第12章(2)
そこで一日目の会談は終わった。
ロナルドが、回答を保留したからだ。
「ご提案を精査する時間をいただきたい」
アーネストも微笑みながら、「それでは明日にまた」と応じた。
代表団は議事堂を出て、迎賓館に移動する。
高い塔を挟んで、議事堂の反対側にある建物だ。
夕食は一時間後に、と言われたので、俺たちはすこしの間、先ほどの会談について話し合った。
「概ね、予定通りでした。最低限の目標であった、聖地への立ち入り許可はとれそうです」
ロナルドは落ち着いた様子で語る。
キトはまだ考え込んでいるようだったが、ひとまず頷いた。
「最後の話はすこし驚きましたが……ハーベスト様はいかがでしたか」
「ああ……」
俺はキトを見た。ここには代表団全員がいる。
あまり喋ってはいけないのではないかと思う。
「聖地には元より足を運ぶつもりでいた。向かうのは問題ない」
それだけ述べ、口を結ぶ。
「…………」
知りたいのはそこではないという顔をしていた。
しかしロナルドは質問をぶつけず、明日の流れを説明し始めた。
「明日の会談で、白嶺地区への立ち入り許可を正式にとります。フォレスティア側から入ったほうが、武装の面で自由度が高そうですが、今の流れだと無理かもしれません」
侵攻ではない、あくまで話し合い。
その姿勢を貫く必要がありそうだ。
イノスマイリア側の関係者も同行を求めてくるかもしれない。
「すこし面倒ですが、受け入れざるを得ないでしょう。いかがですか? キトライドさま」
「ああ、うん。そうだね……それでいいよ」
キトは心ここにあらずという感じで、相槌を打った。
その後、代表団には夕食が用意されたが、俺は同席を断った。
個室を用意してくれると言ったので、そこで夜を過ごすことにする。
しばらく待っていると、キトが現れる。
やっぱり来たかと思って、個室に招き入れた。
「あのさぁ、あの話、なんなの」
「……聖地の民の件か」
俺も疑問に思っていた。俺に似ているとはどういうことなのか。
「あの場所にいるのは、『邪なるもの』なのか?」
「邪なるもの?」
なぜその言葉が出てきたのか。俺は首を捻る。
「チビが言ってたじゃん。『邪なるもの』とは女神を裏切った魔王とかいうやつだって」
そう言っていたが、何か関係するのか。困惑する俺にキトは続けた。
「あんたに似ているってことは、あんたの世界の住人なんじゃないのか。そんであんたらの監視を潰してくるんだろ? それは敵対勢力ってことになる。この世界にいるあんたらの敵対勢力は、それくらいしかいないだろ?」
ああ、なるほど。
キトの前提におかしなところがあることに俺は気がついた。
「君にすこし思い違いがある。俺の世界の住人で、俺と同じ銀色の髪の者はいない」
「えっ、そうなの?」
「俺の世界でも、俺の容貌は珍しがられている。容貌が似ているからといって、身内とは思わない方がいい」
「そっか……」
キトは改めて考え込んだ。
俺は自分の疑問をナビに尋ねる。
「聖地の民の話は、上位者はご存知なのだろうか。降って湧いたような話で驚いたのだが」
探ろうとするとウォッチがやられる。そこまで情報があるとは思えないのだが。
「ナビにはデータがありません」
彼女はそう述べ、言及を避けた。
俺たちのやり取りを見て、キトが呟く。
「あんたさ、本当に使われてるだけのやつなんだな」
「……そう見えるか」
「見える」
「…………」
気を付けなければ、と思いつつも、最早バレているのなら取り繕う必要はないのではとも思う。
「とにかく、わかった。わかんねぇけど、わかった。白嶺の民ってのは、敵か味方かあんたにもわかんねーし、なんなら女神にもわかんねーのかもしれないと」
「そういうことだ」
「なら確かめにいくしかない。敵と決まってるよりは、よっぽどいい。腹が決まったよ」
そう語るキトの顔からは、迷いが消えていた。
じゃあ、お休み。キトはそう告げて、あっさりと部屋を出ていった。
思いきりがいいな。
彼のそういうところを、俺は好ましく思う。
モヤモヤしていた気持ちがすこし晴れ、俺は部屋の窓から空を見上げた。
