表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交錯世界の風見鶏  作者: 小柚


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/46

第14章(3)

 それから数時間ほど経った頃だった。

 辺りに漏れ出した霧は薄まり、ほとんど見えなくなる。

 森の中から抜け、木々を並走する道に差し掛かる。

 空に怪しい影がちらちらと見えた。

 変な動きをする雲。あれはフライトじゃないか?

 窓から身を乗り出して、目を凝らす。

「どうしました?」

 ロナルドに問われる。

「ナビ。あれはフライトだろうか」

「そうですね。ハーベストさまの、フライト・ベータです」

 なぜフライトがこんなところにいる?

 なにかを探すように、旋回しているように見える。

 俺は窓枠に足をかけ、車外に飛び出した。

 後ろから、おい、とキトの声が聞こえた。

「フライト!」

 遠くからでも俺の声は聞こえるらしい。

 彼はパッと雲化を解き、長い尻尾をうねらせながらこちらに飛んでくる。

 急停止するために羽ばたいたから、強い風圧がかかった。

 フライトが着地しようとしているのは、馬車からはすこし距離がある道の後方だったが、風を受けて悲鳴が上がるのが聞こえた。

「どうしたんだ」

 着地したフライトに俺が近付くと、いつものように目を細める。

 それから、長い首を後ろに向けた。何かあるのだろうか。『上昇』で補助して跳び上がり、背中に乗る。

 一目で異常事態を認識できた。

 鞍に血痕がこびりついている。

「誰か、乗せてきたのか……?」

 問いかけるが、フライトには答える機能がない。

 首にかかるベルトに、何かが巻き付いていた。

 いや、しっかりと結ばれている。

 丁寧にそれをほどき、広げてみる。

 ショールか? 深い藍色のそれには、刺繍がされている。

 どこか見覚えのある、白い天秤の柄だ。

 黒い染みがあり、それも血痕であることがうかがえる。

「何事ですか?」

 別の馬車に乗っていた、ルーファウスたちも降りてきた。

「これが結ばれていた」

 ルーファウスに手渡す。

 白い秤は、共和国の旗に描かれていたものに似ていたからだ。

 ルーファウスならこの意味がわかるかもしれない。

 彼はその布を広げ、血痕らしき染みを見て、顔を青くする。

 彼の従者たちも、青ざめながら顔を見合わせている。

「……なにか、異変が起きているかもしれません」

 彼はそう呟き、馬車のほうに足を向ける。

 中からなにか、巻物のようなものを取り出した。

 それを開き、筆記具でなにか書いている。

「キトライドさん」

 ルーファウスはキトを呼び寄せ、巻物を渡す。

「これがあれば、国境は越えられるでしょう。ここからすぐにフォレスティアにお戻りください」

「次の会談の打ち合わせは……」

「状況を確認次第、私からご連絡いたします」

「…………」

 有無を言わせない迫力だった。

 キトは巻物を受け取り、馬車を見た。

「馬車はお貸しします。御者はこちらに移します」

 イスメリアに置いている馬車は、置き去りにしろということらしい。

 フォレスティア側の護衛のひとりが御者席を引き受ける。

「この道をまっすぐいき、森が途切れたら東へ向かってください」

 先に発ちます、と言い残し、ルーファウスたちを乗せた馬車は早足で去っていった。

「…………」

 立ち尽くすキトに、歩み寄る。

「どうするんだ?」

 俺の問いにすこしだけ考えたあと、返答する。

「言われた通りにするしかねぇだろ。フォレスティアに帰る」

 あんたは飛龍で先に帰れと命じられた。

 先に帰っても気まずいだけなので、行きと同様にフライトで並走しながらキトたちの馬車に同行する。

 キトの固定ウォッチは生きていたので、俺の端末ウォッチから馬車内の音声を聞いた。

 そこでは色々な可能性が議論されていたが、彼らにも状況はわからないようだった。

「四者会談さえ潰れなきゃ、俺たちにはどうでもいいんだけどな」

 冷たくキトが呟いて、その話はあっさりと打ち切られた。

 ルーファウスやアーネストのことが心配じゃないのか。

 俺はキトのその温度に、すこし引っ掛かりを覚えた。

「フライトが動いたのが意外です」

 意見を求めると、ナビはそう呟いた。

「あのフライトは現在、ハーベストさまの言うことしか聞かないように設定されています」

 誰かが乗ったらしい形跡がある。

 俺以外の人物を乗せて飛び立つなんて、普通にはあり得ない。

「よっぽどのことが起きたんです。ハーベストさまの身の危険に関わるような……だからフライトはその誰かを乗せたんです」

「ウォッチを探りにいかせようか」

 連れてきた可動ウォッチは、白嶺地区で一度はぐれたものの、いつの間にやら帰ってきていた。

