第14章(1)
この白嶺地区という場所は、イノスマイリアとファロウの二国にとって、かねてより重要な土地であったそうだ。
不思議な石が採れる。
それは、軍事的に重要な資源と見なされた。
正統性を欠いた王家は、この石を渡すことを条件に、ファロウ王国から後ろ楯を得た。しばらくの間、その関係は成立してしまっていたらしい。
「私たちとしては、この略奪行為は許されるものではありません。しかし、ずっと隠されていましたから、止めることができませんでした」
イノスマイリア共和国になってから、この土地の管理にようやく手が届くようになった。しかし国にはまだ王党派に繋がる者がいて、この土地の資源を狙っているのだという。
「だからアーネスト様は、フォレスティアの申し出を評価していたのです。今だから言いますけど、あなた方と組んでこの地を守りたいと考えておられます」
イノスマイリア共和国は、まだ革命から十年しか経っていない。いまだに王党派に連なる者が国内に残っていて、味方のふりをして議論を邪魔することもあるのだそうだ。
「滅多なことは言えないんです。今は共和国側の人間が私しかいないから言いますけど、護衛とか、荷持ちとかにも内通者が紛れているかもしれない。だから、本当に滅多なことは言えないんです」
ルーファウスは神経質そうに、辺りを窺っていた。そんな事情とは知らなかったから驚いた。
「人間も、一枚岩じゃなかったのね」
コーデリアは呟く。
「色んなものが、私たちを探ろうとしていたから。すべてを排除していたけど、どこまでがあなたの勢力だったのかしら」
「私たちは、この格好をしています。装備にこの国旗を縫い付けてあります。武器を持たない調査員しか入っていません」
護衛はちょっとだけ、武器を持っていますが……と、ルーファウスは正直に白状した。
「小さい人形は?」
コーデリアは問う。
「小さい人形は、あなたたちのものではないの?」
「小さい人形?」
ルーファウスは首をかしげた。
俺は気まずくなりながら、小声を出した。
「小さい人形は、先日一体送り込んだ」
「一体?」
「このくらいの、銀色の髪の人形だろう? 先日、俺が一体向かわせた」
申し訳なかった、と頭を下げる。
しかしコーデリアは、小首をかしげながら言う。
「一体どころか、大量に来ていたのだけど」
「大量に?」
「ええ。全部殴って穴に入れてあるわ。貴方が居た場所よ」
「え? さっきの暗いところですか?」
ルーファウスが身震いしている。
俺は沈黙した。
ニースかゼノか知らないが、ウォッチをここにひっきりなしに送り込んでいたということか。
彼女たちは潰されて、機能停止させられている。
俺の手の中にいるナビも、そうやって機能停止させられたのだろう。
「……申し訳ない。女神はこの場所をひどく気にしているようだ。差し支えなければ、返してもらえないか」
「いいけど、許可なく侵入したらまた潰すわよ」
「…………」
今後また許可なく侵入するかしないかは、俺にはなんとも言えない。
困っていたら、コーデリアは薄く笑った。
「まあ、いいのよ。見ていただけなら。問題は、実害を加えてきたやつらね」
コーデリアはこれまでに受けた被害の内容を語った。
この地には、特別な鉱石が眠っている。
それはこの地に宿る、大いなる力を媒介するものだ。
「私の杖についているこれよ。貴重なものなの」
キトを浮かせたり、ルーファウスを穴から引き上げたときに光っていたやつだ。
白嶺の民は、この石を媒介にして術を放っているらしい。
コンフィズリーの錬石とは、すこし違うもののように見える。
「この地に宿る力を引き上げるのに必要なの。なのに人間たちは勝手に掘り出して持っていく。持ち出して、砕きながら使っちゃうみたいなの。砕いたら元には戻せないのに」
コーデリアが怒っているのは、勝手に持ち出されたことはもちろん、この貴重な石を無駄に消費するような使い方をされていることも原因のようだ。
「どうやってそんな使い方を思い付いたか知らないけれど。私たちの仲間も何人か、持ち帰られて悪用されたようだわ」
「持ち帰られて?」
コーデリアは頷く。
仲間がさらわれたと言っていた。
簡単にさらえるようには見えないが、話を聞いて、なるほどと思う。
「私たちは、幼生から成体へ成長する際に、繭を作るの。樹の幹に取り付いて……その繭ごと、持っていかれてしまったようなのよ」
困ったものね。
