第15章(3)
その日から、俺はエリスを正式な仲間として扱った。
まずはキトに引き合わせた。
「一回やると決めたなら、怖じ気づくんじゃねぇぞ。あんたの行動ひとつで、筋書きが変わるんだからな」
キトは厳しい顔でそう言って、エリスの反応を見た。
「わかっております。私は王統の家の娘です。必要だと思ったことならばやり切ります」
彼女は落ち着いていた。
王統の家というのは、かなりの高位の貴族なのだろう。
貴族というのは、育ちが違う。上級であるほど教育が徹底しており、自分の人生を自分だけのものと捉えない。
俺には何故だか、そのような知識があった。
だから彼女の言いたいことがなんとなくわかった。
「…………」
キトはすこし顔を歪めた。
彼女の覚悟ではなく、その前置きの方に引っかかったような顔だった。
一瞬の間があった後、俺に視線を向けられる。
もしかして先ほどの台詞は、俺にも言っていたんだろうか。
俺の行動ひとつでシナリオが変わる。
――土壇場での不用意な言動は控えろ。
キトの目はそう言っていた。
「わかっている。徹底する」
以前は使えなかった強い言葉を口にする。
キトはわずかに不信の色を滲ませたが、それ以上はなにも言わなかった。
次にロナルドに面会した。
父親である彼に黙って話を進めるわけにはいかない。
キトがどこまで話しているかわからなかったから、俺の言葉で改めて概要を語った。
彼は、エリスよりも深刻な顔をしていた。
「お父様。女神様が言われたことならば、このやり方にはなにか意味があるのだと思います」
エリスは表情を変えず、淡々と語りかける。
「突飛な方法だからと怖じ気づき、神託から目を背けるのは得策ではありません。別の選択をした結果、国を危険にさらすことが見えているのなら、なおさらです」
「それはそうだが……」
「私は元より、神に捧げられる者として役割を固定されておりました。そのことに異論はありません。……しかし捧げる方法については、私の意思に委ねていただきたいのです」
「…………」
ロナルドの視線が泳いでいる。
彼は以前、俺とエリスを結婚させようとしていた。
結婚という制度については、まだ正確にはわかっていない。しかし、人間にとっては幸せの象徴のようなイベントであることは理解している。
ロナルドは父親として、エリスの幸せな姿を見たかったのではないかと思う。
愛する娘に、人間としての幸せを得てほしかったんじゃないか。
彼の声は、震えていた。
「わかりました。フォレスティアのため……任務を果たしてくださいませ、エリス様」
彼らにそのような決意をさせてしまったことを、俺は重く受け取らなければならない。
エリスを仲間に加えたことで、イスメリア奪還計画はより具体性を帯びていく。
「白嶺地区にまだ手が及んでいないなら、四者協議を約束通り進めましょう」
アーネストの代わりになれそうなイノスマイリア共和国側の代表がいるのか議論になった。
「アーネスト様にもしものことがあれば、ルーファウス様に彼の権限を移譲するという書状はありますが……」
ルーファウスはイスメリアで拘束されていると聞いた。
「最悪の場合、私が務めます。後々問題になるかもしれませんが、ある程度は仕方がないでしょう」
レオニスはそう述べた。イスメリアからこちらに脱出できた共和国派で、最も位が高いのがレオニスなのだそうだ。
白嶺地区の様子を確認しようと、ウォッチ端末とリンクすると、強制的にどこかの映像が脳内に叩き込まれた。
なんの映像だ?