 一方で、以前音信不通になったほうは解放してもらい損ねたため、未だに白嶺の民に捕らわれたままだ。

 可動ウォッチをイスメリアに行かせ、端末ウォッチで視界を繋ぐ。

 辿り着いた街には特に何事もなく、平穏な風景を見せていた。

 このとき街は早朝だった。

 起き出した人間たちは、おそらく日課であろうパンの配給を受け取りに行っている。

 すこしトラブルがあったようだ。

 その列がとても長い。音声を繋いでみると、待ち時間に不満の声を上げているのが聞こえてきた。

「街のシステム面でなにか異常が発生したのか」

 アーネストやルーファウスはどこにいるのだろう。探させたが、見つからなかった。

 調べているうちに、ウィディアへ帰り着いてしまった。

 先に帰国した者たちが、迎えの準備をしていたようだ。

 イノスマイリアの紋章がついた馬車に、みな首をかしげていたが、帰還の儀式は滞りなく進んだ。

 俺はそれが落ち着いてから、部屋に帰ることにする。

 人間たちが寝静まった深夜に、こっそりとフライトを着地させ、高い位置にある窓から自分の部屋に入り込んだ。

 空けていたのは数週間くらいだろうか。

 以前と変わらず、綺麗に整えられた部屋だ。

 埃ひとつなさそうだ。

 それからしばらく、聖堂内で時間を過ごした。

 一週間経っても、イノスマイリアから連絡はなかった。

「そうは言っても、コーデリアとは約束したからな」

 キトはひと月後の会談が、予定どおり開催されることを見越した準備を始めると言い張った。

「準備とは」

「自分の設定を忘れたのかよ。球体を飲むやつがいるんだろうが」

 忘れてはいない。棚上げしていただけだ。

「前にも言ったが、自主的に手を上げてくれる人間がいるとは思えない」

「だったらどうするんだ? 無理矢理飲ませるつもりだったのか?」

 キトに詰められて、閉口した。

 キトが『余計なことを言わずに、後ろで見ていろ』と言ったから、俺は人柱について考えるのをやめていた。

 しかしそれは、キトに言わせれば『依存』なのだろう。

「今からでも止めることはできる。人間たちに断られたと言い、代案を求めたら……」

 絞り出すようにそう言うと、キトはこちらを見下して鼻で笑った。

「震えていたくせに、よく言うよ」

「…………」

「どうせあんたにはできないんだろ? じゃあ飲ませる方向で、何とかするしかねぇだろ」

 役に立たねぇんなら、おとなしく部屋で待ってろよ――キトは冷たくそう言って、しばらくの間姿を見せなくなった。

 俺はベッドの端に座り、俯いていた。

 キトに言われたことは正論だ。

 俺はどうせなにもできない。

 キトを守るためとか、美術館を守るためとか言いながら、結局はニースの言う通りに行動している。

そのくせ土壇場になって、やっぱりやりたくないなどと怖じ気づく。

 進むのも戻るのもいやだと逃避して、震えているだけの卑怯者。

 最近の俺は、キトからなにかを言われる度に、自分の立場というものを客観的に理解させられた。

 客観的に見た俺は、ひたすらに愚鈍で情けなくて、腹立たしいやつだった。

 久しぶりにエリスが姿を現したのは、その最中の出来事だった。

「失礼いたします、ハーベストさま」

 彼女はいつものように静かに現れて、階段口で深く頭を垂れた。

「なにか用事だろうか」

 俺は顔だけ上げて、問いかける。

 態度が悪いと映ったかもしれないが、いまの俺にはあまり余裕がなかった。

 しかしエリスは表情を変えず、こう言った。

「お話をさせていただきに、参りました。失礼でなければ、お近くに行ってもよろしいでしょうか」

 そうだった。俺が許可したんだ。

 前回エリスから、キトの家族の話を聞いた。その際に、また話をしようと約束をした。

「問題はないが、座る場所がない」

「ご迷惑でなければ、お隣に座ってもよいですか」

「…………」

 この部屋にはベッドしかない。そうするしかないのだが……。

 なにか引っ掛かりを覚えた。しかし、言語化はできなかった。

 このベッドは大きいから、大丈夫だろう――そう安易に考えて、軽く頷く。

 彼女は嬉しそうな顔をして、思ったよりも近くに腰を下ろした。

「イノスマイリアとの会談は、うまくいったみたいですね」

 お疲れさまでした、と彼女はまず俺を労ってくれた。

「うまくいった……のかな」

「そう報告されていましたが、違うのでしょうか」

 そう報告されているのなら、否定はできない。キトの迷惑になることはできない。

「いや、俺がすこしひねくれているだけだ。特に問題はない」

 そう言って微笑むと、エリスは不安な表情を滲ませた。

「ハーベストさま。何かありましたか? お元気がないように見えます」

 他人にわかってしまうほど、顔に出ているのか。

 そんな状態を知られたら、またキトに怒られてしまうかもしれない。

