第16章(3)
「そうだ。できるか?」
思いのほか、理解が深い。キトの問いかけに、スイは力強く頷く。
「面白そうだから、協力しよう」
面白そう……。その理由にすこし違和感を覚えたが、協力的なのはありがたかったのでコメントはしないことにした。
俺はルーファウスから鞄を借り、そこに錬石を詰める。
飴も詰め込もうとして、キトに断られた。
「剣を抜いておくから、飴はなくていいよ」
「?」
あまり意味がわからなかったが、俺は頷いて、錬石のみを鞄に詰める。
「転送するのは、ここにいる者たちでいいのかな」
スイが祭壇の周りを見渡す。
「ああ、そこの共和国派の兵士十人と、俺とハーベストだけでいい」
キトは即座に答えた。
正確に言えば、俺の肩には赤ナビとウォッチが貼り付いていたので、彼女らも範囲には含まれるだろう。
スイは頷き、どこからか取り出した透明な石を握った手を掲げる。
詠唱を始める。微かに聞こえるそれは、コーデリアが唱えたのと似た祈りの言葉だ。
石が緑、白、青と順番に光り、色が複雑に混ざる。
彼らが操る術は、俺たちが指先の光を混ぜる自己錬成の原理と似通っているのかもしれない。
スイが発動の言葉を口にすると共に、周りの景色がぐにゃりと歪んでいく。
気がついた時には、俺たちは揃って霧深い森の中に移動していた。
霧に覆われていたから詳細な距離はわからないが、コーデリアの声は問題なく届いている。
「先ほどの風道が通ったのはこのすぐ先だ」
近くからスイの声がする。
彼の持つ石の光は霧の中でも見える。
光を目印にすれば良いのかと思い立ち、俺も人差し指と小指の光を混ぜて『灯火』の術を練った。
スイの光に従い歩を進めると、徐々に霧が薄くなっていく。
枝がへし折れた木々が見えた。
やがて倒木に遮られ、進行がままならなくなる。
倒れた樹に巻き込まれる形で、赤い布が挟まれているのが見えた。
「王党派の旗です」
イノスマイリアの兵士が教えてくれた。
「下に人がいます!」
「あちらにも!」
次々に仲間から声が上がった。
あまりにもたくさんの樹が倒れていた。
折り重なった樹の下に人がいた。
救い出すのは難しいかもしれない。
つい弱気になりかけたその直後に、目の前の倒木が勢い良く弾けた。
「キト」
俺は呟く。
視界の先には指を光らせたキトがいた。
『破裂』の錬成術だ。彼はすぐに次の術を練り、違う倒木を弾けさせている。
「軽くなったところから、救助を進めてくれ」
キトは剣を抜いていた。珠飾りが淡緑に輝き、キトの髪の毛がそれに呼応して光っている。
キトは懐から錬石を取り出して、口に入れた。
俺が以前渡した錬石だ。
「錬石を食べられるようになったのか?」
いつの間に?
再構成体化が進んでしまったのか?
俺は内心焦ったが、ナビがすぐに耳打ちをしてくる。
「あの剣の効能のようです。あれは抜いている間、キトライドの欠落した再構成部位を補う働きをするようです」
「剣をしまえばもとに戻るのか」
「現状はそのようです」
「…………」
また気付かないうちに、ニースの不気味な実験が始まっていたのか?