目の前には緑が広がる。
緑には青い絨毯が敷かれていて、それが白い秤の描かれた共和国旗であることに気付く。
「ウォッチ? 君は聖地で行方不明になったウォッチか?」
俺の言葉に反応があった。
視界が別の方へ向き、コーデリアの顔が飛び込んでくる。
「緊急事態よ。ハーベスト、すぐに来なさい」
掴まれて、どこかに連れていかれるような映像が流れる。
次の瞬間、数人の人影が見えた。
その中に見知った顔があり、コーデリアはその者の名を呼んだ。
「ハーベストさま? 見ておられるのですか?」
返事をしたのは、ルーファウスだった。
イスメリアで囚われているんじゃなかったのか。
彼は必死な顔で訴える。
「すぐに来てください! 白嶺が攻め込まれようとしています!」
どうも、現地はすでに追い込まれてしまっている状態らしい。
俺はウォッチで見聞きしたことを、評議会で告げた。
「ルーファウス様が、白嶺地区に?」
レオニスは顔を輝かせたが、喜んでいる場合ではない。
「あまり時間がないようだ。すぐにでも向かおうと思うのだが」
フライトなら数時間で白嶺地区まで行ける。雲化で視界の阻害ができるので、侵入に気付かれることはないことも述べる。
「しかし、たくさんは乗れない。同乗できるのは数人程度だ」
「俺は行く。エリスも来い」
キトはすぐにそう告げ、ロナルドに指示した。
「国境付近まで軍を寄せておけ。俺が合図をしたら、すぐに侵攻できるようにしておくんだ」
必要なら、森を突っ切るルートを使えるようにする――キトは地図に雑な直線を引いてロナルドに渡す。
「二人ほど兵士を選んでくれ。女神の力を最初に使うやつだ。――未知の力を使う覚悟があるやつをよこしてくれ」
「わかりました」
白嶺地区に向かうのは、俺とキトとエリス、そしてロナルドが選んだ兵士二人と決まった。
教会派と商会派の王統貴族からひとりずつ選ばれたらしい。
教会派の兵士は、エレンの異母兄にあたるグレン・シェフィールド。商会派の兵士は、ロナルドの甥のレオナルド・ネグレイトと名乗る。
必要最低限の武装と兵糧を担いで、俺たちはフライトに乗る。
「ナビ、皆を落ちないようにしてくれ」
「はい、重力場を発生させておきます」
ナビは素直に命令に従った。
すこしギクシャクしてしまっていた気がしたのだが、それは俺だけだったのか。
ナビは俺とは違い、本当に自動人形なのだから、なにも気にしていないのだろうか。
いまはそんなことはどうでもいい。一刻も早くコーデリアのもとに向かう。
可動ウォッチの一体は、ロナルドのそばにつけておくことにして、俺たちはウィディアを後にした。
フライトに乗ったことがあるのはキトだけだ。
他の三人は、初めのうちは振り落とされないかの恐怖で顔をひきつらせていた。
フライトの翼の付け根にしがみついていたが、そのうちに慣れて会議が始まった。
主な内容は、聖地で得られるはずの魔法に関してだ。
「聖地の力を、人間に付与する。詳細はやってみなけりゃわからないんだが」
「ロナルド様が仰っていたものですよね。『神官部隊』の創設という」
「神官?」
キトが問うと、グレンが答える。
「キトライド様は『魔法部隊』と仰られましたが、『魔法』という言葉では、女神様の敵である『魔王』の力のように聞こえてしまいます」
だから、神力を用いる神官と名付けよう、と言うことになりました――そのようなことを彼は語った。
「どっちでもいいだろ。『魔法』って言葉は、不思議な術をひっくるめた言葉として一般的だったろ?」
「しかし、ハーベストさまによって『魔王』という概念を持ち込まれましたので、混同する国民が出始めています」
「…………」
言われてみたらそうだな。俺はげんなりした。
ナビが雑に放り込んだ設定のせいで、教会が混乱しているらしい。
「現在教主さまが、教典を書き直しておられます。落ち着きましたら、ハーベスト様にも確認していただきたいと仰っていました」
「……わかった。覚えておく」
何事も、雑に放置してはいけない。
歪みが蓄積すれば、それが突然牙を剥く。
エリスが本来の落ち着きを失ってしまったのも、そのような歪みの一端だった。
「聖地の力の使い方は、いまは詳しく説明できないが……そのときになればナビに説明をさせる」
そう告げると、ふたりは静かに頷いた。
覚悟を決めた顔だ。
