第11章(3)
反省した俺が、おとなしく部屋で監視をする日々に戻って間もなく。
イノスマイリアへ向かう代表団の詳細がまとまった。
その報告をするために、キトが聖議室に俺を呼び出した。
「本当は、俺とロナルドとあんたで行きたかったんだが」
キトは心底面倒そうな顔でぼやく。
「国同士のやり取りとなると、色々手順を踏まなきゃならねぇんだって」
結局、代表団は二十人の大所帯になった。
各勢力の代表と、実務を担う政務官など。護衛は最小限で四人だけ。
「三人で行くんなら、あの飛龍で行けたのに。この人数じゃ陸路だろ? 時間がかかって嫌だな」
あんたは空路で来てくれたらいいよ、とキトは言った。
馬車で数日かかるらしい。フライトなら数時間で着くのに。キトがため息をつくのもわかる。
「あんたとは、向こうが指定した場所で合流することになってる」
地図を二枚渡される。一枚はフォレスティアからイノスマイリアへ、代表団が向かう陸路ルートが描かれたもの。もう一枚は、首都イスメリアの周囲が描かれた簡素なものだ。
その二枚目の地図について、キトは説明した。
「これは、あんたの飛龍が飛ぶのを許された範囲だ。この範囲を超えないように気を付けてくれ」
イノスマイリアは、フォレスティアのような宗教国家ではない。
十年ほど前、王制を倒した革命軍が政権を握った、不安定な共和制国家なのだそうだ。
不用意に刺激すると、強固な姿勢を取られ話し合い不能になる。
「いくらあんたが超越者のような空気を見せても、やつらは単にあんたを侵略者だと思うだろう」
だから事前に許可をとった。
フォレスティアは現在、女神の代理人と交流している。今回の会談にその代理人も同席させたい。彼は天の国からやってくるため、乗り物の着陸を許可してもらいたいと交渉した。
使者が持ち帰った返答には、着陸は許可するが、その方法は指定するという旨が添えられていた。
それがこの地図。イスメリア城壁内の上空は進入厳禁、東門の外にある広場に円が描かれ、その円内に着陸するように記載されていた。
「この範囲で、できるだけ派手に着陸してよ」
「…………」
「威嚇はしないで。でも舐められないよう、挨拶は無愛想で手短に」
女神の代理人であることを述べ、フォレスティア国とは上下関係でなく、協力関係である姿勢を貫いてほしいと頼まれる。
ナビが嫌がりそうな内容だと思ったが、特に何も言ってこない。ならば許容範囲なのだろう。
俺には特に異存はないので、神妙に頷いておいた。
キトはそれから入念に会談までの動きの説明をし、監視の目を使ってタイミングを合わせてほしいと言った。
「会談自体は俺たちに任せてくれたらいいから。相手を刺激するようなことだけは言わないでくれ」
チビもだぞ、と強めに言ってきたが、ナビが頷くはずもない。
「すまない。俺からよく言い含めておく」
「頼んだぜ。国内のようには丸め込めないんだからな」
キトは会談の流れを簡単に説明してくれた。
ウォッチを通じて大体のことは理解できていたが、端的にまとめてくれたので助かった。
今回の会談の目的は、国境線の変更とフォレスティアの軍事力の増強をイノスマイリアに認めさせること。
対価として、政情不安を抱えるイノスマイリア共和国政権の後ろ楯となることを提案する。
「正直、これで食いついてくるとは思えない。しかし、すぐに蹴飛ばしてくるとは思ってない」
キトは、俺の演出力を高く評価しているようだ。俺がフライトで上手く相手に『後ろ楯の価値』を伝えられたら、良い返事を引き出すことができるかもしれないという。
「女神はファロウを警戒していると伝える。やつらが妙な兵器を開発しているからだ。それと対抗する勢力とは、積極的に協力したい姿勢を見せていると告げる」
女神側は、イノスマイリアとも協力できる。そういう姿勢を見せてくれ。自分から言わなくてもいい。俺がそう言ったら、肯定してくれればいい。――そのように頼まれたので、俺は頷いた。
「あとは相手の出方を見る。出来る限りの提案は飲むつもりだ。あんたには負担がないように気を付けるから、変に強硬な姿勢はとらないでくれ」
キトが頼んできたことは、それで全部だった。
