第13章(3)
「なにがおかしいのだろうか」
俺は眉をひそめて、問いかけた。
ひとしきり笑ったあとに、コーデリアは言った。
「貴方は正直者ね。貴方の話を聞いていたら、その女神が私たちに何を言いたいのかがわかってしまうわ」
うまく隠しなさい、バレてしまうでしょ?――彼女はそう告げてキトに向けた杖をすこし上げる。
体が持ち上がり、彼の喉から苦しげな声が漏れる。
呼吸が上手くできないのか。
俺は思わず、あ、と声を上げた。
聞こえてしまったのか、コーデリアはこちらを振り返り首をかしげる。
「あの人間は何なの? 貴方の眷属なの?」
「キトは人間の味方だ。下ろして欲しい」
「人間の味方?」
コーデリアはクスクスと笑う。
なにがおかしいのだろうか。
ニースと同じだ。理解の遅い俺を小馬鹿にしている。
「貴方の性質がわかってきたわ。日和見なのね?」
コーデリアは杖をピタリと止めている。
拘束を緩めようとはしない。キトは足をバタつかせている。
「その態度はよくないわ。それを続けたら、私も、あの人間も敵にするわよ」
「…………」
「はっきり言いなさい。貴方はなにを求めてここに来たの?」
答えによっては、キトを解放しないつもりか。
それならこちらも、悠長にはしていられない。
俺は密かに着火の準備をしながら口を開いた。
「俺の発言に虚偽はない。人間とあなた方を調停しに来た。人間があなた方を不当に扱っているならその意見を人間に伝えるし、人間側の意見もあなた方に伝える」
「それは本当に女神の意見? 女神はなにが狙いなの?」
「女神は、女神に従う者に力を貸せと言っている。今のところ、その人間が所属する国は女神によく仕えてくれている。あなた方も理解を示してくれるなら力を貸すが、その人間を害するつもりなら――敵対しなくてはならない」
コーデリアの能力は未知数だが、キトひとりを救うことはできるだろう。
このときの俺は、多くを望む気がなかった。
必要ならば、手段は選ばない。キトひとりを助けて離脱する。
コーデリアは表情をなくして俺を見ていた。
しばしの間、にらみ合いが続いた。
張り詰めた空気が漂う。
永遠に続くかと思われた空気に、突然亀裂が入る。
コーデリアが噴き出したのだ。
彼女はまた不自然なまでの高笑いを発し、俺を面食らわせる。
「な、なにがおかしいのだろうか……」
力なくそう問うと、彼女は目の端を擦る仕草をしながらこう述べた。
「なるほど、わかったわ。貴方は正直者なのね? 気に入ったわ」
杖をくるりと回す。先端の石の光が収まる。
急に服を掴んでいた手が外れたようにして、キトは地面に落ちてきた。
「ぐえっ」
「大丈夫か?」
ちょっとした高さがあった。
術で受け止めてやるべきだったか。
潰れたような声を出したから心配したのだが、キトはすぐに上体を起こし、その場に散らばっていた飴を拾い集め始めた。
「大丈夫そうだな」
「大丈夫じゃねーよ」
肩で息をしながら、キトは飴と剣を両腕に抱え、こちらを睨み付けてくる。
「何なんだよあんたは。めちゃくちゃな交渉をしやがって……」
助かったのに、一体なにが不満なのか。
キトは不快感を露わにしながら、剣と飴を定位置に仕舞い込んでいる。
俺はまだ濡れている彼と、彼が抱えた飴に『乾燥』をかけてやる。
彼はそれに礼も言わず、何事もなかったように立ち上がった。
「で? コーデリアとかいうお姉さん。話し合いに応じてくれんの?」
あまりにもふてぶてしい物言いだ。
コーデリアは目を丸くしてから、細める。
「良いわよ。貴方の勇敢な飼い主さんが、それを望んでいるようだから」
明らかにキトは気分を害した顔をした。
眉を引きつらせながら、喧嘩腰で応じる。
「もうひとり連れてこられたはずなんですがね。そいつも同席させてくれますかね」
「良いわよ。二匹に増えたところで、大して違いはないから」
ついてきなさい、と彼女は踵を返す。
ルーファウスと合流させてくれるのだろう。
キトと顔を見合わせてから、俺たちは大人しくその誘導に従った。
