顔をそらす。
小言を言いたい気持ちになったが、それは任務が終わってからで良さそうだ。
「それじゃあコーデリア。ルーファウスを頼んだ」
「わかったわ。ナビで状況報告をお願い」
キトは頷いて答えて、フライトを飛ばしてくれと俺に頼んだ。
五人と赤ナビを乗せたフライトは、バサッと翼を広げる。
俺は自分に『恒常』をかけ、夜目を利かせた。
「スイは暗さに強い方か」
そう尋ねると、彼はひょいと肩をすくめる。
「気にしたことはないね」
強いということか。
精霊人というのは、再構成体と似ているようで、微妙に違う。
幼生や蛹から育つというのもそうだが、彼らは隠れているウォッチを視認できたりと、俺よりも五感に優れているように思う。
スイからルーツの件を気にされていたが、たしかに奇妙だ。
精霊人と再構成体は、かなり違う体をしているようなのに、俺とコーデリアは似ている。
精霊人と再構成体の原料となる魂は、同じ場所から引っ張り出されたということなのだろうか。




