第17章(1)
ウォッチが追っていた撤退兵たちがイスメリアにたどり着いたのは、翌日の昼過ぎだった。
東門が開かれる。
昼にしては人通りの少ない道を、静かに進む。
議事堂前の広場には多数の兵が並んでいる。
その先の一区画に並ぶ質素な建物のいくつかに分かれて彼らは入った。司令官は集まってきた兵に指示を飛ばし、遺体を乗せた荷車をさらに別の建物へ運び込ませていた。
「しばらく待機するように。外部の者との会話を禁ずる」
司令官は兵士が詰め込まれた建物を順番に回り、そのように命じると、数人の身なりのよい兵士を連れて馬車に乗り、大通りの坂道を上っていった。
古めかしいが立派な宮殿が立ち並ぶ区画に入り、馬車を降りた。
かなり厳重な警備だ。ここに王党派の主要人物が揃っているだろうことは、警備の質だけでわかる。
「どうだ? やつらの様子は」
キトに問われたので、それまでの動きを報告する。
俺の説明を聞いて、ルーファウスはよりわかりやすい内容に変えて皆に報告した。
「共和国議事堂の周りに警備兵が多数。その付近の詰め所にて待機命令。司令官と副官は旧王宮に向かったそうです」
「旧王宮に、敵のボスがいるんだな」
「その通りです。そして地下牢に、共和国の執政官たちが捕らわれているはずです」
ルーファウスもその一角に捕らわれていたらしい。脱走できたのはほんの一部だったという。
「議事堂にも共和国派の人間が閉じ込められているかもしれません。まず救うのはそこでしょう」
彼の発言に、キトと共和国派の兵士たちは神妙に頷いた。
「監視を続けてくれ」
そう促され、ウォッチの視点に戻る。
司令官は赤い旗が並ぶ通路を歩き、会議室に足を踏み入れる。
そこには、何人もの男たちが集まっていた。
王党派の将校らしき、詰襟の服を着込んだ者。貴族らしい豪勢な服の者。質素な服の文官。鎧を着た警備兵。
そして、見慣れない服装の男がいた。
彼は卓上に置かれた箱を、大切そうに触れている。隙間から、不思議な色合いの光が漏れている。
俺は思わず口を開いた。
「怪しい者がいる」
「怪しい者?」
「光る装置を使っている。ファロウの魔術の類いかもしれない」
グレンに刷り込まれていたのもあり、自然とそのような言い回しになった。
「なんの装置だ?」
キトの問いに、コーデリアが質問を被せてくる。
「光の色はわかる?」
光の色……。
くるくると揺らめく色は断定が難しかったが、緑と青と白が混ざっている気がする。
俺がそう答えると、コーデリアは答えた。
「それなら、遠くと音や映像を繋げているかもしれないわ」
「そんなことができるのか?」
「私たちも、似たような術が使えるから」
「…………」
相手もウォッチみたいなものが使えるということか。
厄介だな、と思った。
「ファロウと連絡を取り合っているのかもしれないな」
キトは舌打ちをして、監視を続けてくれ、と言った。
ウォッチからの映像に意識を戻す。音声ももちろん繋げさせた。
撤退兵の司令官たちが到着する前から、会議は始まっていたようだった。
重苦しい声が聞こえる。
「――フォレスティア軍は国境付近に集結しつつあります」
「しかし、越境は確認されておりません」
「飛龍の姿もありません」
「ではあの攻撃は、本当に白嶺の民によるものと?」
「そう見るべきでしょう。少なくとも、フォレスティアが正面から介入した証拠はありません」
「馬鹿な。先住民にあれほどの力があるなど……。今まで無抵抗だったやつらが、今さらなぜ?」
詰襟の男が、箱に手を置く男を見た。
「ファロウの支援を要請します! 霧を晴らす道具だけでは足りない。上空から攻め入っていただきましょう」
「駄目だ。風嚢船を落とされる危険がある」
「その前に制圧をすれば!」
「白嶺の民は警告を出していました。あれをただの脅しと見るのは危険です」
会議は揉めていた。