その数日後に、フォレスティア代表団は旅立った。
出発の日には盛大なパレードが行われ、キトとロナルドを先頭にした二十名の代表団は、堂々とした姿をウィディア都民の目に焼き付けた。
俺はそれを小窓から見送ったあと、深夜にこっそりと部屋を抜け出しフライトに飛び乗った。
キトは数日後に追い付いてくれたらいいと言っていたが、部屋で待っているのも退屈だ。
トラブルが起きても、すぐ対応できるように近くにいよう。
そう決めて、俺はフライトを雲化させ、代表団の真上をゆっくり追うことにした。
たまにキトの固定ウォッチで様子を眺める。
今回はもう一体の可動ウォッチも連れてきた。そちらはイノスマイリアまでのルートに沿って警戒の目を光らせている。
行方不明になったウォッチにも、たまに声をかけてみているが、未だに応答がない。
壊されてしまったんだろうか、と胸が重くなる。
ナビやフライトと違い、ウォッチは量産型だからそれほど思い入れは持てていなかったのだが、俺のミスで失われてしまったと考えたら、やはり申し訳なく思う。
残ったこの子たちは、大切にしないといけない。
キトのそばにいるウォッチから、代表団の様子が伝わってくる。
馬車の中でも議論を重ね、会談で出される質問への回答を入念に準備している。
今回のメンバーが、厳正な審査を経て選ばれた者たちだということは、監視の中で把握していた。
流石に、顔つきが違う。
全員がフォレスティアの未来を背負う覚悟を持っている。
俺も気を引き締めなければ、と思った。
旅程は問題なく進み、三日目にはイノスマイリアの国境を越えた。
例の聖地がある森を大きく北側に迂回したルートだ。
国境を過ぎてからは、イノスマイリアの護衛が付いてきてくれたので、より安心感のある旅路となった。
そしてその翌日、ついに目的地、首都イスメリアに到着した。
相手側はすでに受け入れの準備ができていた。
入場を指定されていたのは、城壁の東門。
その前に、綺麗に隊列を組んで制服を着た人間たちが並んでいた。
大袈裟な武器は持っていない。
門番だけが、空へ穂先を向けた長槍を立てている。
城壁の上にもたくさんの人間がいて、中には民間人も混じっているようである。
歓迎というよりは興味津々といった感じで、彼らは隣国からの使者を眺めていた。
フォレスティア代表団は、その隊列のかなり手前で止まった。
馬車から降りるのが見える。
二十人が揃い踏み、ロナルドが代表として先頭に出る。
半歩ほど引いた位置にキトともうひとりの男が立ち、三人で門の方に歩いていく。
イノスマイリア側も似たような形で、三人が前に出て彼らを迎えた。
ほぼ同時に、礼をする。
示し合わせたように、同じくらいの角度の礼だ。
そろそろ会話が始まりそうだ。いつ合図が来ても良いように、ウォッチに指示して地上の音を拾う。
「歓迎いただき、感謝します。フォレスティア王統評議会、特命全権代表、ロナルド・ネグレイトです」
ロナルドは正規軍総監という肩書きでなく、評議会代表として名乗った。いつものような黒い軍服でなく、グレーがかった正装をまとっているのもそのためだろう。
キトは王統教会代表、もうひとりの髭の男は王統商会代表と名乗る。
イノスマイリア側の三人の人間は、彼らの名乗りを受けて厳かに頷いた。
「ようこそいらっしゃいました。長旅でお疲れでしょう」
初めに口を開いたのは、左側の男だった。
彼はイノスマイリア最高評議会、国務総監アーネスト・ファインデイルと名乗った。
真ん中の男が執政官という最高権力者らしかったが、今回の会談はアーネストともうひとりの男、外務書記長が担当するという簡単な説明があった。
「あらかじめ伺っておりましたが、もうおひとりがお越しになるんでしたよね」
いつ頃お着きになりますか、と、アーネストは空を仰ぎながら尋ねる。
俺のことを言っているんだろう。
キトがそれに応えた。
「我々の協力者、女神の代理人ハーベスト氏にも同席を要請しています」
彼は神の目でこちらを見ることができます。すぐにこちらに到着してくれるはずです――キトはそう語り、振り返る。