フォレスティアと同じように、このイノスマイリアの星空も、吸い込まれるような深い藍だった。
画材がないことを残念に思いながら、静かな夜を一人で過ごした。
二日目の会談は、同じ場所と同じメンバーで行われた。
「白嶺の民との対話を試みるつもりです。白嶺地区への立ち入りを許可してもらえますか」
ロナルドがそう述べると、アーネストは緩やかに頷いた。
「わかりました。こちらの指定するルートを用い、我が国の担当官を同行させてください。それならば小規模な使節団を派遣することは許可しましょう」
「小規模とは具体的にどのような状態を指しますか」
ロナルドは使節団の条件を詳しく設定してほしいと要求した。
アーネストは補佐官に巻物を用意させ、それをこちらによこした。
巻物を渡されたロナルドは、静かにそれに目を通す。
概ね予想通りであったらしいが、一点だけ目を留めて、質問をする。
「飛龍の同行を禁止するとのことですが、ハーベスト殿も使節団と同じ経路で現地入りする必要がありますか」
「はい。あの飛龍は白嶺の民を萎縮させる可能性がありますので、同行させないでください」
現地までの道は険しいため、徒歩移動が主体となることを、白嶺地区担当のルーファウスが語った。
「それでもよろしいですか、ハーベスト様」
アーネストは俺にも同意を求める。
徒歩移動か。あまり人間の近くで動きたくないんだが。ボロが出るかもしれないから……。
「はい。問題ありません」
不安があるものの、顔に出さないようにして答えた。
大きな決定事項についてはまとまったため、会談としてはひとまず終了の形がとられた。
執政官とロナルドが握手を交わし、執政官は退席する。
ほかの官吏たちも退出し、代わりの人間たちが入室してきた。
「白嶺地区の実務担当者たちです。詳細は彼らと調整させてください」
アーネストとルーファウスが残り、新しく入ってきた人間たちの紹介をした。
相変わらず名前は覚えられなかったのだが、俺は聞いているだけなので問題はないだろう。
「白嶺地区は、森の奥深くにあります」
高低差がひどくなるところまでは、道が整備されているらしい。
そこまでは物資を乗せた馬車で乗り込み、一部はそこにある山小屋で待機する。
「霧が浅い箇所には目印をつけてあります。ある程度は測量が完了しています」
ひとりの人間が、巨大な紙を卓に広げた。
細かな線と数字がびっしりと書き込まれている。
専門的な地図のように思える。何が書かれているのかはよくわからない。専門家が読めば、地形の詳細がわかるのだろうか。
「現地には私と、測量師のクラウディオが同行します」
ルーファウスの言葉に応じて、地図を広げた人間がぺこりと礼をする。
「クラウディオ・レイヴァントと申します」と彼は述べた。
「登山ができる装備をつけてください。礼装で現地に向かうのは難しいです」
そう語るルーファウスが俺を見た。
他の人間もみんな俺を見る。
どうして俺を見るんだ。
謎の空気に戸惑っていると、キトが口を開く。
「服装は自由に選ばせてくれないか。女神の使者は、飛龍がなくても空を歩ける。人間の装備なんてつけてしまえば、交渉人としての箔が失われる」
顔を見合わせるイノスマイリア人たち。
俺もついキトを見てしまう。
キトが何を狙っているのかよくわからなかったが、アーネストが腕を組みながら答えた。
「確かに、人間の格好をして白嶺地区に入るのでは、我々と何も変わりませんね」
「聖地の存在と同格のものとアピールするには、聖地を困難なく歩けて当然と示す必要がある」
演出として必要だ、とキトは主張した。
誰も口にはしなかったが、納得したような沈黙が落ちた。
アーネストはすこし考えている。
しかし、すぐに余裕の笑みを取り戻して言った。
「確かに、おっしゃる通りです。白嶺地区を困難なく歩けてこそ、彼らの興味を引けるかもしれません」
「ご理解いただけて助かります」
キトはこちらに笑みを向けた。
すぐには気付けなかったのだが、彼はこのとき俺のために大きな権利を取得してくれたのだ。
その後、話がまとまった俺たちは迎賓館に戻る。
