第15章(1)
もしかして、初めからそのような設計だったのだろうか。
俺がわからなかっただけで、みんなわかっていたんじゃないだろうか。
ベッドの端に座り、うなだれる俺の頭の中には、嫌な考えが渦巻いていた。
『まずは、隣国イノスマイリアにある、聖なる地を確保しなさい。そしてその地で、人柱にそれを飲ませなさい』
何度も頭の中で繰り返した、ニースの命令。
『人柱の選定は任せます。あなたにすべてを差し出せる者を選びなさい。従順なものがふさわしい。……あなたの犬よりも、ずっとです』
彼女は、どうして俺に選定を任せたのか。
どうして俺にすべてを差し出せる者がいるとわかっていたのか。
どうしてあの時点で、キトよりも従順な人間がいることが予想できていたのか。
肩にかかったエリスの重みが、いまも生々しく残っている。
以前放たれた、キトの言葉が頭をよぎる。
『特にあんたが近くにいるとね、その考えが強くなる。あんたに見られたいために、気に入られたいために、手を上げるやつがいるわけよ』
どうしてだと問いかけた俺に、彼は声を荒げた。
『そこだよ、俺が頭を抱えてんのは。どうしてあんたはそれがわかんないんだよ!』
「…………」
俺の胸は、どす黒いモヤモヤで満たされていた。
それを少しずつ吐き出しながら、俺はナビに問いかける。
「ニースには、初めからわかっていたのだろうか。このようなことになるという可能性が……」
「このようなこととは何ですか?」
平然と首をかしげるナビ。
あの事態を目撃して、よくそんなことが言えるな。
苛立ったが、ナビに悪気はない。彼女は入力された情報に従い、最適な答えを返すだけだ。
俺は細く、長く、胸に溜まる澱を吐き出してから口を開く。
「フォレスティアの慣例に、俺の存在を掛け合わせたら、何が引き起こされるかを推定していたのかということだ」
「…………」
ナビは何かの情報を参照している。
チン、とふざけた音が微かに聞こえてから、彼女は口を開いた。
「フォレスティアの巫女という慣例とハーベストさまの存在を掛け合わせれば、非常に都合の良い人間が炙り出されることは明白でした」
「…………」
そこまではっきり言われるとは思っていなかった。
俺の頭は、再び掻き回される。
先ほどのエリスは、どう見てもおかしかった。
何かに取り憑かれているとしか思えないような言動をしていた。
ウィディアのために働くキトを敵視し、俺を過度に信頼し、俺のためならなんでもやるなどと言う……。
しかも彼女の言葉からすると、それはエリス一人だけの話ではないらしい。
キトを非難し、俺を崇拝する層は、ある程度の規模で存在している。
そして、巫女というのが人気職になっているという話……。
俺に気に入られようと、自主的に行動したがる人間がいるという話……。
これまで耳にしてきた情報をひとつずつ並べていくと、ここに至ることはもはや必然のように思えてくる。
キトは、これを見ていたのだ。俺よりもずっと早く。
だから彼は、俺に様々な指摘をくれていた。
「やりましたね! ハーベストさま。あの娘は、あなたのためならなんでもやるそうです」
ナビが快活な声をあげる。
「順調です!」
俺は吐き気がした。
どす黒いモヤモヤが胸を圧迫してくる。
吐き出さないと、自分が壊れてしまいそうな気がした。
「なにが順調なんだ。俺がエリスを誘惑して、あのような言動をとらせるように仕向けることが、最初から計画の一部だったということか」
「その通りです!」
「…………」
俺は自分の中に生まれた衝動に、恐れをなした。
ナビを引き倒し、二度と喋れないようにしてやりたい……。
しかしナビはそう言うように設計されているだけだ。
ナビを潰したところで、ニースは何も困らない。
俺はふと気が付いた。
これは俺にも言えることだ。
俺はニースの思い通りに動く自動人形。
俺がいまナビに感じている憤りを、キトは俺に感じていたのかもしれない。
そして、おそらく他の設計も同じだ。
俺がナビについ親しみを覚えてしまっていたように、キトも俺に親しみを覚えていた。
『俺さぁ、あんたのために整えたんだよ。あんたが、できないと困るって顔をしたから、俺はここまで話を整えたの。わかる?』
困惑の表情を浮かべるキトを思い出す。
キトは自分にも利がある取引だと言いながら、俺に協力してくれていた。
それは俺が「困った顔をしていたから」。
「…………」
俺は頭を抱えた。
俺もキトに、似たようなことをしていた。
なにもわかっていない顔で油断させ、キトの行動を縛ってきた。
俺が気付いていなかっただけで、俺たちの関係は、最初からそうだったのではないか……?