しかし今はそれどころではない。
俺は共和国派の兵士たちが引きずり出してきた負傷者に目を向ける。
息があるのかないのかはわからない。
とりあえず『再生』の色を作る。
金と白が混ざった光が、痛々しいその体を包み込む。
大きくくの字に体を折った。
ガハと咳き込み、血を吐く。
どうやら息を吹き返したらしい。
「幸運だね、君。ほら、部隊に帰りな」
スイがそう声をかけ、すぐに次の負傷者に近付く。
その負傷者にも『再生』をかけてやったが、体に変化が起こらない。すでに息絶えているらしい。
俺たちはそれを繰り返した。
癒した者たちはしばらくぼんやりとしていたが、コーデリアの演説を聞き状況を把握したようだ。
俺たちが慈悲を示しに来た一団だと理解し、話を聞こうとしたり、救助を手伝おうとしたりした。
そんな彼らを従えながら、徐々に歩を進めていくと、二十人ほどの一小隊が控えている場所にたどり着いた。
陣地のつもりか、周りの樹には赤い旗がくくりつけられている。
白い塔に冠が掲げられた絵が描いてある。ファロウの風嚢船につけられていた旗と印象が似ていた。
戦闘の意思はすでになさそうで、真ん中に負傷者らしき人々がへたり込んでいる。
「あなた方のことを説明して参ります。どうか彼らもお救いください」
救助を手伝ってくれていた、王党派の兵士のひとりがそのようにスイに提案した。
「いや、説明は不要だ。負傷者はここからでも癒せる」
スイはちらりと俺を見る。
つられて兵士たちもこちらを見たが、彼らには俺は見えていないようだ。
無茶な振り方をする。俺はすこし眉をひそめる。
距離が遠いし、数が多い。
ここから放った『再生』で、どのくらいの効果が出せるかは未知数だ。
俺は錬石をガリガリとかじって、指の光を混ぜた。
もうひとつかじりながら混ぜると、光の強さが増す。
三つほど混ぜたら、まばゆいほどの光が発生した。
これで放ってみるかと、小隊に手のひらを向けた。
金と白の光が、小隊の真ん中で膨らむ。
最初は恐怖の声が上がっていたが、そのうちに驚きの声に変わっていく。
効果はあったようだ。へたり込んでいた兵たちが次々に立ち上がるのを見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「我々が望むのは、即時撤退だ。それ以外は要求しない。その無念の亡骸を増やさぬよう、彼らを説得してくれ」
スイは穏やかにそう語り、再生で復活しなかった遺体に優しい眼差しを向ける。
その姿に、敵兵たちはいたく感動したらしい。
「はい! 必ずやご期待に応えます!」
彼らは敬礼をして、遺体を担いで小隊に合流していった。
彼らが去ったほうを眺めつつ、スイはクスリと笑いを漏らす。
「なんとも、ちょろい生き物だね」
「…………」
このスイという個体は、自分を魅せるのに慣れているらしい。
再構成体と同じく、白嶺の民にも色々な個体がいるようだ。
彼はコーデリアに比べて、扱いにくいかもしれない。
得体が知れないスイにも寒気を覚えたし、冷静にそう考える自分にも嫌な気分になった。
「大体回り切ったか?」
ひとりで倒木を破壊して回っていたキトが合流し、スイに尋ねる。
スイは耳を澄ますようにして、しばらく静止する。
その仕草は何度も見かけたので、何となく予想がついた。
おそらく周囲に散らばっている幼生の声を聞いているのだと思う。
「そうだね。風道に巻き込まれた者は、大体回収が終わったんじゃないか」
「じゃあ帰ろう。撤退するのも時間の問題だろ」
やつらが撤退し終えたら、共和国の旗でも立てて回ろうぜ、などとキトは軽口を叩いた。
スイの術により、再び浮島に戻る。
未だに演説を繰り返すコーデリアに、キトは台本を変えるよう提案した。
「時間制限を追加してよ。日没までに撤退しなかったら、追撃をするって」
「ついでにあの風嚢船にも警告を出しませんか?」
望遠鏡で空を見ていたルーファウスが意見を述べる。
「そうだな。鬱陶しいから追い払うか」
キトはすぐに賛成し、ルーファウスに新たな台本を書かせた。
新しい台本を書いている間に、状況が変わった。
ついに撤退を始めたらしい。
「侵入者たちが、去っていきます」
エリスが虚空を見ながら、そう言った。
「案外素直だったね」
スイも同様に、遠くを見つめながら感想を漏らした。
風嚢船も後退を始めている。