今夜も食事会が開かれるとのことだったが、俺は丁重に参加を辞退して個室に戻った。
部屋の窓から外を見下ろすと、広場が見える。警備員が立っていて、かがり火が焚かれている。
今日は空が曇っていて、星がよく見えない。
また夜空を見上げて過ごすつもりだった俺にはすこし残念だった。
そのとき、扉がノックされる。
食事会は始まったばかりで、キトが来るような時間じゃない。
何気なく扉を開くと、そこにいたのはキトじゃなく、意外な人物だった。
「夜分に失礼します」
ぺこりと礼をしたのは、国務総監アーネスト。
隣に体格のいい護衛がいて、すこし驚く。
「なんでしょう」
俺はすこし警戒した。
キト以外の人間と話すのは気が引ける。
「ああ、すみません。驚かせるつもりはなかったんです」
アーネストは護衛を数歩下がらせて、柔和な笑みを浮かべた。
「公式な席でなく、すこしあなたと話がしたかったのです」
いま、お時間よろしいでしょうか――そう問われ、俺は悩んだ。
断ることもできるが、断っていいのだろうか。
会談で、この人間は割とこちらに譲歩してくれる姿勢を見せていた。
表面だけかもしれないが、友好的な素振りを見せてくれている。
それなのに俺が無下に扱っていいものか。
「…………」
俺の肩にはナビとウォッチがいる。ウォッチは見えないが、ナビは左肩に座ってアーネストをじっと観察している。
「すこしなら、良いですよ」
俺の答えに、彼はパッと笑顔を作る。
「ありがとうございます」
アーネストは俺をテラスに誘った。
「部屋の中より、こちらの方が話しやすいでしょう」
この個室がある三階の、廊下の真ん中から外に出られるようになっている。
彼は手すりに近付き、遠景を眺める。
俺は数歩離れたところから、同様に景色を見る。
すこし冷えて湿った風が、首もとを吹き抜けた。
「突然申し訳ありません、ハーベスト様。あなたにどうしてもお伺いしたかったんです」
「……なんでしょう」
「どうでしょうか、私たちが作り上げた国は。イスメリアはどんな街に見えましたか」
街? 俺は視線の先にある、重なりあう家々を眺める。
ポツポツと柔らかい橙色の明かりが見える。星が見えない夜景は暗い。
今は夕食時だろう。ベルフォートはその時間、鉱石ランプの白い光に満ちていた。この世界には錬石機関がないから、明かりは松明やろうそく灯がほとんどのように見える。
「パンの匂いがした。必要なものはなんでもある。管理が行き届いて、よい街だと思いました」
そんな答えで良かったのだろうか、アーネストはパッとこちらを振り返り、嬉しそうな顔をした。
「良かったです。私はそれを最も重視していましたから」
その顔は、その年齢――五十を越えているだろうか――の男性にしてはすこし幼いように見えた。
キトが「いいじゃん!」とはしゃぐときの表情に似ていて、俺はすこし警戒心を解く。
「あなたがどのような存在なのかわかりませんが、恐らく、我々よりも高みをご存知の方だと思っています」
「…………」
「だからこそ、フォレスティアのあの方々は、あなたの隣に立とうとしているのでしょう」
なんと答えたらよいかわからない。
確かに俺はトライフルよりも進んだ文明を知っている。
しかし、それだけだ。
でもアーネストも、それをわかっているような口振りにも見える。
神とか天使とか、そういう偶像には重ねていない。
「あなたの後ろにいる大きな存在は、私の民にパンを恵んでくださるでしょうか」
アーネストは、静かにそう尋ねた。
それが本当に聞きたいことだったのか、彼はこちらを見て、答えを待っている。
ニースのことを聞いているのか?
ニースは……聖地を手にして、何をする気なのだろう。
少なくとも、この街の人々にパンを届けるようなことはしない。
この街にパンの匂いが漂っていることすら、彼女は知ろうともしないだろう。
「……少なくとも俺は、俺の手の届く者には、パンを届ける努力はします」
俺はそう答えた。
最大限の、譲歩だった。
さすがに怒られるかと思ったが、アーネストは嬉しそうな顔をして言った。
「ありがとうございます。それなら安心です」