俺が内省の海に沈んでいるときも、俺が引き起こした一連の事態は、静かに進行を続けていた。
「ハーベスト。ちょっといいか」
翌日、キトが部屋まで俺を迎えに来た。
気持ちが張りつめていた俺は、いつものように返事ができなかった。
強張った顔を上げただけの俺に、キトは怪訝な顔をしていたが、落ち着いた声で用件を伝えてくる。
「イノスマイリアから使者が来た。評議会で話を聞こうと思う。あんたにも同席してほしいとのことだ」
どうする? と、キトは遠慮がちに尋ねてきた。
その小さな取り扱いにも、俺は神経質になっていた。
俺は当事者なのに、任意参加者として扱われている。
本来なら、恥ずべきことだ。
キトにそのような気を遣わせてしまうことを、恥ずかしいと思わなければならなかったのに……。
「当然、同席する。すぐに向かうのか?」
「ああ……」
立ち上がり、無言で階下に向かう俺に、キトは不安そうな視線を送る。
用意された馬車に乗り込み、向かい合う状態になっても、俺は表情を崩すことができなかった。
キトは何か聞きたそうな顔はしていたが、無駄口は叩かない判断をしたようだ。
静かな車内だった。
相変わらず外には人だかりがある。
以前キトがぼやいていた通り、女性が多い。
甲高い声が、ちらほら聞こえる。
俺は自分が見せ物になっていることを、今更ながら意識し、辟易とした。
しかしこれも、俺が無意識に撒いた種だったのだろう。
キトは何度も指摘してくれていた。わかろうとしなかったのは俺だ。
俺の無知と無関心が、ウィディアにそのような雰囲気を醸成したのだ。
馬車は足早に市街地を抜け、山の上にある城に到着する。俺たちは無言のまま、以前足を踏み入れた会議室へ向かう。
評議会に現れたイノスマイリアの使者は、ルーファウスではなかった。
見たことがない男女で、イノスマイリア共和国の所属だと名乗った。
「レオニス・F・ニノンです。こちらは妻のヴァレリア。代々ファインデイル家に仕えて参りました」
「国務総監、アーネスト・ファインデイル様の使者ということですか」
「その通りです」
レオニスはそう答えながら、悲壮な表情を浮かべる。
「実はいま、イスメリアでは政変が起こっております。王党派とおぼしき勢力の工作を受け、共和国派の政務官がいわれなき容疑で次々に拘束されています」
ルーファウスも身柄を確保されてしまい、こちらに連絡することができない状態だという。
「アーネスト様も拘束されているんですか?」
ロナルドが尋ねると、レオニスは口ごもった。
「アーネスト様は、亡くなられました」
「亡くなった? どうして?」
皆は顔色を変えていた。
俺もその中のひとりだった。
アーネストとは、白嶺地区に旅立つ前に話をしたからよく覚えている。
国民にパンが届くことを気にする、いい統治者だった。
「情報が統制されていて、詳細はわかりません。しかし、王党派に暗殺されたのだと私たちは考えています」
アーネストを護衛していた父が、行方不明なんです、とレオニスは語る。
「アーネスト様のご家族の行方もわかりません。ルーファウス様によると、ハーベスト様の飛龍に奥様のショールが巻かれていたそうです」
「…………」
フォレスティア側の者は、発言ができなかった。レオニスの言葉ばかりが部屋に響いた。
フォレスティアが暗殺に関与していないことは承知しているが、代表団や神の使いの犯行に仕立てようとする工作もあったそうだ。
しかしルーファウスの機転ですぐに国外へ出たことから、最悪の事態は避けられた。
血のついたショールは、悪用される前にルーファウスが燃やした。