コーデリアはどこか他人事のように、ため息をついた。
「話をまとめると。白嶺の民は、ファロウに仲間と資源を奪われて困っている」
キトの言葉に、コーデリアは頷いた。
「イノスマイリア共和国は、王党派の身勝手な動きを封じ、自領である白嶺地区を保護したい」
ルーファウスが頷く。
「フォレスティアは、ファロウがなにやら妙な力を使って悪さをしてくるのをどうにかしたい」
「そうなの?」
コーデリアにとっては、初めて聞いた話なのだろう。キトは神妙に頷いた。
「そんで女神の勢力は……」
キトが俺を見る。
探るような目だ。
俺はすこし考えてから、口を開いた。
「女神はこの地を守りたい。守るために、力を与えようとしている」
「力?」
コーデリアの問いかけに、俺は頷いた。
「女神に言われている。この地で人間にすこし協力してもらえたら、人間たちに、この地の力を操る能力を与えられるらしい」
「人間たちに?」
怪訝そうに俺を見る。
正直に言うのはまずいのかもしれないが、黙ってやるのはもっとまずいだろう。
「フォレスティアの人間に力を与えたい。その力をもって、ファロウから白嶺地区を救う。許可してもらえないか」
「あら。なかなか無茶な申し出ね」
自分でも無茶だと思う。しかし、許可がなければなにもできない。
「待ってください。何の話ですか」
ルーファウスが割り込んできた。
「ここはイノスマイリアの領土ですよ? 勝手なことはしないでください」
すかさずキトが、まあまあ、と彼をなだめ始める。
「あんたらと敵対したいわけじゃないんだ。だが、この地を有効に使えば、ここを守る力が手に入る」
「…………」
「イノスマイリア共和国の人間を入れてもいい。割合については相談だが」
不安そうに俺を見るルーファウス。
俺はキトから話を継いで、静かに語る。
「この地を、ファロウから防衛するための力だ。他のことには使わせない」
「…………」
「理解してもらえないか?」
彼は下を向いて黙り込んだ。一介の担当者に過ぎない彼に、決められる内容でもないだろう。俺はただ誠実に、この計画の利点を伝えるしかない。
「白嶺の民は、なぜ今までファロウに抵抗してこなかったんだ」
コーデリアは術が使える。侵入者など簡単に始末してしまえるだろうに。
俺の疑問に、彼女は答える。
「私たちの数は少ないわ。幼生はたくさんいるけれど、幼生には意思がほとんどないから、戦力にはならない」
「いくらあなたが強くとも、数で攻められては太刀打ちできないのだろう」
「まあ、そうね。下手に敵対して、攻め込まれたら面倒だから」
俺もそう思っていたからわかる。
初めてウィディアに降り立つときは怖かった。
たくさんいるこの人間たちに、敵対されたらどうしようと。
いくら武装しても、数が圧倒的に違えばいずれは押し負けてしまう。
「わかっているわ。貴方が言いたいのは、私たちの力を使って戦う人間の兵隊を貸してくれる、ということね」
「……そういうことだ」
「悪くない申し出だけど、その人間たちが私たちを排除しないことは保証できるの?」
「…………」
その不安はもっともだ。
俺はすこし考える。
「イノスマイリアは知らねぇが、フォレスティアは神聖国だ。国民は、そこのハーベストを神の使いと信じ込んで心酔している」
キトは俺とコーデリアの顔を順に指差して言った。
「同じ顔なんだ。あんたも神の使いと名乗ればいい。なんなら女神と名乗ってもいい。そうしたらフォレスティアの国民は自由に操れる」
何て言いかたをするんだ。
俺は気分が悪くなった。
コーデリアはクスクス笑い、意見する。
「面白い話だけど、一緒にされたくはないわ。その女神さま、なんだかろくでもないことをしていそうだもの」
その発言にも気分が萎えた。
正論なのだが、あまり聞きたくないものだ。
しかし、さらに質の悪い提案をしなくてはならない。
俺は重たい口を開く。
「人間たちは、ひとりの人間を媒介して力を得ることになる。もし問題が生じたら、その中心となる人間の処遇を、あなたたちに任せてもいい」
コーデリアは眉を上げる。
興味を引いたようだ。
「人間たちがあなたの許容を越える力を浪費し始めたら、その人間を排除すればいい。そうしたら、人間たちはあっという間に力を失うだろう……」
この話は、鼠の研究者が教えてくれた。
この仕組みにこだわったのだと語っていた。
力を得た者が、管理不能にならないようにしている。
樹になった個体は生命こそ維持されるが、無防備なのだ。