エリスと同様に、彼らは高位の貴族だから、国のために働くのは当然といった顔をしている。
しかし彼らを引っ張っているのは、元平民のキトだ。
キトは息の合ったこの高位貴族三人に、異物を見ているかのような微妙な表情を浮かべている。
君が彼らの司令塔なんだぞ、と言ってやりたくなったがやめておいた。
……その構造のおかしさは、キトが一番わかっているだろうから。
白嶺地区の上空に行き着く。
広範囲が霧に沈むこの森は、三国の国境が接している。
どこからがフォレスティアで、どこからがイノスマイリアなのか、ファロウなのかは地図を見なければわからないのだが。
「おい、あれ何だ……?」
キトが指差した空には、楕円形をしたなにかが浮かんでいた。
「……気球か?」
俺はそう呟いた。
加熱した空気で巨大な風船を浮かべ、空から人やものを運ぶ技術が過去、コンフィズリーにはあった気がする。
トライフルは見たところ、文明においてはすこしコンフィズリーよりも遅れているくらいの違いしかない。気球や気船があってもおかしくない。
「あのようなものを飛ばす技術があるとは、聞いたことがありませんが……少なくとも、あれはファロウのものです」
ファロウの国旗です――風船の胴体に付けられた赤い布を指差して、レオナルドが呟いた。
「ファロウ領内の、国境スレスレを飛んでいるのでしょう」
「威嚇しているのか」
「そうかもしれません」
現在、フォレスティアからイノスマイリアの現政権に、遺憾の意を伝える書状が届いているはずだ。
同盟を結ぶ予定だった共和国派の者たちが、不当に拘束されていることへの抗議だ。
同時に、白嶺地区をこれからも保護していくように嘆願しておいたはずだ。
「フォレスティアが介入するなら、ファロウも介入するぞという意思表示でしょう」
「…………」
空からの監視があるのは面倒だな。
侵入がバレないよう慎重に飛ばなくては。
雲化しているとはいえ、周りの雲と違う動きをして目立つと、注意深く見るものには奇妙な違和感を覚えさせる場合がある。
ゆっくりと高度を下げていき、霧と同化するように身を隠していく。
心なしか霧の濃さが増している気がする。
浮島の近くまで近付き、コーデリアのもとにいるウォッチとリンクする。
彼女の周りには霧がない。浮島の上にいることはわかるのだが、似たような島がたくさんあるのでどこに着地すれば良いのか不明だ。
ウォッチを空高く上昇させ、どの島にいるのかを確認することにした。
そこから見える風景と同じ位置まで飛び、目的地を把握した。
真ん中の、一番大きな浮島のようだ。
広い草原に下り立ち、雲化を解く。
周りにはすぐに、見知った顔が集まり始めていた。
「遅いわよ、ハーベスト」
開口一番、コーデリアに名指しで文句を言われた。
「申し訳ない。しかし、そちらの状況を知る手段は限られていたから……」
俺の言い訳を封じるように、コーデリアは言葉を重ねる。
「おかしいわね。この子を使えばすぐに連絡が取れると聞いていたのに」
「この子?」
コーデリアの肩には、見たことがない人形が取りついていた。
ウォッチよりもすこし大きく、顔立ちはナビによく似ている。
髪の色が淡緑色をしていて、ついニースを思い出してしまった。
「君は何者だ?」
「ナビ・ベータです! ハーベストさま」
ビシと敬礼をする。
ナビ・ベータ? ああ、ナビが昔言っていたな。
『ナビは前回の業務が評価され、改良型の作成が決定したのです!』
……あれが完成したということか。
「ナビ・アルファに信号を送っていましたが、届いていなかったでしょうか」
信号? 俺は赤毛のナビを見る。
「どうなんだ、ナビ」
問いかけると、ナビはツンとした表情でふてぶてしく答える。
「ハーベストさまが求めるまでは喋るなという命令に従っていました」
「…………」
まさかこんな風にこじれてしまうとは思わなかった。
「どうしたの? なにかあったの?」
「いや、なんでもない。……ナビ、申し訳ないが、必要なことは求めなくても喋ってもらえるか?」
勘の良さそうなコーデリアに、俺の失態を悟られたくはなかった。
何事もなかった風を装い、ナビに新しい命令をする。
ナビは瞳を輝かせて、「はい! 了解いたしました!」と述べた。
元の木阿弥、という言葉が頭に浮かんで消えていった。