コーデリアが向かったのは、森の方向だった。
鬱蒼とした森に足を踏み入れ、しばらく進む。
根が絡み合い、自然にできた洞窟が視界に入る。
中は真っ暗だった。それでもコーデリアは躊躇なく身を屈め、そこへ侵入した。
俺は夜目が利くように『恒常』の術を練る。
キトにもかけてやりたかったが、人間と再構成体では体の造りが違う。悪影響があるかもしれないのでやめておいた。
「真っ暗じゃねーか」
キトは文句を言ったが、誰も反応しないのでしぶしぶついてくる。
狭いのは初めだけで、中は屈まなくても歩けるほど広い。
隙間からわずかに光が差すところもあるが、基本的には真っ暗のようだ。
キトは何度か根につまずいたり、頭をぶつけたりした後に、俺の服の裾を掴みながら移動することに決めたようだ。
初めからそうすれば良いのに、と思ったが口にはしなかった。
コーデリアは俺たちに配慮なく進んでいく。
白嶺の民の体の造りは、再構成体とも違うのだろうか。
特に何かの術を使っているようには見えないのに、彼女の足は止まらない。
そしてまた狭い通路に差し掛かった後に、彼女は足を止めた。
樹皮を剥がしたものが、足元に敷かれている。
その中央に、光る石が置かれている。
彼女は樹皮を捲り、俺に目を向けた。
「呼びたいのは、あれで合っている?」
覗き込んだが、初めは暗くてよく見えなかった。
そこは地下に向けて穴が空いているらしい。結構深い穴だ。徐々に目が慣れ、真ん中くらいにポツンと縮こまって座っている人間が見える。
ルーファウスだ。
「そうだ。あの人間は、俺の仲間だ」
「じゃあ、すこし下がっていて」
コーデリアは俺たちを下がらせて、樹皮の手前に開いた場所にしゃがんで、手にした杖を樹皮の方に向ける。
なにやらぶつぶつ言っている。
錬成術のようなものを使っているのだろう。
俺たちの自己錬成とは方式が違うようだ。
彼女が杖の先を上げると、目の前に人影が現れた。
膝を抱えた格好で、震えている。
服はずぶ濡れだ。
手に何か握りしめている。
赤毛の小さな人形……ナビだ。機能停止してしまっているらしい。
「ルーファウス」
俺が話しかけると、彼はパッと顔を上げた。
暗くて見えないらしく、キョロキョロと辺りを見回している。
「ハーベスト様? いらっしゃるんですか?」
「ああ。今から白嶺の民と話し合うから来てほしい」
不安にさせて申し訳なかった、と言うと彼は滝のように涙を流し始める。
「え? 話が進んでいたんですか? てっきりもう破綻していると……」
「心配をかけて申し訳ない。ナビを守ってくれてありがとう」
俺はそう伝えて、彼の手から人形を回収した。
ルーファウスはなんだかよくわからない奇声を発しながら俺にすがり付いてくる。話が進まないので、とりあえず地上に向かおうと提案した。
「滝壺で、白嶺の民に会ったんです」
洞窟から出た先で、ルーファウスは今までの体験を語り始めた。
「銀色の髪で、とんでもない美貌の持ち主で、目撃談通りだと思っていたら、あの暗いところに連れていかれて……」
ずぶ濡れだったので、ひとまず『乾燥』をかけてやる。キトとは違い大袈裟なほど喜んで、礼の言葉を怒涛のごとく口にした。
「その銀髪の人物は、俺に似ていたか?」
「いいえ、似ていませんでした。ハーベスト様と同じくらい整った顔立ちでしたが、違う雰囲気の美青年でしたね」
コーデリアとは別の個体がいるということか。
ルーファウスはチラチラとコーデリアを窺い、耳元で囁く。
「誰ですかあの方は。ハーベスト様に瓜二つですが」
「コーデリアという。白嶺の民の代表だ。似ているが、他人の空似だ」
「他人の空似には見えませんよ……」
ルーファウスは狼狽えていたが、俺にもわからない。それ以上はなにも言えない。
「準備は終わったかしら?」
「ああ、待たせて申し訳ない」
コーデリアは椅子のように迫り出している木の根に腰を掛けている。
洞窟の前には、都合よく椅子にできそうな木の根がたくさんあった。
ここで話し合うつもりなのか。