外部から、簡単に排除できる。
「なるほど、悪くないわ」
コーデリアは頷いた。
「検討する価値はあるわ」
「ちょっと待ってください……」
ルーファウスが狼狽えた声を上げる。
「この場で決めないでください。今回は、四者協議の場が設定できるかどうかを話しに来ただけなんですから」
必死な顔だ。
確かに、そういう話だった気もする。
ルーファウスは、なにかを決定できる立場にない。会談は後日、改めて設定しなくてはならないだろう。
「俺たちの提案は以上だ。白嶺側も、イノスマイリア側も、持ち帰って考えてくれたらいい」
キトはそう告げて、話を終わらせた。
「ひと月くらいでいいか? またここで集まって話そう。相応しい立場の者を連れてこよう」
全員が合意したのち、帰路に着くことになった。
コーデリアは島の中心にある祭壇に俺たちを誘う。
切り株に幾重にも蔦が絡まった、自然にできたような祭壇だ。中心に緑色の光が見える。
「ここから入口まで送るわ」
彼女はそれに手を触れ、なにやら呟いている。
白嶺の民の術は、言葉で発動するものらしい。
何かの規則がありそうな言葉を唱えている。
景色がぼやけたのち、真っ白な視界が広がる。
霧の中に送られたらしい。
コーデリアはついてきてくれなかったので、自力で外に出る必要があった。
さすがにそのままでは歩けなかったので、『拡散』を使い霧を晴らした。
ルーファウスのお陰で、特に迷うこともなく帰ることができた。
しかし山小屋に戻る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「ああ、キトライド様、ハーベスト様!」
無事に戻っていたらしいロナルドが、俺たちを迎えてくれた。
「全員いるか?」
キトが小屋の中を見回す。人数が少ない。
「クラウディオはどうしました?」
ルーファウスの疑問に、ロナルドが答える。
「クラウディオさんと、護衛の方が二人ほど、報告したいと仰ってイスメリアに戻られました」
「そうなんですか」
確かに、非常事態だった。
俺とキト、ルーファウスが突然消えた。
白嶺の民の幼生を見て、俺が彼らに話しかけたあとに、だ。
「どこに行かれていたんですか?」
そう問われたので、経緯を簡単に語った。
「白嶺の民と話ができた。ひと月後に正式な会談を予定している」
「流石はハーベスト様です!」
キラキラした視線を向けられて、俺は閉口した。
俺はほとんどなにもしていない。
顔が似ていたからコーデリアが勝手に気に入って、勝手に話が進んだだけだ。
そういえば、どうしてあんなに顔が似ていたのだろう。コンフィズリーでも、あそこまで似た人物に出会ったことはないのに……。
明るくなってから、イスメリアに戻ることになった。
ここに来る前に別れたフォレスティア代表団の半数は、すでにウィディアに戻っている。
イスメリアに残してあるのは、キトたちが帰るときに使う馬車とフライトだけだ。
アーネストに挨拶をして、俺たちもウィディアに帰ろう。そう決めて夕食をとり、早めに寝静まる。
俺はまた外に出て過ごすことにした。
ここはまだ霧が薄いから、星空が見える。
今宵は月のほうが明るい夜だった。
やけに静かだった。
そこで初めて、ナビがまだ眠っていることを思い出す。
ポケットから取り出し、手のひらに受ける。
首の後ろを押せば起きるかもしれないが……俺はなぜだか、彼女を起こすのを躊躇っていた。
ウォッチの端末が右肩に張り付いているのだから、ナビを止めていることに意味はない。
俺はどうせ監視されている。
だけど止めていたおかげで、今回の会談ではナビが勝手なことを言い出す懸念がなかった。
俺とキトでうまく話を進められた。
とりあえずの目的だった、聖地への侵入に成功した。
俺はほっとしていた。
これからまだ山場はあるだろうが、キトがいればなんとかなる。
何か、まだ不安があった気がするが、なんとかなるはずだ……。
そう考えていた矢先のこと。
山小屋の扉が開く音がして、足音が鳴る。
なにかを探すように歩き回ったあと、その足音は俺の座るデッキのほうに近付いてきた。
「キト」
人影の正体が判明し、俺は安堵の声を漏らす。
「ハーベスト、ここにいたのか」
俺を探していたのか、彼はこちらに歩み寄ってくる。
「なにか用か?」
「ああ、えっと……」
彼は頭をかいている。
隣に座るように促したが、彼は首を振って断った。