彼が視線を向けた先には、俺がもらった地図と同様の位置に円が描かれている。
これは合図だ、と思った。
彼は、「合流しろ」という指示を出している。
俺は意を決し、フライトの雲化を解いた。
すぐに声が上がる。
城壁の上にいた人間が、俺を見つけたようだ。
トライフルの生態系は知らないが、少なくともこんなに大きな鳥はいないだろう。
ゆっくりと、上空を飛翔する。
高度をだんだん下げながら旋回しているうちに、この場にいるほとんどの人間の視線を引き付けることができた。
頭に叩き込んだ地図をもとにして、自由に飛翔してもよいとされていた範囲を、できるだけ広く飛ぶ。
急旋回もしない。羽ばたきもしない。ゆっくり、緩やかに下降して、広場に描かれた円を目指す。
門の前に並ぶ兵たちは、警戒の姿勢をとっていた。
それ以外は、呆気にとられた顔でこちらを見ている。
円がはっきりと見え、それが白いロープと楔で描かれているのがわかるくらいに近付いたとき、フライトは両足を地に向け着陸姿勢をとる。
静かな着地だった。
細かい砂は舞い、渦を巻く白煙の中で、敷き詰められた砂利がその場で震える。
フライトは羽ばたきで飛んでいるわけではない。錬石の魔力で飛んでいるから、このようなことができる。
俺はゆっくりと立ち上がり、右手の指先でこっそり『飛翔』の光を練った。
それから、フライトの背から飛び降りる。
イメージした通りに、ふわりと着地した。
俺は完全に、注目を浴びていた。
誰一人として目を逸らしている者はいない。
震えそうになる指先をぐっと握りしめ、背筋を伸ばして前に歩み出る。
キトとロナルドが、場所を開けてくれていた。
執政官とか名乗っていた人間の真向かいの場所だ。
そこにゆっくりと向かい、足を止め、先ほどウォッチで見たものを真似て、同じくらいの角度で礼をする。
「天界から来ました。女神エルフルトに仕えております、ハーベストです。この度は同席の許可をありがとうございます」
このくらいでよいだろうか。
顔を上げると、目の前の人間たちは不思議な表情をしていた。
敵対心はない。緊張感をわずかに湛えつつも、呆けたような顔。
返礼のタイミングを逃したことに気が付いたのか、すこし慌てたようにアーネストが礼をする。
「ようこそお越しくださいました、ハーベスト様」
先ほどと同じ角度だ。同調して頭を下げた他の者も、不自然に深い礼などはしていない。
「あらかじめあなたのことは伺っていましたが、実際に目にすると、ずいぶん印象が違いますね」
褒めているんだろうか。
俺はにこりともせずに軽く会釈した。
無愛想に、手短に、と言われたから、それを意識する。
一歩下がり、ロナルドに場所を譲る。
アーネストはすこしホッとした様子を見せながら、ロナルドに言った。
「お揃いになったようなので、会談の場所に案内いたします」
その合図で周囲の担当者たちが動く。
「会談の席は、共和国議事堂の迎賓会議室に用意しております」
数歩前へ出てきた男が、淡々と述べた。
「共和国警備隊の案内に従い、ご入城ください」
東門の側で隊列を組んでいた一部が動き、誘導の意思を見せる。
飾りが少ない衣装を着た数名の人間が、俺たちの並び方を細かく指定してきた。
ロナルドを先頭に、左右にキトと商会代表を置き、俺はロナルドの後ろに置かれた。
ふと顔を上げると、東門の上に絵描きがいるのが見える。
新聞に載せる絵を描いているのだろうか。
自分がどのように描かれるのかすこし気になりつつも、隊列の調整が終わるまで静かに待った。
国同士のやり取りは、時間がかかるとキトが言っていたが、本当にそうだ。
隊列は整ったようなのに、俺たちはしばらく待たされた。
ただ入場するだけのことに、なにがそんなに時間がかかるのか。
東門はやたらと立派な装飾で、威圧感があった。
半分だけ開いた重そうな扉から、兵士が駈け出てきてなにか報告をしている。
「準備が整いました」
そのような声が聞こえた。
ようやくか。
俺はこっそりと息をつく。
「お待たせいたしました。行きましょう」
俺の斜め後ろに控えていたアーネストが囁いた。
その声に応じるように、隊列はゆっくりと前へ進み始めた。