俺が付けていた司令官は、ようやく到着に気付いてもらえた様子で、弱々しく報告を始めた。
「凄まじい攻撃でした。大砲のような風によって木々がなぎ倒され、兵たちは倒木の下敷きになりました」
司令官は、悲愴な様子で白嶺で見たことを語る。
「負傷者には救いの手を差し伸べる、と言っていた通り、超常的な力で兵士は救われました。倒木を一瞬で砕き、下敷きになった者を引き出したあと、たとえ死にかけであっても完璧に治癒されたそうです。残念なことに、すでに息絶えていた者は救われませんでしたが……」
「それを目撃した兵士たちは、今どうしている」
「兵舎で待機させています。遺体も隔離しました」
「それは良い判断です。絶対にこの話を外部に漏らさないように」
「はい、わかりました」
会議に出ていた者は、おそらくファロウの風嚢船からの報告を受けていただけなのだろう。
しかしこれは、遠くからの観察ではわからなかった実体験の証言だ。室内に動揺が走っていた。
「彼らは我々の命を弄んでいる。許されないことだ」
「幻術ではないですか。その体験は、本当のことですか?」
「ファロウにもそのくらいの術は使えるのでしょう? やはり支援をしてもらうしか……」
「手を出さなければ、攻撃はしてこないんですよ。やはりあそこに手は出さない方がいいのでは」
反応は一様ではない。
俺はその様子をキトに報告した。
「やっぱり日和るやつが出てきたな」
キトは薄笑いを浮かべている。
「しかし、狙いとはすこし違いましたね」
ルーファウスのぼやきに、キトは鼻を鳴らす。
「そこまで馬鹿じゃなかったな。危険情報は封じた。しかし逆に言えば、それだけ危険情報だってことだ」
キトは兵士たちに体験談を広めてほしかったようだ。他の兵士や街の人に広まれば、イスメリア全体に動揺が生まれるだろうから。
「三日待つつもりだった」
キトは、そう呟いた。
「しかし、待つのに意味はなさそうだ。ファロウと連絡を取っているならなおさらだ」
キトは顔を上げた。
「今日の夜か、明日の未明だ」
イスメリアを急襲する、彼はそう宣言した。
あまりにも早い判断だったが、否定する材料はない。
ルーファウスも、コーデリアも、この場にいる者はみんな受け入れたように頷いた。
「ハーベストは監視を続けてくれ」
俺にはそう指示を出し、主要メンバーで円陣を組んで、イスメリアの攻め方を話し合い始めた。
白嶺の民を、前面に立たせる気はないらしい。
あくまでこれは、イノスマイリアの人間の政権争い。
彼らとは同盟を結んでいるが、表に立つのはイノスマイリアの人間。リーダーはルーファウス。主力兵はルーファウスが連れてきたイノスマイリア共和国派の兵士たち。
「服を借りてもいいか。俺も共和国兵として入り込む」
「予備の装備があります。お貸しします」
「まずは撤退兵が閉じ込められている兵舎に忍び込む。やつらを寝返らせる」
キトは次々に話を組み立てていく。
「共和国旗が残っていそうな場所はあるか? 似たようなデザインならなんでもいい。用意が整えば、あちこちに掲げさせたい」
「中庸派へのアピールのためですか」
「そうだ。街の世論も味方につけたい」
キトは目の前の地図の、議事堂前の広場らしき箇所を指差して言った。
「広場に人を集めて、ド派手な精霊術を撃とう。街は傷付けず、空に向けて撃つ」
それで人々を魅了する。そう語るキトに、皆が情景を思い浮かべただろう。
「白嶺の民、いや、白嶺に棲む精霊を味方に付けた共和国派の力は強大だと宣言する」
そう語るキトに、ルーファウスは頬を紅潮させながら言った。
「民を味方に付けるなら、アーネストさまの名を出させてください。イスメリアの民はアーネストさまの統治に安寧を得ておりました」
――白嶺の民は、アーネストさまの死を悼み、共和国派に力を貸すと決めた。
アーネストさまの命を奪い、白嶺への侵略を企てた簒奪者どもを我々は許さない!