 だが俺は、平静ではなかった。誰かに話を聞いてもらいたかった。

「……俺はどうにも、頼りない神の使いらしい」

 つい弱音がこぼれ出てしまった。

 それは深い考えがあってのことではなかった。

 でも、もしかしたら……期待していたのかもしれない。

 そんなことはない、と、優しい言葉をかけてもらえることを期待していたのかもしれない。

 しかしその淡い期待は、とんでもない方向に受け取られてしまう。

 エリスは俺の弱音を聞き、目を見開き……喉の奥を引きつらせたような声を出した。

「キトライドさまですか? あなたをそのように悪く言っているのは」

「――!」

 そんなつもりはなかったのに。

 エリスは俺の沈黙を肯定と受け取ったらしい。

 みるみるうちに怒りを膨らませた。

「以前より思っておりました。キトライドさまは身の程をわきまえず、ハーベストさまに強い物言いをします。ウィディアの民の一部は、それを快く思っておりません」

「いや、そんなことはない。キトライドは俺によくしてくれている……」

 反論を試みたが、エリスは思った以上に憤っていた。目をぎらつかせながら、そこにいないキトを睨み付けるようにしている。

「ハーベストさまは、お優しすぎます。もう少し強く主張するべきですよ、キトライドさまは無礼であると。聖人という地位に胡座をかいて、ハーベストさまをないがしろにして……」

「待ってくれ、エリス。それは違う……」

 キトは俺よりも、民のことを考えている。フォレスティアはキトがいなければ、俺によってめちゃくちゃにされていた。

 ウィディアの民が頼るべきなのは、俺の虚像ではなくキトのほうだ。

 キトを庇おうとする俺に、エリスはひどく気分を害したようだ。

 俺のほうを向き、まっすぐに見据える。

 強い視線に戸惑った。

 息が詰まった。

「ハーベストさま。私では駄目ですか? あなたの支えになれませんか?」

「…………」

「私にも覚悟があります。あなたのためなら、どんな試練でも受けられます。私は、キトライドさまのように――聖人になりたいのです」

 なにを言っているのだろう。

 いやな予感がした。

 試練という言葉は、過去によく使っていたが、『邪なるもの』と同様にウィディアでは都合がよい尾ひれをつけて語られている空気を感じていた。

 エリスはなにか誤解をしている。

 誰かになにかを吹き込まれたのだろうか。

「試練を受ければ、聖人になれるというわけでは……」

 その言葉は、途中で途切れた。

 気が付くと俺は、背中をベッドに押し付けられていた。

 高い天井と、エリスが見える。

 強く肩を押されて、体が固まった。

「ハーベストさま。私を選んでください。私はあなたを傷つけません。あなたのためなら、なんでもやります……」

 エリスの顔が近付いてくる。

 俺は目を逸らしてナビを探した。

 ベッドの端に、ナビ専用のベッドが立っている。

 高さのあるそこに座ったナビは、平然とした顔で俺を見下していた。

 冷たい目。しかし、興味を持ったような目で俺を眺めている。

 寒気がした。

 その先にニースがいるような気がして、俺は息ができなくなった。

「待て、ちょっと待て、エリス……」

 かすれ声が漏れた。

 視線を戻すと、エリスの顔が目の前に迫っていた。

 慌てて俺は、肩を押さえる腕を引き、反射的に体を起こす。

 彼女の体を押し退け、俺の体から距離を取らせる。

「…………」

 体を起こしたまま、しばらく動けなかった。

 呼吸だけが浅く、喉の奥で引っかかっている。

 この出来事の意味を、考えていた。

 なんとなく、思い当たるところがあった。

 あまり考えたくない領域の話だったから、あえて考えないようにしていた。

 自分には関係のない話だと、高を括っていたのに……。

 俺はどんな顔をしていたのだろうか。

 たぶん、冷静ではなかった。

 強張っていたと思う。息もまともに吸えない。

 震えそうになる手を抑えるのに必死だった。

 平常心を保とうとしていた。

 しかし、エリスには伝わってしまったのだろう。

 彼女は、俺の恐怖がそのまま映ったような表情をしていた。

 青ざめ、浅い息を繰り返し、手が震えている。

「申し訳、ございません……申し訳ございません」

 彼女は咄嗟に、自分の口を押さえる。見開いた目から、ぽろぽろと涙の粒がこぼれ落ちる。

「私は、私は……」

 なにか言い訳をしようとしていたが、なにも続きを口にできないまま立ち上がる。

 彼女はそのまま、階段を駆け下りていく。

 俺はそれを呆然と見送った。

 しばらく、頭が真っ白になった。

 起こってはいけないことが……いや、起こってほしくなかったことが、起こってしまった気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