キトも既に座っていたので、俺はルーファウスを伴って、同様に席に着いた。
「改めて、自己紹介から入ってもいいか?」
咳払いし、話を始めたのはキトだ。
「どうぞ」
コーデリアは薄笑いで促す。
キトはその視線にまた威嚇するような目線を送ってから、言葉を繋いだ。
「俺はフォレスティア神聖国からの使者、キトライド・クレーフェルトだ。女神の使者の要請に従って、この地の調査に来た」
キトは俺を見る。それに応じて話を引き取る。
「女神の意向で、この地の現状を確認しに来たハーベストだ。この地は現在、人間の国ではイノスマイリア共和国に分類されている。なので本日はイノスマイリア共和国の代表者にも同席いただいた」
俺はルーファウスを見る。すこし不安そうな顔をしていたが、姿勢を正して口を開いた。
「イノスマイリア共和国の代表、ルーファウス・セイルです。この地は白嶺地区と名付けられ、百年の間イノスマイリアの管轄でしたが、その管理方法についてフォレスティア神聖国から提案がありましたため、今回この地の調査に同行しました」
話を合わせてくれたようだ。ルーファウスは怪訝の色を混ぜながらも視線をこちらに戻す。
軽く礼をして引き取り、俺はコーデリアに視線を投げる。
コーデリアは薄笑いを浮かべながら、頷いた。
「白嶺地区と呼ばれているのは知っているわ。私はコーデリア。この地に住む者です」
彼女は俺たちを順番に眺めてから、言葉を続ける。
「人間たちが勝手に所有権を主張していることは知らないの。私たちはここで生まれ、ずっとここで暮らしているから」
ルーファウスに対する牽制だ。直球を食らって彼は明らかに動揺していた。
「この地にいつから暮らしているんだ? 国境が固まったのは百年前だ」
「申し訳ないけれど、人間の暦はわからないの。ただ、私たちは長い年月を生きているのよ。人間よりもずっとね」
コーデリアは、キトの質問も軽く流す。
勢い付いた彼女は、ルーファウスを標的にして攻め込んだ。
「だから私たちにとって、貴方たちは侵略者なのよね」
「…………」
「わかるかしら、侵略者」
「ええと、すこしお待ちください。我々は侵略目的で入り込んだことはありません」
イノスマイリア共和国としては、調査で立ち入ったことしかない。何度も交流を試みたが応答がなかった。ルーファウスは早口でそう述べた。
「イノスマイリア共和国としては、あなた方と共存の道を模索してきました」
彼はなんだか必死だった。
俺はその言い方にすこし引っ掛かりを覚えた。
コーデリアは冷静に、その発言のほころびを突く。
「それでは、私たちの仲間をさらい、財産を掠め取っている人間たちは、イノスマイリア共和国としては関与していないということ?」
「えっ」
思わず声が出てしまった。
キトも同じだった。
全員の視線を集めたルーファウスは、縮こまって声を震わせた。
「イノスマイリア共和国としては、関与していません。しかしそのような不届き者がいるらしいことは把握しています……」
「なんだそれ、聞いてねぇぞ」
「言っていませんから、当然です!」
なぜかルーファウスは、開き直って声を上げた。
「この際だからはっきり述べます! イノスマイリア共和国はこの地の管理に困っているのです!」
彼は鼻息荒くして、内実を白状し始める。
イノスマイリア共和国は十年ほど前に革命によって主権が変わった国である。
倒されたのは、王党派と呼ばれるイノスマイリア王家を名乗る勢力。その王家はすでに歴史ある王家の血筋ではなく、正統性はなかった。
「ファロウですよ、ファロウ王国! あそこがすべて悪いんですよ」
彼の主張では、ファロウという国がイノスマイリア王国を傀儡にしていた。その関係者が、白嶺地区に入り込み資源を採掘していたという情報がある。
「白嶺地区の霧が広がったのは、過去ファロウ王国の手によりこの地が荒らされたからと聞きます。我々はこの地を守るべく調査をしていただけです!」
話の流れがおかしくなってきたぞ。
俺はルーファウスとコーデリア、双方の言い分に冷静に耳を傾けることにした。