「そのように言わせてください」と、ルーファウスは強い口調で語る。
「あんたが起こす戦争だ。大義はあんたに任せるよ」
キトは大して興味もなさそうに、ルーファウスにそう答えた。
共和国旗の保管場所、民への配給導線、味方が閉じ込められている場所、敵が潜んでいる場所……キトは作戦の肝になりそうな情報を次々に確認していく。
「まず東門から議事堂までを抑える。北門から敵を撤退させる」
いまここにいる共和国兵は、ルーファウスを入れて五十二人。その内、エリスの眷属になった緑目の二十人と、それ以外に分けてそれぞれに役割を与えていく。
「エリスの力を持つ者を、三部隊に分ける」
中央の隊はルーファウスが率いる。左右に小隊を置き、それぞれの小隊長に精霊石を持たせる。
「あんたらは、責任を持って詠唱を覚えろ。使える術を把握しろ」
街を破壊する考えはないことを伝え、コーデリアから三つの術を勧められる。
『凪の牢獄』。これはルーファウスや殴られて停止させられていたウォッチたちが、以前閉じ込められていた際に使用されていた術らしい。
一定範囲に、生命を沈静化させる結界を張るらしい。普通の人間なら、攻撃の意思を削ぐことができるという。
『彼方への風路』。これはコーデリアたちが俺たちを移動させるのに用いていたものだ。指定の位置に送るのは慣れないと難しいらしいが、アバウトに向こうに移動させる、などという使い方なら初心者でもできるらしい。
『風のささやき』。これはコーデリアが先ほど使ったものだ。音声を広い範囲に無差別に届けるので、こちらの意思を伝えるにはとても有効だ。
「一度にたくさん覚えるのはやめた方がいいわ。まずは確実にこの三つを覚えて頂戴」
「わかった。それじゃああんたらは、あっちで練習しておいてくれ」
中央のルーファウス隊にのみ、もうひとつの精霊術――風の大砲を撃つ『貫く風道』も練習するように伝えた。
広場で撃たせる用らしい。
「派手な作戦はあいつらに任せる。術が使えないやつらは、あの三隊についてサポートをする」
怯んだ敵を武力制圧。旗を掲げる。市民や投降兵の保護。
「一番大事なのは味方への説明だ。共和国派の主権を取り戻す、協力者には以前と変わらない生活を保証すると言え」
バラバラの動きをさせるな、とキトは強く言った。
「全員を作戦通りに動かす努力をしろ。つまりは、東門から議事堂までを抑え、敵は北門から撤退させろ」
イスメリアに王党派を残すな、とキトは言った。
「しかし、王党派を逃せば国が割れるかもしれません」
共和国兵のひとりが呟いた。
「ファロウ側の地域には、王党派を支持する街がいくつかあります」
「それはもう仕方ねぇよ。後で対処するしかない」
キトは苦々しい顔をする。
「首都の中に敵を残す方が危ねぇ。国が割れるかもしれない話は、その後で考えろ」
「しかし……」
反論があるのは当然だと思う。
ただ、今の状況に正解はたぶんない。
不安そうに顔を見合わせる共和国兵たちをしばらく眺めていた後に、キトは言った。
「今は、ひとつの案を徹底的にやる段階だ。確実な正解なんか引けねぇ。あんたらのリーダーはルーファウスだ。あいつがやると決めたことを、全力でやれ」
兵士たちは、精霊術部隊の統制を取るルーファウスに目を向ける。
彼は緑目たちの中心に立ち、空に向けて精霊石を掲げた。
「では、お願いします!」
彼の号令に合わせて、緑目の兵士たちがたどたどしく祈りの言葉を詠唱する。
空気の渦が発生し、空に向けて暴風が走った。
「わあ、できました、できました!」
「やりましたね、ルーファウス様!」
子供のようにはしゃいでいる彼らの姿に、こちらの兵たちも表情が緩む。
「大丈夫だ。イノスマイリアの人間たちに、あんたらの仲間になりたいと思わせろよ。それさえできりゃあ、なんとかなるさ」
「…………」
謎の説得力がこの場を支配した。
みんなの顔から、悩みが消えていく。
そんな光景を目の当たりにし、俺は改めて思った。
キトはやっぱり、変わったやつだ。