飛龍に血痕が付いていたという情報は、悪用される恐れがあるから相手に知られないようにしてほしい。
「アーネスト様は、あなた方と協力し、白嶺地区を守りたいと考えておられました。私たちは、その遺志を継ぐつもりです」
レオニスは俺たちを見渡して述べた。
「共和国に力をお貸しください。アーネスト様の仇を討ちたいのです」
その場で回答するのは避けられた。
一晩時間が欲しいとロナルドが告げ、ニノン夫妻を一旦退席させた。
しかし、もはや返事は決まっている。
フォレスティアがこの政変を見て見ぬふりをしたなら、共和国派は勢力を削がれ、白嶺地区はファロウのために制圧されるかもしれない。
白嶺地区の保護と、共和国の要人の解放。
それらを求める立場を示すべき、と意見がまとまった。
意見書の内容や、共和国側の戦力に関する調査をロナルドたちに任せ、俺とキトは聖堂に戻る。
「話があるんだ、ハーベスト」
キトに誘われ、聖議室に向かう。
二人だけで話すには広すぎる部屋だが、向かい合う席に座り、彼の言葉を待つ。
眉間に深いシワを刻みながら、キトは言った。
「このまま共和国派と組むと明言すれば、フォレスティアは内戦に加担する可能性が高い」
「……そうだろうな」
俺は淡々と答えた。
「被害を抑えるためには、圧倒的な戦力が必要だ。あんたが望む通りに、聖地で球体を飲ませる」
「……立候補者がいるのか」
頷くキト。
「エリスか」
俺が続けて問うと、キトは意外そうな顔をした。
「エリスはあんたに惚れている。巫女になれるならなんでもすると言っている」
そういうことだろうと思った。
エリスは何かに踊らされているようだったから。
しかしキトを責めることはできない。
普通に考えたら、それが最も無難な手なのは俺でもわかる。
彼女はロナルドの娘だ。
これは本人の意思だけで決められるような話ではない。
ロナルドにも説明が必要になる。
……だが、ロナルドならば、なにが起きても取り乱したりはしないだろう。
「彼女になんと説明しているんだ」
俺があまりに冷静なのが、気味が悪いのだろうか。
キトはすこし思案してから口を開いた。
「詳しくは言ってない。試練を受けたら聖人になれる。巫女として聖人になれば、神の妻として相応しい立場にはなれるだろう」
「…………」
「しかし、人間のように幸せになれるわけではない。つらい試練が続くかもしれない……そんな感じだ」
それでは駄目だ。
大切なことが伝わっていない。
いくら戦力が必要とはいえ、騙して作った聖なる樹で、一体なにを大義に戦うというのか。
「エリスと話がしたい」
俺は静かに言った。
「ふたりきりで話す」
「……大丈夫か?」
キトは怪訝な顔をしていた。
当然だ。いままで散々俺は無様な姿をさらしてきたのだ。
信用ならないのはわかる。
しかし、信用してもらわないといけない。
いつまでもキトの背中に隠れて震えている、役立たずでいたくはない。
「中途半端な者を柱にはできない。彼女には、フォレスティアを支える主柱としての覚悟を問う」
俺は真剣な顔でキトを見た。
彼はすこし視線を泳がせていたが、やがて決意したように頷いた。
「わかった。エリスを呼ぶ。……任せたぞ」
俺はそのまま、聖議室で待った。
日が落ちてきた。部屋はランプの明かりで辛うじて視野が保たれている。
遠くで扉の音がした。
足音が近付いてくる。
華奢な足音だ。
ひとり分しか聞こえない。
「失礼いたします……」
遠慮がちに入室してきたのは、エリスだ。
いつものように白いローブを身に付けている。
「よく来てくれた」
俺はそう労い、対面の席を勧める。
彼女はいつにも増してうつむきがちな様子で、礼儀正しく席に着いた。