言葉はちゃんと届いていたようだ。
コーデリアはようやく杖を地に下ろし、息をついた。
初めての実戦を終えた魔法部隊……いや、神官部隊と呼ぶんだったか、彼らは精魂を使い尽くした様子だった。
円形に並んだままで、膝をついたり腰を下ろしたりしている。
「良くやってくれた。体に不調はないか?」
「大丈夫です。ハーベスト様」
グレンがすぐに応じてくれた。目が緑に変色している以外は、特に違和感があるところはない。
「追撃はしないが、侵攻はするぞ」
キトはすぐに次の行動について、ルーファウスと議論を始めていた。
「先ほどのやつらが、話を持ち帰ってくれるはずだ。共和国派と白嶺の民が同盟を結んでいると」
「うまく行くでしょうか。情報統制に入るかもしれません」
「確かにそうだな」
キトは広げられた地図をにらみながら、すこし考えたのちに俺を呼んだ。
「ハーベスト。やつらの監視を頼みたいんだが、できるか」
「ああ。俺が動かせるウォッチがここに一体いる」
「ウォッチ?」
ああ、しまった。具体的な監視システムについては黙っているつもりだったのに。
すこし顔色を悪くしていると、キトは気にせず話を進めてくれた。
「いま撤退をしているやつらの後を付けてくれないか」
「可能だが。何を知りたいんだ?」
「やつらがイスメリアに逃げ帰ったあと、どう扱われるかを見てほしい」
キトが言うには、イスメリアで帰還兵が隔離されるか、解放されるか、それを知るのが重要らしい。
「帰還中に、誰が司令官かを把握してほしい。司令官にくっついて、発言を拾ってくれ。そいつが指示を出すはずだ」
司令官を監視し、軍会議の内容を聞いてほしい。その内容で、攻め方を決める――そう説明され、なるほどと思った。
「ナビ。俺が動かせるウォッチに指示をしてくれるか」
自分でもある程度はできるが、ナビを経由したほうが細かく動かせる。
「お任せください!」
赤いナビが元気良く返事をする。
「撤退している兵士たちを追いたい。司令官を特定して、音声を拾いたい」
「了解しました!」
肩にいる端末を経由して、俺の視界に風景が流れ始める。
眼下に白い霧がしばらく続いた後、霧のない森が現れる。
そこを抜けた先、俺たちも苦しめられた凹凸の激しい街道に、人間の集団が見えた。
赤い旗をはためかせ、街道を進んでいる。
治療が行き届いていなかったのだろう。担架に乗せられた者。肩を貸されて歩く者がいる。
白い布にくるまれて運ばれているのは、遺体だろうか。
ほとんどの人間の顔色は悪い。
先頭の集団に、明らかに衣装が違う者がいた。
赤い外套を羽織り、白い塔と冠の徽章を胸につけている。
周囲の兵がやけに気を遣っているところを見ると、彼が司令官なのだろう。
「この男の顔を記録しておいてくれ」
「了解しました」
他にも重要そうな立場の者を探し当て、ナビに記録させる。
俺が監視の仕事をしている間、キトはイスメリア奪還のシミュレーションに勤しんでいた。
具体的には、共和国派の仲間が捕らわれている位置の確認。戦力の確認。侵入経路の確認。寝返りそうな中庸派戦力数と、その揺さぶり方について。
「イスメリア奪還は、できるだけ共和国派だけでやってほしい」
「わかっています。白嶺の民の皆様には迷惑はかけません」
エリスの力を得た二十人は、当然使う。
キトは術の使い方を緑のナビから学んでいた。
「これはあんたが持て」
キトはルーファウスに石を渡す。スイが持っていたのと同じくらいの大きさの透明な石だ。
「この石はなんていう名前なんだ?」
「精霊石、と呼んでいるよ」
キトの問いにスイが答える。
「ここでは白嶺の民などと呼ばれているが、私たちの仲間は、他の土地では『精霊人』と呼ばれていてね」
「あんたみたいなのが、他の国にもいるのか?」
「ああ、いるさ。世界中にいる」
興味を引かれたが、いまはそのような話をしている時ではない。
「精霊石。いいじゃん。女神の力じゃなくて、精霊術と呼んだらどうだ?」
キトはグレンに提案する。
「名称については、今後議論しましょう……」
「じゃあ、とりあえずいまは精霊術って呼んでおこう」
キトは改めて、ルーファウスに渡した拳大の精霊石を指差して言った。
「あんたが指示して、精霊術を使え。白嶺の民との同盟で得た力だと言うんだぞ」
「わかりました」
ルーファウスは、強く頷いた。




